第2話 クロノ・チンチローネ【時うどん】②

 話は三日前に遡る。

 王宮専属の視聴者ウォッチャーであるダマヤは、突然大臣に呼び出された。

 国王の補佐官、大臣からの招集である。これは只事ではないと取り急ぎ参上すると、ダマヤは思いもよらない命を下された。

「救世主を召喚?私がですか?」

「ああ、その通りだ」

 真剣な面持ちで大臣は頷く。

「お主も知っての通り、今この世界ターミナルは魔族の手に落ちつつある。近隣諸国は皆、魔族に滅ぼされてしまった。こうなれば、ヤツらを阻止出来るのは我々光の血筋を受け継ぐサイトピア国のみ。だが現在、我が国には問題が山積みだ」

 大臣はそこで一度、憂鬱そうに溜息を吐いた。

「一番は難民問題。本来、魔族を倒す為にあらゆる種族が協力しなくてはならないにも関わらず、国を追われたエルフやドワーフで種族間抗争が起きている始末。一致団結等、夢のまた夢。勇者も呼びつけておるが、何の連絡もしてこない。あやつの事だからまたどこかへフラフラと行ってしまっているのだろう。あやつにももっと自覚を持ってもらわなくては困る。つまり、勇者も問題という事だ。各所の人材不足で魔族討伐計画の目途も立たない。このままでは魔族の侵攻を待たずして我が国は自滅してしまうだろう」

 大臣の言葉にダマヤは大きく頷いた。

 国全体が一枚岩になりきれない負のオーラは至る所に蔓延している。

 特に目下の重大懸念案件、難民問題に関しては、このまま国内紛争にまで発展するのではないかという見方も出ている程である。

「でだ、時勢を案じた国王様が、この国の行く末を預言師に占わせたのだ。すると、ある神託が授けられた」

 そう言って大臣はダマヤをじっと見据える。

「我々を一つにする救世主が、異世界から現れると。そして、その者を召喚するのが、ダマヤ。お主であるともな」

「私がで、ございますか」

 ダマヤは驚きを隠せない。預言師の言葉は絶対である。

 神託に自分の名前が上がった事は光栄であった。それだけでダマヤは感激で胸が張り裂けそうである。だが同時にとてつもない重責も感じていた。

「クランエ」

 大臣が呼ぶと、次の間より一人の青年が姿を現す。

 宮廷の召喚士クランエである。歳はダマヤの半分程だろう、若くして宮廷召喚士となった、100年に一人の天才だと、当時騒がれていたのを覚えている。

「ダマヤ様。これを」

 クランエは両手で金色のリングを差し出す。

召喚輪倶サモナイトリングでございます」

「これが……」

 召喚士が用いる神倶。実物を見るのは初めてだった。

「使い方は後程説明いたします。取り敢えず今は、懐にでもお納め下さい」

「ああ。分かった」

 ダマヤは言われた通り、輪倶リングを懐にしまった。

「それではクランエを伴い視聴室へ向かえ!異世界より救世主を召喚するのだ!よいなダマヤ。この世界の存亡は、お主にかかっておるぞ」

「は!この命に掛けましても!」

「よいかダマヤ!必ず救世主を連れてくるのだ!頼んだぞ!」

 大臣の期待に満ちた声が、ダマヤの背中に刺さった。


 宮廷内の果てしなく続く通路を二人は速足で歩く。

「クランエよ」

「はい、ダマヤ様」

「とんでもない事になったぞ。私が救世主を呼び出すだと?」

 信じられない事だった。自分は今、夢でも見ているのではないかと思ってしまう。どことなく足元が覚束ない。

「はい。お気持ちは分かりますが、預言師の言った事ですので、ほぼ間違いないかと……」

「分かっている。……やらねばならんのだな」

 ダマヤには自分を駆り立てるこの感情が、高揚なのか、不安なのか、まだ計り知れなかった。

「ともかく、早速視聴室で『異世界映像端末テレビジョン』を発動させなくてはな」

「はい」

 そうして二人は、ダマヤの職務場である視聴室へと急ぐのであった。

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