めがねラスト。~ 眼鏡の最後は26歳 ~
崔 梨遙(再)
1話完結:2900字。
研修会社で研修の講師をしていた頃のお話。要するに、僕が30代の半ばか後半の頃のお話。もう10年くらい前のこと。僕は、若手の就職支援研修を終えて、主婦層向けの就職支援研修を任された。主婦層向けの研修は2回目だった。僕が自信の無い研修テーマの時は、上司が時々フォローに来てくれた。
やっぱり受講生は10人くらいだった。26(もうすぐ27)歳から40歳まで、幅広い年齢層の受講生がいた。だが、研修を進めながら就活を進めさせていたので、30歳の女性、黒木葵(主婦)が早々に就職試験に合格し、研修の途中で卒業した。
その時、僕の先輩の講師、中内さん(イケメン)と葵が付き合っているという噂が流れていた。就職先も、中内さんが紹介したと思われていた。真相はわからない。僕が中内さんに何も聞かなかったからだ。だが、噂されるだけあって、葵は美人でスタイルも良かった。しかも上品だ。いいところの奥様といった感じだった。もし、中内さんが付き合ったとしても気持ちはわかる。僕なら人妻には手を出さないけれど。そう、僕は人妻には手を出さないのだ。ちなみに、中内さんは前回の研修メンバーの時も或る女性受講生と噂があった。中内さんは、『やり手』だった。イケメンだからだろうか? 中内さんには妻子がいたのだけれど。
冬、忘年会があった。僕等講師陣は一応全員出席したが、受講生は自由参加だったので、半数が参加して半数が不参加だった。26(もうすぐ27)歳の小島愛が、僕の横に座った。愛は人妻で子持ち、残念ながらビジュアルには恵まれていなかった。いろいろ話をされたが、聞き流していたので、どんな会話だったか全く思い出せない。とりあえず忘年会は終わり、研修も終わって愛ともお別れになった。
と思ったら、研修修了後、スグに愛から連絡があった。最初に渡した名刺の電話番号を見て電話してきたらしい。
「どないしたん? 就職は決まったんやろ?」
「はい、研修の卒業と同時に決まりました」
「仕事の悩みでもあるの?」
「いや、仕事の方は順調なんですけど」
「ほな、なんなん?」
「崔さん、私とデートしてくれませんか?」
「なんで? 愛ちゃん旦那さんいてるやんか」
「もうずっと前から倦怠期で、ずっと前からしてないんですよ」
「ああ、要するに欲求不満なんや。でも、僕は人妻には手を出さへんで」
「それでもいいです、気分転換がしたいんです」
「ほな、1回だけランチ行こか?」
「はい、お願いします」
愛からの誘いをOKしたのには理由がある。僕は、愛の友人の千夏(バツイチ:子持ち※今、恋人無し)を狙っていたのだ。愛から、千夏の連絡先を聞き出すつもりだった。僕には下心があったのだ。前回の研修メンバーの時と似たパターンだった。前回は好きな女性の連絡先をゲット出来なかったが、今回はゲットしてやる! と思っていた。
「素敵な店ですね」
「そう? 良かった」
「このお店、気に入りました」
「今度、家族で来たら? 女友達と来てもええと思うし」
「いいお店を知ってるんですね」
「そんなに沢山は知らないけど。この店は穴場やと思うで」
「こんなデート気分は久しぶりです」
「気分だけで、デートではないからね」
「わかってますよ」
「なんで、僕を誘ったん?」
「私、眼鏡をかけてる男性が好きなんですよ」
「ほな、旦那さんも眼鏡?」
「いえ、旦那は眼鏡かけてませんけど」
「どないやねん」
「今日は、どうしてOKしてくれたんですか?」
「おお、そうそう、千夏ちゃんの連絡先を聞きたかったんや。千夏ちゃんの連絡先を教えてくれや」
「嫌です」
「なんでやねん」
「嫌なものは嫌です」
「ほな、愛ちゃんに男を紹介するから、教えて」
「連絡先は、千夏本人に聞いてください」
「ほな、ダブルデートしよう。僕が男1人連れて来るから、千夏ちゃんを連れて来てや。2対2、それならええやろう?」
「じゃあ、次は2対2で」
「ほな、出よか、僕、用事があるねん」
「どこへ行くんですか?」
「眼鏡が合わなくなったから買いに行く。この眼鏡は今日が最後や」
「私もついていきます」
「これなんかどうですか?」
「そうやなぁ、ええなぁ」
「これもいいと思いますよ」
「そうやなぁ、いいなぁ」
愛は僕の好みじゃない眼鏡ばかり選ぶ。
「ほな、僕はこれにするわ」
「って、私のオススメ全部無視ですね」
「よし、早速、新しい眼鏡をかけよう」
「あ、似合ってますね」
「どうも。さあ、この古い眼鏡は今日が最後でした。最後は愛ちゃんとのランチでした。さよなら、メガネ君」
「古い眼鏡は捨てるんですか?」
「いや、スペアとして一応持っとく。ああ、新しい眼鏡はええなぁ。今日からはこの眼鏡のスタートや。ダブルデートも、これで行くで」
「もしも要らないなら、もらいたかったんですけど」
「こんな眼鏡、どうすんの?」
「崔さんとの思い出として持っておきたいんです」
「そう、ほな、あげる」
僕は、最後の役目を終えた古い眼鏡を愛に渡した。
その日、僕はハイテンションだった。僕はずっと千夏を気に入っていた。今までは、講師と受講生という関係で踏み込むことも無かったが、もう、研修を卒業したので、講師と受講生ではない。ただの男と女だ。
僕は、学生時代の友人、高尾を呼んだ。そしてランチ。ランチの後はカラオケ。カラオケ店に向かっていると、バッタリ女性陣の知り合いの男の子と出会った。それがなんと、千夏の弟だった。僕等は、千夏の弟も一緒に、5人でカラオケに行くことになった。正直、ここで弟に乱入されるのは嫌だった。
困った。弟の目の前で連絡先を聞くのはいかがなものか? 弟の目の前で口説くのもマズイのでは? と思った。気にしすぎかもしれないが、僕は、千夏に連絡先を聞くことを諦めた。次、チャンスが来たときに聞こうと思った(その後、2度とチャンスは無かった。僕がグズグズしている間に、千夏に彼氏が出来てしまったのだ)。後で気付いたが、千夏がトイレに行ったときに追いかけて廊下で連絡先を交換しておけば良かったのだ。この件に関しては、いまだに悔いている。
カラオケが終わり、夕方、解散。すると、高尾の携帯の着信音。メールだった。愛からだった。
「おい、いつの間に愛ちゃんと連絡先を交換したんや?」
「トイレに行った時、廊下で連絡先を交換したんやけど、こんなスグに何やろ?」
メールには、“まだ帰りたくない”と表示されていた。ちなみに、高尾には妻子がいる。以前にも似たような展開があって高尾は動いたが、やはり今回も高尾は動いた。
「とりあえず、会いに行くわ!」
高尾と愛がその後どうなったのか? それは読者様のご想像にお任せしたい。
主婦層向けの研修を担当したことは2回ある。若手の女性ばかりの研修の担当をしたこともあった。研修の受講生が変わる度に気になる女性はいた。なのに、僕は研修では毎回好きな女性とのご縁は無かった。毎回、好きじゃない女性に好かれていた。そのせいで、僕は想い人と結ばれなかったのだ。僕が好きになると、好きになった女性の友人が邪魔をしたのだ。残念。でも、研修の講師の仕事は楽しくて好きだった。毎回邪魔されて腹が立ったことも含めて良い思い出になっているのかもしれない。
めがねラスト。~ 眼鏡の最後は26歳 ~ 崔 梨遙(再) @sairiyousai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます