眼鏡
石田くん
眼鏡
春海には三分以内にやらなければならないことがあった。
手元にはノート。黒板にはまだ写していない板書。授業は残り三分。
すべき事は明白だが、それどころではなかった。涙が溢れてくるので、眼鏡はとっくに外して机の上だ。
その眼鏡が、涙の原因だった。
春海は飛行機の操縦士になりたかった。しかし、視力矯正の度数が強ければ操縦士にはなれない。
航空大学校の為に必死に勉強した。成績も大分伸びた。勉強を始めた高二の四月は、ぎりぎり基準よりも弱いの眼鏡だった。だからもう眼が悪くならないように、部屋を明るくして、姿勢をよくして、一時間おきに遠くを見て、勉強した。でも叶わなかった。この前の夏休みに、眼鏡を変えた。
昨日の夜、相当気を遣っている様子の親に進路の話をされた。学生向け集合住宅の内見に行って、引越しの日まで心を躍らせて寝る。今や妄想になったそんな理想は、目は悪くなったのに、昨日までよりずっとはっきり心に映った。その度、空箱の様になった心のささくれが千切り取られるような気持ちがした。
だから春海は、九月の終わり、窓際の席で、啜り泣いていた。
空への想いをはなさないでいる春海が、そこにはいた。
ふと、空を見た。ずっと窓際の席の春海が、幾度となく、悩みがあればとりあえず見てきた空を。空だけを見てきた。
あの鳥の様に飛ぼうと、ずっと思っていた。その思いもあえなく潰えたが。
すると、それを表すかのように、鳥が急降下を始めた。そしてそのまま海に激突した。しかし、すぐに魚を咥えて姿を現した。それは海鳥だったのだ。
その瞬間、はっとした。ずっと見ていた景色なのに、初めて海を見たような気さえした。涙がレンズ代わりになって、いつもよりよく見えたせいかもしれない。伸びやかな空と水平線で繋がる海を、その青色を、もっとよく見たいと思った。嫌いだった眼鏡をかけた。心地よく自らを呑みこむ様な海を臨んだ。チャイムはいつの間にか二度鳴っていた。
眼鏡 石田くん @Tou_Ishida
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