第30話 シュラ&オルデンVS原始の龍

 それは暴風に等しかった。

「お前からだっ!」

 イストワールがまず狙ったのは口の悪いシュラ、ではなく肉体的にひ弱そうなオルデンの方だった。オルデンの真正面、下から抉り込むように拳を突き出す。

 が、オルデンの障壁全てを貫通する威力はなかった。十八層ほど削って弾き返される。

(初手でこれだけ削ってくるとは。原始の龍の力、油断はできない、か。)

 弾き返された隙を狙うのはシュラだ。戦いを長引かせないようにと、初めから全開で消しにかかる。

 その時だった。

 シュラの拳が途中で止まる。

「まさか、こいつも障壁を展開しているだと?」

 その言葉に、イストワールが意地の悪い笑みを浮かべる。

「先程の障壁、わずか十八層で半分以上削った時は、何かの冗談かと思ったわ。我の障壁は六十四層ある。その程度で我に勝てると思ったのか?まさに赤子よな。」

「六十四層だと?ばかな!」

 そう、オルデンが展開する障壁は三十二層だ。しかしそれでも白龍の国ではトップの防御力を誇っている。イストワールはその倍を常に展開していると言っているのだ。シュラもオルデンの障壁を突破できる拳を打っていた。しかしその拳は、三十四層を削ったところで止まってしまったのだ。

「弱い、あまりにも弱い。我が去ってからこの世界はこんなにも弱体化しているのか?それはあの者ももう一度創生しようと思うはずよな。実に嘆かわしい。」

 これが原始の龍の力。シュラとオルデンはそれを痛感した。二人とも全力でかかってまだ倒し切れるかわからない。

「ジジイ!援護しろ!!」

 シュラはすかさず前衛を買って出る。

「言われずともわかっている。ジジイと言うな!」

 文句を言いつつもオルデンは後衛に周り、シュラを援護するべく強化をかける。

 咄嗟にこういう対応ができるのも、お互い相手の手の内を知っているからに他ならない。幾度か戦闘した経験上、お互いの得意な事をわかっているのだ。

「ふん、面白い、今度はこちらが言うべきかな?かかってくるがいい。」

 シュラはオルデンからの合図を受け、今度はこちらから攻勢に出る。

「言われなくてもお帰りくださいってなあああ!!!」

 シュラは今度は相手の障壁を全て削り切る勢いで拳を繰り出した。もう少しで拳がイストワールに到達しようというところだった。

「シュラ様、アタシ怖い…。」

 見れば、そこにいるのは不安そうな顔をしたヴィクトリアだ。

「…ッ!」

 シュラは無意識に拳の勢いを緩めてしまう。

「なーんてな。」

 そこにはヴィクトリアの面影は消え、傲慢な笑みを浮かべるイストワールがいた。

「終わりだ。」

 イストワールから魔力の刃が放たれる。

(くそ、ヴィクトリアの見た目に惑わされた俺の不覚か!やられる!)

 そこへ同じく魔力の刃がそれを相殺する。

「黒龍王、ためらうな。本当に守りたいものを見失うな。」

 後ろからオルデンが冷静に援護していた。

「たまにはいいこと言うじゃねーか。さすが歳食ってるだけあるな!」

 最後の一言は余計だ、とオルデンが忌々しそうに言っているが、すぐに次の攻撃に備える。

「ちょっとこの娘の意識を出しただけで、その体たらく、一人で来ていたらとっくに死んでいたな。やはりそこの奥の者を先に消すのが良さそうだ。」

 そう言うと、先程の魔力の刃をもう一度展開する。

「こいつ。俺たちの戦い方の両方ができると言わんばかりのやり方をしやがる。」

 それを聞いたイストワールは、何を言っているのかわからない顔をして、

「逆に貴様らはなぜこれができないのだ?ポンコツなのか?」

 わかりやすい挑発をしてくる。シュラはなんだと、という顔をしたが、それを無視できないオルデンではなかった。

「今はそんなことに構っている場合ではない。できることに集中しろ!」

 つまらない挑発に乗りかけたシュラに喝を入れる。

 シュラはオルデンの後ろにいる二人に被害が及ばないよう、イストワールが距離を詰めないように絶妙な位置を保つ。

「無駄な足掻きを。」

 イストワールはそれはそれで鬱陶しいようで、シュラの動きを無視できないでいた。

「そろそろ飽きた。お遊戯は終わりにしよう。」

 そう言うと、イストワールは自身の障壁を爆発させたのか、激しい衝撃波を生み出した。それまでと違う動きと爆風で、二人は一瞬イストワールの姿を見失う。

 その時だった。

「嫌っ!イーラを離して!」

 シルヴィアの声が響く。その時にはもう遅かった。イーラが人質に取られ、イストワールはシルヴィアに何かを要求しているようだ。

「シルヴィア、僕に構うな!早く行け!」

 イーラが拘束されながらも抗う。

「無駄だ、逃さんよ。さあ、早く我を癒しの力で復活させるのだ。さもなくばこの若者に苦痛の限りを尽くすぞ?」

 はっきりとそう聞こえた時、シュラとオルデンになす術はなかった。オルデンは息子のピンチに思わず声を荒らげたかったが、下手に刺激するとイーラが余計に危機に陥ると判断し、堪えた。注意をこちらに逸らしたかったが、今攻撃を仕掛けたら、イーラの命が危ない。シュラもそう判断しているようで、動けずにいる。

「…わかりました、癒します。その代わり先にイーラを離して下さい。」

 シルヴィア、ダメだ!というイーラの叫びは無視し、イストワールは言い放つ。

「ダメだな。我が完全復活するまで、この若者は我が預かる。さあ、癒せ。」

(私が今癒しの力を使わなければ、今度はイーラが犠牲になる。言う通りにするしか…!)

 決心したシルヴィアが癒しの魔力を解放する。

「おお、おお。素晴らしい癒し手だ。みるみる回復していくのがわかるぞ。」

「一つ質問させて下さい。ヴィクトリアはどうなるのですか?」

 イストワールは機嫌がいいのか、なんだそんなことか、と言って答える。

「どうにもならぬ、我に取り込まれて消えるだけだ。この娘はお前を殺したがっていたぞ。気にかける道理もないと思うが。」

 シルヴィアは極力時間をかけて癒そうとしていた。時間稼ぎになるかはわからないが、今できることはそれしかなかった。

 ヴィクトリアは消える、イーラも人質に取られている、シルヴィアにとっては最悪の事態だった。と、その時だ。

「こんなところでお前に復活させてやるものか!僕はシルヴィアの足枷にはならない!」

 イーラはそう言うと、イストワールに突きつけられている刃に自ら身を投じた。

「イーラ!」

 怪我を負い、倒れるイーラにシルヴィアとオルデンが同時に叫びを上げる。

「なんだ、つまらぬ。だが、お前は我を復活させなければならないことに変わりはない。この若者、まだ生きているな?早くせねばトドメを刺すぞ。」

 イーラは解放されたとはいえ、まだ狙われている。そこへ、すかさずオルデンがイーラを救出に入る。イストワールとイーラの間に距離が開いたためだ。

「チッ、チョロチョロと鬱陶しい。まあだが状況に変わりはない。娘、早くせねばここにいる全員が消し炭だぞ。何、我を完全復活させれば、お前は可愛がって飼ってやるから安心しろ。その癒しの力があれば、今度こそ我が世界最強の真の王だ。」

 イストワールは勝手な未来図を繰り広げている。が、この場の誰一人としてそんなものに乗るつもりはなかった。

「…ヴィクトリア、あなたはそれでいいの?」

 シルヴィアはか細く癒しの力を緩めることはせず、イストワールではなく、元の身体の持ち主に問いかけた。

「無駄だ、この身体の主である娘はもう戻らぬ。」

(いいわけないでしょ!!)

 シュラはヴィクトリアの波動を感じた気がした。

「ヴィクトリア、このままじゃお前は消えるんだぞ。どうしたいのかはっきり言ってみろ!」

 シュラは一縷の望みにかけて、ヴィクトリアを鼓舞してみる。

「くっ、余計なことをするな、やっと肉体を得られたと言うのに、渡しはせぬ!」

 イストワールが目に見えて焦るのが確認できた。その隙をシュラは見逃さない。そしてオルデンもそれに気づく。

「我は、アタシは、くそ、出てくるな!」

 シュラから直接声をかけられたことが大きかったのか、ヴィクトリアは懸命にもがいているようだった。シュラとオルデンは互いに頷くと、障壁を全て削り切れるだけの全力を込めた拳と掌底を、ヴィクトリアの体内に眠る竜玉めがけて撃った。

 シュラは、竜玉から解放されたヴィクトリアが倒れ込むのを支える。一方オルデンは、竜玉が再び龍脈に入り込まないよう素早く竜玉を拾い、布で覆う。シルヴィアは癒しの力をイーラに向け、先程負った傷を癒す。

「ヴィクトリア、ヴィクトリア?意識はあるか、俺が見えるか。」

 身体を乗っ取られていたヴィクトリアにシュラが声をかける。

「はい、シュラ様、ありがとう、ございました。」

 乗っ取られていた間に相当エネルギーの消費があったのか、ヴィクトリアも疲弊している。

「よくやった、ヴィクトリア。だが、お前の行った世界の破壊は到底許されることではないぞ。それはわかるな?」

 ヴィクトリアは反省を口にしているが、今回は反省では済まされない。

 とそこへ、竜玉を持ったオルデンがやってきた。

「黒龍王、これを破壊しようと試みたが、どうやら、二人以上の力を加えなければ破壊できない仕組みのようなのだ。少し手を借りられるか?」

 そう言われてシュラはどこかへ行ってしまう。ヴィクトリアはそれが寂しくて、やっと気にかけてもらえてたのに、という気持ちを抱いた。

 かくして、イストワールの企みは失敗に終わり、竜玉は粉々に砕かれ、二度と再生することもないだろう。それぞれが死力を尽くして戦った結果、世界の破壊は免れなかったが、再度の創生などという混沌の時代を迎えずに済んだ。

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