手押し信号の下で

@ku-ro-usagi

読み切り

社会人になってから初めて、推しのライブの遠征をすることになったんだ。

宿も予約しないとなと思ってたら、リアルでも結構仲のいい推し仲間が、

「次の所さ、うちの実家ある場所なんだ、会場からは近くはないけど、うちの実家泊まる?」

超田舎だけど車なら道空いてるから案外近いんだよ、と誘ってもらえて、宿も取りにくいしでお言葉に甘えたんだ。

前日にすでに実家へ帰ってた友人と当日にライブ会場で合流して、

「盛り上がったし楽しかったー!」

って、友達の運転で、ライブの感想を話しながら友達の実家へ向かったんだ。

街中から外れると段々と外灯が減ってきて、すぐに民家の灯りがほんのポツリポツリって感じになった。

確かに道も空いてるけど、帰路が早い理由は信号がないのも大きいのね。

「もうすぐ着くよ」

って言われた時に、久しぶりに先の方に信号が見えてきて、

「お、レアだ」

と思ってたら、押しボタン式信号。

歩行者どころか人っ子一人いないのに、押しボタン信号が反応して赤になった。

(あれ?)

でも友人はまるで見えてないみたいに信号無視しようとするから、

「停まりなよ」

と言ったら、

「あぁここ停まっちゃダメなの」

「なんでよ」

「停まると乗ってきちゃうから」

え、何が?

「ここだけはねー、夜限定だけど信号無視してもお巡りさんも何も言わないんだよ」

友人は別になんでもない様にそのまま横断歩道を走り抜けて、数分も走らない内に友人の実家に着いた。

年代物のガレージが家よりも道の手前にあって、開きっぱなしの扉からは大きなトラクターが鎮座しているのが見えた。

友人のご両親は娘の友人である私を歓迎してくれて、夕食までもてなしてくれた。

ありがたくご厚意に甘えさせてもらい、ビールも一杯だけ頂く。

ライブで目一杯叫んだ後だからね、とてもおいしい。

だけれども。

どうしても気になって、友達が風呂に入ってる時にあそこの信号の話を聞いてみた。

ご両親は顔を見合わせた後、

「あぁ、あそこはねぇ」

「そっかそっか、見えないか」

別に嫌そうな顔はされなかったけど、あらあら、みたいな。

それに。

「見えないか」

って。

え?

なにが?

「最近は赴任してきたばっかの駐在さんだったかね、言ったんだけど、やっぱり警察の人だからね、律儀に停まっちゃって。結局、駐在所をお祓いすることになったのよ」

なんだそれ。

「あぁ大丈夫だよ。それからはお巡りさんもあそこは猛スピードで駆け抜けて行くようになったから」

「そうそ、お祓いしても結局あそこに戻っちゃうだけなのよねぇ」

なにがどこに戻る?

客間に用意してもらったお日様の匂いのする布団の中で、うとうとと眠りに就きながらも、私の頭の中では、

「なにが???」

がいつまでもぐるぐると回りながら寝落ちた。

そう、寝た。

そう寝落ちたはずだったんだけど。

ザッ……ザッ……ザッ……

と不意に足音がしてハッと目が覚めた。

(外?)

だと思う。

夢の中ならいいのに、しっかりと、はっきりとした意識や呼吸。

知らない家の匂いや布団の重さが、自分が起きていることを嫌でも主張してきた。

大きく古い家の外は舗装されていない固まった土に、疎らな砂利が残っているだけの庭兼駐車場があって、更にトラクターや農具が仕舞われてる大きなガレージがあって田舎の狭い道に出る。

着いたばかりの友人の実家の周りを現実逃避がてら頭に浮かべていたら、また、

ザッ……ザッ……

と足音が更に近づいてくる音に、私はもう自分を誤魔化すこともできず、

「信号機の主だ」

ともう何となく察した。

(えー?車に乗らなくても歩けるんだ、そうなんだ?へー?)

って冷静装いながらもう本当は震えが止まらなかった。

あと、お母様の、あの、

「お祓いするはめになった」

って言葉もついでに思い出した。

(え?もしかしたらこの家も?私のせい?え、いくらすんの?お祓いって安くないよね?無視してたらここに居座るの?お気持ち?お布施?少ない貯金で足りるの?)

って2つの意味で震えたら、見事に障子とガラス戸のある縁側の辺りで足音が止まった。

あ、これ知ってる。

止まったって思ったら実はもう部屋の中にいるタイプ。

私は絶対目は開けないし声が聞こえたって無視する。

もし、もう布団の中にいたら?

(いやいやいやいないいないいないいないいませんいませんいませ)

ひたすら脳内で唱えてたら、大した時間は経っていないと思う。

また、

ザッ……ザッ……

って庭から足音がしたけど、それは段々と遠退いていく足音だった。

安心していいのか罠なのか。

でも、それきり何もなく、まだまだ若いつもりだし実際若いけれども。

どうやら身体の方が慣れない移動とライブで散々はしゃいだせいか、疲れの限界を迎えて、気付いたら気絶するようにまた落ちていた。


朝。

友人のご両親はごく普通に見えたし、まだ普通に子供部屋として機能している自室から降りてきた友人も、

「おはよー、眠れた?」

って普通に見えた。

何かに取り憑かれている様子は見えず、それでも万が一と思うと黙っていることもできず。

私は朝食を頂きながら夜中のことを話し、何かあったら私のせいかもですと謝ると、

「んん?あそこのはあそこからは歩いては動けないはずだけどな?」

「そうそ、せいぜい横断歩道行ったり来たりだけよ」

「あれ足ないからねー」

え?足ないの?

そこも気になるけど。

じゃあ。

夜のあれは?

足音は?

「……」

私は友人を見て、友人のお父様、お母様の顔と順繰りに見たけど、

「……」

3人とも血が繋がった家族なんだろうなってしみじみと感じる、

そっくりな笑顔を浮かべて何も言わなかった。


あぁ。

そうか。

所詮私は余所者なんだ。

「夜のそれ」

は、私は知らなくていいことなのだ。

お祓い料を払わなくて済んだのならそれに越したことはなく、帰りも友人に甘えて車に乗せてもらい。

私は、都心に近いゴミゴミとした街の、単身者用の小さなアパートの小さな部屋に帰った。


あれから、推しがあの土地か会場を気に入ったのか、単に運営側 が会場を押さえやすいのか、ライブの度に高頻度で日程を組んでくれ、私はその度に友人の実家に泊まらせて貰っていた。

友人の実家からの帰り際に一度、駐在のお巡りさんを見掛けた。

自転車だったけれど、昼間でも全力疾走であの信号の道を走り抜けていく姿を目撃している。

泊まらせてもらうたびに、真夜中のザッザッと足音のようなものは相変わらず聞こえてくる。

でも、最近はもう気にならずに、何なら疲れ過ぎて気付かないことすらある。

年だとは決して思いたくないし認めなくもない。


友人のご両親が、私のことをもう一人の娘の様に迎え入れてくれるから、折り合いの良くない実の両親のいる実家より、友人の実家の方が遥かに居心地がよくなっていた更に一年後。

ライブがなくても、お盆は勿論、とうとう正月まで友達の実家で過ごすようになった頃。

(あ……?)

例の手押し信号の前に薄ぼんやりと何か見えたんだ。

地面のすぐに見える2本の棒か何か。

それに纏わり付くボロ布らしきもの。

それからは、三連休とか、友達の実家へ行く度に、徐々に信号機の「それ」

が見えてきた。

2本の棒は、1本は骨で、でももう足の甲がなくてただまっすぐで、もう一本は足の骨でなく杖らしい細い木の棒だった。

ボロ布はワンピースかスカートなのかな。

分からない。

本当にそれくらいボロボロ。

頭からも何か被ってるけど長年雨晒しの向こう側が見える、穴だらけの布切れと言えば一番近いのかな。

その布の下も多分全部骨だと思う。

車が見えるとタクシーを信号で停める感覚で、骨だけの指で押してるみたい。

足がないと聞いてたけど、どうやら昼間は片足と杖を駆使して、狭い脇道の先の、少し坂道の山道の手前の、大きな石の前でじっとしているらしい。

どうやら日差しが苦手っぽい。

山に夕陽が沈んでいく位からズルズルと降りてやってくる。

友人の実家に度々お邪魔するようになってから知ったけど、田舎だって、歩いてる人って本当にいないんだ。

でも、夜に奇特にも歩く人。

ウォーキングとかでね。

あそこはどうしてるんだと思ったら、そもそも車も全然走ってないから、誰も押し信号ボタンなんか押さずに自由に道路を横断してた。

いや本当に、なんであそこに信号なんか作ったんだろうね?


それからしばらくもしない日。

私はその日も、別に何でもない連休なのにまた友人と共に友人の実家に来てた。

それで、友人の母と車で隣街の(片道1時間コースの)スーパーまで買い物へ行った時に聞いてみたんだ。

あの信号機の意味。

過去に、あそこら辺に小学校があるようにもあったようにも見えないし今もない。

そしたら、

「信号作るまではね、あの人ね、車の前に飛び出して来てたのよ」

おっとアクティブ。

「そうなの、道の真ん中にいたりね、夜だしパッと見分からないでしょ?急ブレーキ踏むことになるし危なくて」

それで。

「そう、信号機付けたらちゃんと押すようになったのよ」

それは随分と物分かりがいいことで。

確かに運転してても信号なら確かに目立つし見るしね。

「あぁまたあれがいるのね」

と逆にアクセル踏み込んで通り過ぎてしまえばいいだけだし。

理に適っているなと納得してたら、助手席で友人の母がおかしそうに笑う。

「何です?」

って聞いたら、

「あれが見るようになるって、○○ちゃんも、もうすっかりここの人間なのねって」

「えっ」

驚いたけど、確かに。

夜の、あのザッザッもだいぶ前から聞こえなくなっていた。

あれは、一体何だったのだろう。

「あれはね、うちの村の山の神様。田舎には珍しいお客様だから、

しばらくは好奇心で○○ちゃんを見に来ていたのよ」

あっさり教えてくれた。

では、最近来ないのは。

「山の神様にも、○○ちゃんはうちの子だって認識されたんでしょうね」

どうやら私はわざわざ山から降りてきてまで、見に来る程に珍しいものでもなくなったらしい。

(そっか……)

私はもう、怖さなんかこれっぽっちもなくて、その事実が純粋に嬉しくて、ただ笑ってしまった。


そして、私はとうとう。

友人が仕事の繁盛期で帰れない時でも、1人でも友人の実家へ帰るようになった頃。

良くない。

本当は絶対に良くない事なんだろうけど。

私は、あの手押し信号のだいぶ手前に車を停めて、昼間で、あれもいなけりゃ誰もいない手押し信号の前まで歩くと。

途中で寄り道して買ってきた、小さなオレンジ色の、ブーケの様に可愛らしく包んで貰った花束を、手押し信号の足許に供えた。

昼間だし、車でなければあれも乗ってこないみたいだし、もし万が一何かあっても、あのご両親なら笑って許してくれるだろうって思った。

私はこちらも持参した長い紐でしっかり信号機に可愛い花束を固定して、萎れる前に回収しようと思ってたんだ。

でも。

2泊して、昼間はずっと2人の畑仕事を手伝ってたから、すっかり忘れていた。

帰り際にやっと思い出して、花束を回収しなきゃと思ったんだ。

「あれ……?」

だけど、風で飛ばされたのか、誰か不届き者が持っていったのか、

縁起が悪いと捨てられたのか。

ただ、きつく縛った紐だけが、信号機に今は力なく絡み付いているだけだった。


友人と入れ替わるように、今度は私の仕事とプライベートの忙がしさが重なり、しばらくの間は友人の実家にも顔を出せなかった。

しかし、久々に推しのライブがあり、飽きもせずに友人と共に盛り上がって、私はいつものように友人の車に乗せてもらい、すっかり見慣れた夜道を走り、実家へ帰った日。

「……」

当然のようにあれは、あの人は手押し信号の前に立っていた。

でも、どうしてか。

車には気付いているはずなのに信号の色は変わらず、かといって飛び出しても来ない。

「珍しいね?」

友人も言いながらアクセル踏んだけど、

(あぁ……)

一瞬だったけど、ちゃんと見えた。

片手の骨はぼろぼろの木の杖を、そして、押しボタンを押していた片手には、私が供えた、小さなオレンジ色の花束を持っていた。

あれのいる世界では、永遠に枯れない花束なんだろう。

信号の灯りの下で、花束のオレンジ色は供えた時と変わらず、とても鮮やかに咲いたままで、ボタンを押す指の骨を、花を握ることで留めてくれていた。


お祓いや何やかやでお花やお供えもあっただろうに、どうしてあの小さな花束だけがあの人の気を引いたのかは分からない。

けど、きっと、ああなってからも、長い長い時を過ごしながらも、好き嫌いとか趣味嗜好が、まだぼんやりとあるんだろう。


それならまた、お花を添えてあげよう。

そのうち片手では持てないくらいに。

目一杯の花束で、あの人の視界を世界を、満たしてあげよう。







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