綻ぶ花 (朗読劇台本)

志水命言

『綻ぶ花』

 片田舎の忘れ去られゆく商店街の片隅。気のいいおばちゃん店長と青年従業員の二人で営業している、実入りが良い訳では無いが昔馴染みの顧客が出入りする小さな花屋がある。

 冬のある日、甘い蜜を落としそうな満ち足りた月の夜。遅番の俺は入荷したばかりのクリスマスローズを抱え、甘ったるい匂いを放つ花の合間を歩いている。花屋に入った当初は鼻が曲がるかと思っていたこの匂いにも慣れてきた気がする。クリスマスローズを花筒に入れ始めた時、

「灰崎くん、お花の扱いに慣れてきているね。入ったばかりの頃が嘘みたいだよ。」

「あ……店長、お疲れ様です。上がりですか?」

「そうだよ。温かいミルクティーを差し入れでレジのところに置いてあるから、後よろしくね。詳しく聞いたこと無かったけど、どうして花屋で働こうと思ったの?」


 前職はあちこちから恨みを買うのが日常。当然の事、俺も恨みを買っていた。ある日、殺害されて、死にかけた。その時に、「家来にしてあげる」という名目で助けた女が居た。別に家が無かった訳でも、金が無かった訳でも無いが、面倒を見て来た変なヤツ。気が付いた時には「家来」ではなくて、「彼氏」であった。俺が初めて惚れた女、琉奈は電車に轢かれて死んだ。犯人は俺を殺そうとしていた内の一人で、俺を殺せなかった腹いせに突き落としたそうだ。見えない姿、亡骸は全て集まらなかった。跳ね散った肉片は今もそこにある。引き摺ってくれないかと、あのホームに立っていても死ねなかった。俺のせいなんだ、琉奈が死んだのは。だから、琉奈にならば殺されてもいい。そう願う俺は、俺を知らぬ街へ逃げ、アイツが好きだった花に携わるために花屋に入った。

 ……なんて事実は言えねえ。悪いな、おばちゃん。花が好きだから、なんて嘘ついてて。

 くすっと笑った直後、店に置いてある古時計の鐘がぼーん鈍い音を立てた。

「あ、やば……」

 レジ台で腕枕に頭を預けていたが、閉店時間になり勢いよく立ち上がる。そこには、つばの広い帽子を被った、顔の良く見えない女性が白百合を抱え立っていた。

白百合……店頭には無いもの、だ。

「ええっと……」

「分からないの。彼が好きだった花……」

「……彼氏さんにプレゼント、でしょうか?」

「……。」

「そ、それならばお勧めを紹介いたしますので、選んで頂くというのは如何でしょうか?」女性は大きな間を取った後に、「これを、望んで……」

望んで……?何を言って……いや、

「琉奈、か?俺を迎えに……!」

 女性の抱えていた白百合が溶けた。どろっと形を崩して、女性の腕をすり抜けていく。それと同じに顔を覆っていたものも消え去り、琉奈の綺麗な顔が露わになる。あの頃と同じ優しい笑顔で、目には涙を溜めている。両手で俺の顔を包み込み、「氷みたいに冷たかった目が、芽吹いた花みたい。私は大丈夫だから、幸せになってね」それだけを言うと、俺が声を発する間もなく、琉奈は砂時計の砂が落ちるように消えた。

「幸せ……どうやってだよ」

 琉奈の居た空間に手を遣るが、手は空を掴むばかり。死に際の唯一の光だった琉奈を失って、未だに前を向けぬ俺は明日に続く日のことなど見据えられない。遣る瀬無い気持ちから

瞼を閉じた。独りに氷針という痛い切なさと、最後に想い遣る優しさと儚き言葉。「幸せ」という祝福と呪いを、俺の心に残して逝った。孤月から一縷の雫が落ちた。 幕

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