11 シュメール、サーカスを観に行く

 赤! 黄色! 緑!


 見あげるほどに巨大なテントは、色とりどりの縦縞たてじま模様。三角の旗がいくつもいくつも風にはためいている。


 そのテントの端からお客さんの列をこっそりのぞき見しているのは、狼人間のウルフルだった。


「うっわー、すっげー長蛇の列じゃねぇか! これがプラチナの都ってやつなのか!」


 引きも切らず詰めかけてくる人々を、係員が誘導している。列は何重にも折り返しながら、大テントの前を埋め尽くしていた。


「やっぱり地方とは人間の数が違いすぎる。こんな中でシュメールの匂いを見つけるなんて、ぜってぇムリだ! ……そんなに都合よくシュメールたちがサーカスを観に来るわけもねぇしな……あきらめっか……」


 念のため、くんくんと鼻をひくつかせ、匂いをかいでみた。


「なんだか鼻もきかねぇ。とにかく暑い! まぶしい! くらくらする! 俺もバティスタみたく、引き篭もりてぇ……どっか陰に入ろう。暗闇こそ、わが命……」


 足をふらつかせながら、ウルフルは人ごみに背を向けた。


 そのすぐ背後で……


「ほんと、すごい人気だねぇ!」


「はい、こんなにたくさん、入れるんでしょうか?」


 シュメールとペールネールのふたりが、ナッツを口に放り込みながら、のん気に開演を待ちわびていた。 


 ウルフルは、ふと、立ち止まった。


(あれ? どっかで聞いたことある声じゃねぇか……?)


 パッと、ウルフルはふり返った。


 その途端――


「うわぁっ!!」


 タイミングよく飛び込んできたのは、花束を両腕いっぱいに抱えた、風船腹のサーカス団長メネストロだった!


「おう、ウルフル君、すまんすまん!」


 まともにぶつかって、花粉がいっぱいに飛び散り、ウルフルの鼻をさらにかなくした。いつにも増して上機嫌なメネストロは、大きな腹をぶるぶるゆらしながら笑った。


「ハッハッハー、稼ぎ時がやってきたぞーーー! 頑張ってくれたまえよ! プラチナの都での開演期間のあいだは、給料も倍だよ! 倍!」


「え!? マジっスか!?」


「ああ、本当だとも!」


「なんてこったーーー! 俺、がんばりますよ!」


 地面に落ちた花束を拾い集めながら、ウルフルは狂喜して叫んだ。メネストロのうしろにくっついてテントに入る頃には、シュメールのことなど、綺麗さっぱり忘れていた。




  ☪ ⋆ ⋆




 シュメールもペールネールも、ようやく大テントに入れて、ホッと胸をなでおろした。ポップコーンも買ってある。テント内はもちろん、ぎゅうぎゅうの満席だ。お客さんたちの期待に満ちた熱い視線が、中央のステージに向けられている。


「楽しみだね……」


「はい、わくわくします!」


「オンジャ、ステージ見える?」


 こっそりと、胸元の宝石にささやく。


「オーケー、大丈夫だぜ」


 こっそりと返事が返ってくる。


「ブリジット、大丈夫?」


「大丈夫よー!」


 パァァァーン!! とファンファーレが鳴り響いて、ついにサーカスが始った!


 息をのむ、綱渡り! 空中ブランコ!


 壁にくくられた美女めがけてナイフを投げる、ナイフ芸!


 二本足で駆けまわる犬たち! パオーンと、巨大な象も立ちあがる! 炎の輪をくぐるライオン!


 さまざまな芸が繰り広げられ、そのたびに、拍手喝さいが爆発する。


 息をするのも忘れ、シュメールもペールネールも食い入るようにステージを見つめている。


 ――やがてふたりは、心臓が止まるかと思うほど驚いた。


「今からお目にかけますのは、一切いっさいの光が差さぬ、忌まわしき『夜の国』からやってきた恐ろしい化け物……『狼男』でございます!」


「え!? 夜の国!?」


 思わずふたりは顔を見合わせた。


「ガオーーーッッ!!」


 ステージに飛び出してきた男を見て、ふたりはポップコーンを噴き出した。


「ええ!? ウルフル!?」


 ぎゅっと腕に抱きついてきたペールネールを、シュメールは護るように抱き寄せた。


 ステージ上では間髪入れず、剣の舞がはじまった。


(あいかわらず、すごい剣さばきだなぁ……剣さばきは……)


 冷静にじっくりと見ることができて、シュメールは改めて感心してしまった。


 ブータが出てきて、大岩を持ちあげ、怪力を披露する。


 そして、ヘラクリオンの登場だ!


 ウルフルとブータは、ヘラクリオンに追いかけられ、ステージを滑稽に転げまわる。犬たちが出てきて、ウルフルとブータの尻を噛む! 客席はドッと笑いにつつまれた。


 ヘラクリオンが馬の背中に、あざやかに立ちあがる。そして、逆立ちする!


 ……ウルフルも真似をして、馬の背によじのぼる。立ちあがろうとして、大失敗! 派手に転げ落ちる。――観客は大爆笑。お約束の大笑いだ。


 もうそんな頃には、シュメールもペールネールもコメディチックな演出に引き込まれ、他のお客さんたちと一緒に腹をかかえて笑っていた。


 ワクワクドキドキの芸がすべて終わると、すべての出演者がステージに現れ、全員で手をつなぎ、お客さんにむかって挨拶した。ウルフルもブータも共演者たちと素敵な笑顔を浮かべながら、観客の歓呼にこたえている……。


 シュメールはペールネールの耳に囁いた。


「さ、見つからないうちに、帰ろう」


 熱烈な歓呼の声に沸き立つ客席を後にして、ふたりは誰よりも早く、大テントを抜け出した。




  ☪ ⋆ ⋆




「あー、楽しかったぁーーー!」


「サーカスって、すごくおもしろかったです!」


 家に帰ってからも四人の興奮は冷めず、二階の居間ソーラーで、今日見たことをしゃべり合った。


「シュメールなんか、最後は感動して、涙流してたもんなー」と、オンジャ。


「それは言わなくていいから……」


 シュメールは恥ずかしそうにしながら、その時の感情をふたたび思い出して、また涙ぐんだ。


「えー!? まさかの思い出し涙!? そこまで!?」


 オンジャとブリジットの驚愕の声に、シュメールは指で目元をぬぐって、


「……いや、なんかね、ウルフルとブータが一生懸命がんばってる姿を見てたら、泣けてきちゃって……。必死に体を張って、お客さんを笑わせてさ。彼らも常闇とこやみから出てきて、この慣れない昼の国で生きようと、一生懸命がんばってる。僕も明日からまたがんばろうって、素直に思えたんだ」


 オンジャがあきれ返って、


「すっぱりさっぱり、こりゃまた、お人よしのバカ王子だね。あいつら、シュメールの命、狙ってんだぜ?」 


「今でも狙ってるのかな……。わかんないけど、なかなか素敵な笑顔を浮かべてたよ」


「オンジャ、シュメールさまの悪口を言わないで。シュメールさまは誰よりもやさしいんです」


 とペールネールがかばいながら、そっとハンカチを差し出す。


「ありがとう」


 と、シュメールは目元をふいた。


 ペールネールは微笑むと、サーカスの二枚の半券を思い出の品として、小鳥の置物の横に並べた。




  ☪ ⋆ ⋆




 数日後、プラチナの都、出版組合ギルド――


 サーカス団長メネストロは、組合の幹部と話し合っていた。


「いやー、メネストロ君。君が持ってきてくれた原稿、おもしろくてね! 全員、高評価だったよ!」


「おお、やっぱりそうか!」


「ついては、うちで出版させてもらいたい。構わないね?」


「よろしく頼む」


 ふたりは指の太い手で、がっちりと握手を交わした。


もうけについては……」


 と、金銭の配分を、細かく確認しあった。


「それじゃ、前祝いだ! 『バットポン』の成功を祝って、一杯やろう」


「ああ、そうしよう!」


 ……こうして電撃的に、プラチナの都での、バティスタの漫画家デビューが決まったのである……




『第三章・プラチナの都』 ~ FIN





✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 いつもお読みくださいまして、ありがとうございます!


 本年の更新はここまでとなります。


 新年は1/8(水)スタートです。



 今年一年、コメントに、レビューに、応援クリックにと、みなさまにたくさんたくさん励ましていただいて、執筆をつづけることができました。感涙です! ほんとうにありがとうございました!!


 また来年も執筆をがんばりますので、どうぞよろしくお願いします。


 みなさまどうぞ健康にお気をつけて、よいお年をお迎えください。


 KAJUN

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