第3話 クロノ・チンチローネ【時うどん】③
「それではダマヤ様、先程執務室でお渡しした
視聴室へ入るとクランエはダマヤにそう促した。ダマヤはその言葉に従い、
装備したのを認め、クランエは言葉を続ける。
「ダマヤ様が今装備されました
「ああ、それは分かっている。で、具体的にはどうすればよいのだ」
ダマヤは
「使用条件は至って簡単です。召喚したい対象の前で、手を連続して叩きますと魔法が発動して、異世界より対象が召喚されます」
「手を連続して叩く。なんと、それだけでよいのか?」
「ええ、その通りです」
あまりにも簡単な方法でダマヤは拍子抜けした。てっきり気が遠くなる程の長い呪文の詠唱を求められると思っていたからだ。
「元々ターミナルでは似顔絵等を使って、遠方にいる人間を移動させる為の手段で用いるものなのですが、今回はその手法を『
「なるほど。分かった」
「それで、これが重要なのですが、それは一度使用されますと、再び
「分かっている。つまり、失敗は許されないという事だろう」
ダマヤの言葉にクランエは大きく頷いた。
「その通りでございます。10年も待っていますと、我が国サイトピアは魔族の侵攻により滅亡、ターミナルは闇へと落ちるでしょう」
自らの責で、世界が滅びる。そう思うと、ダマヤの気持ちは一遍に引き締まった。
全てはダマヤと、目の前に置かれている「
光の国サイトピアに代々伝わる、異世界とターミナルを繋ぐ唯一の扉。それが「
100年前、サイトピアの一人の召喚士が今回と同じ様に、異世界より救世主を召喚しようと試みた事があった。
結果だけを簡潔に述べるならば、救世主は召喚されなかった。
だが、その代わりに異世界の映像が浮かび上がる箱、「
「
更に驚くべき事に、ターミナルと
それこそが、ターミナルと異世界の
異世界の中の異国、つまりは『
そして、その異世界の文化を観察する事が
100年前のサイトピア王、ヘンリネス=ポピンチョフ13世が設けた役職。
ダマヤは
これだけの大任、世界の命運を任されるのは、
「さあ、長丁場になるだろう。クランエよ、床へ腰掛けるのだ」
「はい」
そうして二人は視聴室の床に座る。
「ターミナルの神々、精霊の御加護の元……そして、異世界の神よ。庇護の光を我らターミナルの民にも与えたまえ……その神聖なる映像を閲覧する無礼をお許し下さい……」
ダマヤは、いつもの様に異世界の神に対する祈りを、きっかり15分捧げた。
「ダマヤ様、その祈りは、絶対に欠かしてはいけないのですね?」
「その通りだ。『
いつか、ダマヤはうっかりして祈りを捧げずに発動ボタンを押してしまったことがあった。すぐにその事に気が付き、祈りを捧げ直したが、その日は一日中、食欲がなくなったり、頭痛がする事も、雷が頭上に落ちてくる事もなく、過ぎてしまえば何ら問題のない一日だったのだが、それはすぐに「
「つまりダマヤ様、それは過去に全身から血が噴き出て絶命した方がいらっしゃるという事ですね?」
「いや、そのような記録は残されておらん」
「……でしたら……大丈夫なのでは?」
「大丈夫かもしれないが、万が一、もしも、死んだら……嫌ではないか。ちょっと気を失うとかじゃないぞ。死ぬんだぞ?私が死んだらお前どうする?お前が生き返らせてくれるのか?」
「いえ……まあ、はい。スイマセンでした」
なかなかの剣幕のダマヤに、クランエは素直に頭を下げる事しか出来なかった。
「構わん。私もお主ぐらいの歳の頃に、先代に同じ事を言って叱られたものだ。若さとは、良いものだ」
ダマヤはそう言うと、優しく微笑んだ。
「祈りも済ませた。では、発動させるぞ」
「はい」
ダマヤは
すると、ブン――という神聖で威厳に満ちた音を上げ、箱に映像が映し出された。
「おお……」
思わずクランエは感嘆の声を上げる。
この映像はターミナルでも、選ばれた数人しか目にする事が出来ない。国宝の中の国宝である。
クランエの眼はみるみる潤み、直ぐに涙が溢れてきた。無理もない。異世界の文明は、ターミナルのそれとは、まったく異なるのだ。
「ダマヤ様。私は生まれて初めて『
「ああ、私も最初はお主と同じであった。感激のあまり、涙してな。先代に叱られたものじゃ『涙で眼を曇らせてはならん。何の為の
ダマヤはクランエを懐かしそうに眺めながら、優しく微笑んだ。
「ダマヤ様。ですがこれは一体、何をやっておられるのでしょう。ただただ玉が転がっている映像が流れているのですが……」
「ああ、これは『ピ○ゴラスイッチ』と言ってな、玉を転がす番組なのだよ」
「玉を転がす番組、ですか?ただ、玉を転がすだけなのですか?」
「ああ、そうだ。この番組が始まって10年と少しだが、玉を転がさない日等、一日たりともない」
「10年間玉を転がし続ける……さては何か、呪いの儀式の一種でしょうか?」
クランエの問いに、ダマヤは力強く頷いた。同時に、クランエの聡明さに感銘を受ける。
――流石は天才召喚士。このダマヤが10年かけて気が付いた事実に、この一瞬だけで至るとは。歳は取りたくないものだ。
「そうであろうな。国王には報告しておる。まもなく15年故、何かが起こるやも、と。ともすればこの度のターミナルの危機にも関係しておるかもしれん」
「はあ。異世界とは恐ろしいものですね。発動した瞬間にその様な禍々しい番組に繋がるとは。このクランエ、肝が冷えました」
その様なものに一瞬で心を奪われた自身に恥じ入る様に、クランエは俯く。
「まあそう言うでないクランエよ。恐ろしいだけではないぞ。この箱にはありとあらゆる至宝の情報が詰まっておる。『日本語であ○ぼう』では異世界の文化と言語を。『クッキンアイドルアイ!マイ!ま○ん』で異世界の料理を。『おじゃる○』で異世界の主従関係を。『忍た○乱太郎』で異世界の戦闘について学ぶ事が出来る。この『
そう言って笑うダマヤを、クランエは眩しそうに見つめる。
「いやはや、ダマヤ様は素晴らしい異世界の知識をお持ちで。このクランエ、感服いたしました。これならば、異世界より最善の救世主を呼び出す事も容易でしょう」
クランエのその表情は絶大なる期待をダマヤに寄せていた。
――さて、そう簡単にいけば良いのだが。
ダマヤの脳裏には、一抹の不安がよぎっていた。
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