レモンクラッシュ

鳥辺野九

電氣ブランに凍ったレモンを添えて 1


 その外骨格多脚機械は熱を欲していた。

 高く降り積もった雪はすべてを白く覆い隠してしまう。地に落ちた銀白色は揺らぐ月白色に塗り重ねられ、純白を経て雪色へと到達する。白が白を覆い白をもって白となす。この地はあらゆる白に支配されていた。

 新しい雪が古い雪にのしかかり、押し固めて氷となる。氷は地面を塞ぎ、もはや土の色を思い出せないほどに折り重なる。そんな雪と氷の地面を、合金鋼の外骨格を装備した多脚が容易く踏み抜いた。

 昆虫のかぎ爪を模した多脚の先端はきゅるきゅると一本に束ねられ、氷に深く、じゃきんと金属音を奏でて突き立った。氷に積もった雪が海底に沈殿する泥のように舞い上がり、音もなく風に流されてさらりと消える。

 十本の多脚を器用に繰り出して、雪と氷の斜面をガチガチと割り砕きながら降っていく外骨格多脚機械。直線で描かれた蜘蛛のようなデザインをした頭部が右に左にセンサーを走らせる。熱源はどこだ。サーモグラフィーが捉えた熱はどこへ消えた。

 外骨格から飛び出た触覚がかすかな空気振動音を検知。何かいる。頭部アイカメラを向けると、空中に黒いトックリバチがホバリングしているのを見つけた。

 胴体部が異様にくびれたハチのフォルム。哨戒ドローンだ。いつから空中でホバリングしていたのか。ようやく羽音がセンサーに感知される距離まで接敵していた。

 しかし多脚機械はそれを無視した。索敵している熱源はこれではない。人間のものだ。

 外骨格多脚機械は熱を欲していた。


「あいあーいっ!」


 雪原の斜面にきゃんきゃんと響く少女の雄叫び。熱源を感知。すぐ後方20メートルの位置。熱弾の照射角度から外れた真後ろを取られた。多脚機械は雪に突き刺さった鋭い脚を抜き、バキバキに氷を砕きながら方向転換をする。

 遅い。ベニバチとシラサギの狙い通り、この外骨格多脚機械はその脚部形状からして方向転換が苦手なタイプだ。雪と氷の斜面ならなおのこと。

 一人はソリに跨り、片手でサブマシンガンを乱れ撃つ。狙いなんてどうでもいい。熱弾を大量にばら撒いて多脚機械のサーモグラフィーを撹乱できればそれでいい。

 もう一人はソリの後部に仰向けに寝転んでいる。雪を落とす灰色の空と氷に閉ざされた廃墟群が高速で後ろにすっ飛んでいた。大口径ライフルを仰向けのまま上空へ構える。


「シラサギちゃん! ちゃあんと狙ってる?」


 ベニバチは熱弾を多脚機械の触覚付近へ乱射しつつ、背後に寝そべって待機してるシラサギへ声をかけた。

 まるでソリ遊びを楽しんでるかのようなはしゃぐ声に、シラサギは少しイラッときた。少しだけ。少しだけ強くベニバチのお尻を蹴ってやる。

 それに反応したかのようにベニバチの背中にしがみついていた蜂型ドローンのミツバチが羽ばたき始めた。凍てついた風が巻き起こりシラサギの長い髪がますます乱れた。滑り降りるソリは速度を増し、そしてとんでもなく寒くなる。凍えて、もう死にそう。シラサギは一度大きく身震いした。

 ミツバチの羽ばたきで、直滑降のように多脚機械へ真っ直ぐに斜面を滑っていたソリに鋭い角度がついた。やや斜めにドリフトするかのごとく進路を変えて、背後へ向き直ろうとする多脚機械のさらに後ろを獲る。


「いっけええっ!」


 猛スピードで滑り降りるソリは多脚機械の真下を通り過ぎた。その瞬間。凍るような強い銃声。仰向けに寝そべって上空を狙っていたシラサギは、目の前をギリギリ通り過ぎる多脚機械へ極大まで冷えた水蒸気を撃ち込んだ。

 斜面を猛スピードで滑り降りるソリで多脚機械の真下を潜り抜けて、ベニバチとシラサギはあっという間に過ぎ去った外骨格へ振り返った。

 地面の氷床から生えるように突き出た氷柱が多脚機械を貫く。極限まで冷やされた水蒸気は周囲の空気をも巻き込んで凍り付き、巨大な氷柱は完全に外骨格多脚機械を氷で固定させた。


「一発クリア! さすがシラサギちゃん!」


 相変わらず仰向けのまま首だけを反らせるシラサギ。長い髪がソリから溢れて雪まみれになる。逆さまの風景の中。遥か向こうへとすっ飛んでいく氷漬けの多脚機械を見つつ、シラサギはもう一度だけやさしくベニバチのお尻を蹴ってやった。


「……ベニバチ」


「なあに、シラサギちゃん」


「……止めて」


「あっはは! 止め方わかんないよ!」


 斜面をものすごい勢いで滑り降りていくソリの上で、二人の少女は抱き合いながらさらに速度を増すソリから転がり落ちた。

 二機の蜂型ドローンのミツバチとトックリバチが雪の中でケラケラと笑い合う二人を探した。

 気温マイナス30度。雪と氷に閉ざされた廃墟街で、機械と人間とが熱を奪い合う時代があった。

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