第83話  ダンジョンの中では普通でも、ダンジョンから出てしまうと非常識になるホンの一例。(その3)

 『ところで、これ程クルモとの契約を勧めるのは何か訳が有るのかな?、どう見ても君の願望の様な気がするのだが?』と雫斗はヨアヒムの本音を聞きだすと。


 『うっむむむ!。我とて主の他に話し相手が欲しいのだ、隠世に籠りて数千年。ようやく現世に邂逅するも話す相手がいないでは、さみしいでは無いか』叡智の書は本来聞かれたことに関して嘘は付けない。聞かれていない事は話さない又はおかしな方向に誘導する事があるが、そう言う意味では案外正直者ではある。


 雫斗がヨアヒムと念話で会話している間、自分の寝床で大人しく待っていたクルモに呼びかける。


 「おいで。クルモ」うずくまってじ~と成り行きを見守っていたクルモは、がば~!と起き上がり糸を使ってひらりと雫斗の前に降り立った。


 「クルモは、僕の眷属になる事を望んでいることに変わりはないかな?」分かってはいても、一応は最終確認のつもりで聞いてみる。


 「当然です、私は雫斗様に使役される事を望みます」雫斗は確認の後、ダンジョンカードを取り出してクルモの前に差し出す、クルモは若干震えている前足をダンジョンカードに添える。テイムと召喚はスキルで魔物を縛るが主従契約は魔物の心と人の心とを誓約というお互いの契りで絆を結ぶ行為だ。


 ダンジョンカードにクルモの前足が載った瞬間、温かい光が軽くともる。華々しいエフェクトは無いが、確かな繋がりを感じさせる光が灯ると共にお互いの心に絆という楔が撃ち込まれる。


 「こういう感じがするのか、ヨアヒムの時は指をなめられた事に衝撃を受けて気が付かなかったけれど、物凄く弱々しいけれど何かクルモと一体化した様な気がするね。取り敢えずこれからもよろしくねクルモ」と雫斗は不思議な感覚に集中していると。


 『何を言うか主よ、指をしゃぶるは稚児の習性では無いか、我は親しみを込めて其方と我の契約の証である盟血を舐めとったのだ、此れは友愛の証であるぞ』ヨアヒムのおじさん顔を知っている雫斗は、稚児の習性だの友愛の証だのの言葉にゲンナリしていると。


 「今の言葉はご主人の従者をされている方ですか?初めましてクルモといいます」。クルモの挨拶に慌てた様にヨアヒムが答える。


 『おおお!我としたことが、その方に答えるのは初めてではあるな。我は”叡智の書”の住人モルア・スマアセント・ド・ピニエラルソン・ヨアヒムと申す、わが主は略称でヨアヒムと呼ぶがその方にもその呼び方を許そうぞ、以後見知り置くがよいぞ』多少偉そうなのはヨアヒムの人柄が出ているが、雫斗はお互いが言葉を交わしたことにほっとしていた。


 「モルア・スマアセント・ド・ピニエラルソン・ヨアヒムとおっしゃるんですか、すごく長い名前ですね。お言葉に甘えてヨアヒムさんと呼ばせてもらいます。叡智の書の住人との事ですが、元から叡智の書だった訳では無いと言う事でしょうか?」最初ヨアヒムのフルネームを言えず、未だに覚えていない雫斗は、長い名前を一回で言えるクルモに、羨望の眼差しを向けるが、ヨアヒムは気にする事なく嬉々としてクルモの質問に答えていく。


 『我とて最初からこの姿であったわけでは無い。知識の探訪が過ぎて、本に取り込まれてしまってはいるが、もとは普通の人であった。何も悲観しているわけでは無いぞ、今ではこの境遇に満足しておる、何せ人の寿命では無しえない叡智の全貌を知ることが出来るゆえな。かっかっかっ』。ヨアヒムの人生を楽しんでいる様な豪快な笑いに紛れて雫斗はほっとしてはいるが、彼は中々凄まじい人生を謳歌してきている様だ、多少ヨアヒムに興味を覚えて、後にヨアヒムのこれまでの歩みを聞いてみるのも良いかも知れないと思い始めている雫斗だった。


 それはさて置き、従者として契約した二人が思いのほか仲がいい事に気を良くした雫斗は、二人の会話を何気なく聞きながら、ふと疑問を覚えた。接触収納にしろ保管倉庫にしろ知性ある生命は収納できない、此れは周知の事実だ。雫斗も試したし(つい、弥生で試して手痛い反撃にあったが)他の人も試したらしく、出来ない事はネットでも盛んに言われている。


 しかし生命も色々といる、植物から動物までそれこそ、ピンから・・・顕微鏡の先?からゾウやクジラの様な巨大な生物まで(表言が苦しい!!!)多種多様な生物がいるが、植物は勿論、微生物や細菌、特定の昆虫までは収納出来る事は分かってきたが、哺乳類は無論、魚類や鳥類、両生類など何処までが収納できるのかはまだわかっていない、その線引きを今やっている最中なのだが。


 おおむね知性ある生命体だと収納できないのではないかと言われている、その証拠に生命活動が停止すると収納できるようになる、つまり死亡すると収納の対象になるのだ。


 そのような事をぼんやりと考えていた雫斗だが、その事が後に悲劇となるのだがそれはのちの話だ。

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