第5話 策士オルデン
イーラは帰り着くと、城の中にある、西の塔に幽閉された。というのも、オルデンに食ってかかったからだ。
あの日、帰り着くなり二人は喧嘩になった。
「叔父さんのことは僕が説得して連れ戻すという話だったはずだ!」
なんであんなことに。イーラはやりきれない思いでいっぱいだった。アルヒを喪った。しかもシルヴィアは目の前で父を喪った。父と娘、本当に幸せそうだった。ただ静かに暮らしたいと願っていたあの二人の幸せを壊したのは自分か。自責の念がイーラを襲った。
「あんな腑抜けた態度で、お前があれを連れ戻せたとでも?」
オルデンはもうアルヒの名を呼びもしない。
「だとしても殺す必要などなかったはずだ!父上とて叔父さんを愛していたはず!」
その一言に、オルデンは激昂した。
「黙れ、二度と私の前であれの話をするな。あれは一族の裏切り者であり、恥だ。ああなってしまっては、処分するより他になかった。それだけの話だ。」
オルデンはこれ以上の議論は無駄だと、威圧のオーラを強めてそう言った。
「僕にはわかりません!何が起きても、血の繋がった家族を害することなどできるはずもない!」
その言葉が、オルデンの逆鱗に触れて今に至る。
イーラはあの日の状況を整理していた。
まず、事が起こる日の前日に、オルデンから話があり、アルヒの元を訪れてほしいということだった。もちろんその時点では、アルヒを説得してほしいという話だった。イーラはそれを受け入れた。何か手土産をと、自分が一番美味しいと思っているお茶を仕入れて部屋に保管しておいた。その事はオルデンに話したりしていない。
翌朝、アルヒの元を訪れるため、城を後にした。道中誰かに会ったり、誰かを連れて行ったわけではなかった。優雅に空を舞い、昼過ぎにはアルヒの住むという島へ到着した。
イーラはそもそも、オルデンからアルヒの状況について、人間の娘と出奔した、そこで暮らしている、という情報しかもらっていなかった。
アルヒが出奔してから二十一年。数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの瞬きの間だ。でもまだ人間と暮らすには十分な時間だ。今すぐ帰るという気持ちにはならないかもしれないが、オルデンから戻ってもいいというサインは出ているのだということだけでも伝えたかった。
が。家を訪ねてみると、アルヒは一緒に暮らすものを娘だと言った。イーラは混乱した。人間の娘、という意味ではなさそうだ。だって目元がアルヒにそっくりなのだから。銀の髪に青い瞳をしたその者は、シルヴィアと名乗り、アルヒを父と慕っていた。何より決定的なのは、二十一年を共に過ごした人間としては若過ぎた。いや、人間の実年齢とか、種族的に違いがあり過ぎてわからないのだが、どう見てもそこにいたのは子供だったのだ。
(何も聞いていない、父上はどこまでを知っているんだろう?)
アルヒの居場所を突き止めたと同時に、どこまでを把握し、イーラに何をさせようとしているのか。オルデンは聡いことで知られている。何も知らないわけがない。
どうする、この子を。
そう、問題はシルヴィアの存在だ。子供がいる、しかもここまで愛情をかけているということになると、ただ人間の娘と出奔して果ての島で暮らしている、とはわけが違ってくる。オルデンがシルヴィアのような半龍半人の子を、城に置くわけがないとイーラは断定した。もうお伺いを立てなくてもわかる。あの父はそういう存在だ。白龍の一族至上主義。黒龍の民さえ見下すオルデンが、半人の子など、受け入れられるわけがないのだ。
どうするのが最適解か。わからないまま、イーラはその日は一旦退こうと思った。見送ってくれるという叔父に問いかけられる。
『この先自分たちをどうするつもりなのか』と。
イーラの感想としては、アルヒには戻ってもらい、シルヴィアをどこか遠くへやって、一人で慎ましく暮らしてもらうしかないと思っていた。だから、シルヴィアが一人で生きられるようになるまで、オルデンの目を誤魔化し、時間稼ぎをしようかと考えていた。でもそれはアルヒの同意が得られない可能性が大きい。だからイーラは『わからない』と答えた。
そんなイーラの考えを見透かしたように、アルヒは告げた。
「シルヴィアは僕の宝だ、離れることは考えられない。」
そこには強い決意が滲んでいた。そこまで言える存在を授かったことを、イーラは羨ましく思えた。そして芯を曲げない叔父の変わらなさに、口を開こうとして、それは叶わぬこととなった。
イーラはその先の光景の惨さに、あまり思い出したくなくなったので、今はそっと目を瞑る。
オルデンは一人玉座の前で考え込んでいた。それはいつものことなので、誰も何も言わないが、この日はオルデンの機嫌が悪いのがあからさまだったので、誰も声をかけたくなかった。
数日前、オルデンはついに手を打つことにした。弟アルヒの目を覚まさせる時が来たと思った。というのも、人間というものは齢十六で成人すると耳にした。アルヒが人間との間に子が生まれて十六年になる。つまり、そういうことだ。成人まで育てたのなら、もう手放して戻ってくるべきだ。一応情けはかけて、その子供を手放すと言ったら、処分まではしないでおいてやろう。そう思った。その為にイーラという駒を使う。折り合いの悪かった自分が行くよりも、懐いていたイーラを遣った方が丸く収まるだろう、そういう考えだ。
イーラもまさか、子供を連れて帰ってくるなどという愚かな行為はしないだろう。そんな教育をした覚えはない。だが、イーラもどのくらい成長したのか見てみたい。今回はあえて子供の存在は伏せておこう。
まずはイーラに時が来たことを知らせる。イーラは色よい返事をすると、どこかへと出掛けていった。
(大体手土産の一つも、という考えだろう。どうせなら、その手土産に細工をしておいて、アルヒが戻ってくると言ったら私も出ていってサプライズというのはどうだろう。久しぶりの再会だ、そんな趣向も悪くない。)
オルデンは柄にもなく浮き足立っていた。アルヒとは色々あったが、可愛い弟なのは間違いなかった。若くして病で右目を失い、落ち込んでいた時期もあった。オルデンはイーラが大事そうに茶葉を部屋に置きに帰ったのを見て、それに細工を施した。自分の気配を消す魔法を気取られないよう慎重にかけた。
さあ、準備は万端だ。あとはイーラが茶を入れるくらいのタイミングを見計らって、アルヒの住む島に身を隠し、感動の再会を待つだけだ。
だが、オルデンはそんな理想とは程遠い現実を思い知ることになる。
それがアルヒの発した、『シルヴィアと離れる事は考えられない』という発言だった。その一言にオルデンは我を忘れた。
なぜだ、なぜだ、なぜだ。一族を捨てるというのか?時を待った私に対する裏切りでは?情けをかけ、人間を処分することもせず、子が生まれたと聞いた時も、何もしなかった。もし血の繋がりがなければ、子が生まれる前に人間を処分していたところだったというのに。子が成人するまで待ち、独り立ちさせれば許してやることにしてやっていたというのに。離れる事が考えられないのなら、今ここで親子共々塵と化してやろうか。
怒り狂ったオルデンだったが、まだ可能性を信じていた。それはイーラの存在だ。イーラがシルヴィアを始末し、アルヒの目を覚まさせるしか道はない。だが、イーラはそれを聞いてもシルヴィアを始末しに行くどころか、普通に帰ろうとしている。
オルデンの怒りは止まるところを知らず、ついにアルヒに凶刃が突き立った。
(イーラはまだ矯正できる。だが。)
もはやオルデンはアルヒを許すことができなくなっていた。あれだけ情けをかけ続けてきた弟の愚行もこれまでと、オルデンはアルヒをついに処分対象としてしまったのだ。オルデンはアルヒに失望したと告げたが、オルデンが味わったのは、失望でなく『絶望』だった。
ここまで不出来な弟だったとは。人間の娘などにうつつを抜かし、挙句子まで成したと思えば、その娘を宝だなどと何を世迷いごとを。
一族としての責務も全うせず、これ以上面汚しされるのはごめんだ。
オルデンは一度ぷつりと切れてしまった糸を元に戻す事ができずに、怒りのまま力を振るった。しかし、なかなかしぶといアルヒを、更に助けようとする癒しの魔法が邪魔をした。
オルデンはその力の根源がか弱い人間と裏切りの象徴であるアルヒとの子、シルヴィアだと認識すると、一層苛立った。
二人とも消す。そう決意した時だった。
唯一想定外だったシュラが立ちはだかる。消すのは面倒だが、消せない相手ではない。怒り狂ったオルデンは、いつもなら冷静に判断するところを、そうしなかった。怒りのまま、シュラにも苛立ちをぶつける。
一触即発になった時、イーラが割って入った。それが最大の誤算だった。
そのイーラの余計な一言に気を取られたがために、一番消しておきたかったシルヴィアの生殺与奪の権が、シュラに移ってしまったのだ。
帰るなり、オルデンはイーラを叱責した。そこから口論になった。
イーラは、誰も傷ついてほしくなかった。
オルデンは、自分の理想を守りたかった。理想を守る為なら、そこから外れるものは処分して構わないと思った。結果、弟を処分した。その為に駒にされたイーラは当然憤った。
「今度はお前がアルヒと同じ目に合うか?」
父の冷徹極まりない声は、イーラにとてつもないショックを与えた。
ああ。この方は、我が子であっても同じことができるのだ、と。
そこからオルデンとイーラの間には、到底埋めることのできない溝が生まれてしまった。
イーラに残ったのは、怒りと、失望と、恐怖の味だけだった。
半龍の姫は誰と踊る 安倍川 きなこ @Kinacco75
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