16 ウマール、影を見る
……少し、時間を
ウグイス亭の庭で楽しく昼食をとっていた、シュメール、ペールネール、ウマール、アンヌ婦人は、突然、「キャーーーーッ!」という女の悲鳴と、「化け物だー!」という男の叫びを聞いた。
「何だろ?」
ぱっと立ちあがったシュメールは、スタークリエーターを剣化し、村道に飛び出した。
ちらりと後ろ姿が見えたものの、
「毛むくじゃらの、狼みたいなやつだったね……」
と、追いかけてきたウマールが言った。
「狼?」
「頭が狼だった! おいら目がいいから、見えたんだ。間違いない!」
シュメールとペールネールは、思わず顔を見合わせた。
(ウルフルたちだな……)
戻ってきた村の男たちは、興奮しながら口々に語り合った。
「顔が獣で、赤い牙があって、『影』があって、おっとろしいバケモンだったぜ!」
「顔じゅうに『影』があったぜ! 気持ち悪い……」
「あんなバケモンが人里に出てくるなんて、世も末だな」
「ウマール、お前も気をつけろよ!」
そう言い残すと、男たちは一杯ひっかけに、隣の酒場に入っていった。
よっぽどの恐怖を感じたのか……いつもは気丈なウマールが、体をふるわせていた。シュメールは安心させようと、ウマールの背中にそっと手を置いた。
「大丈夫さ、また来たら、僕が追い払う」
シュメールが言うと、ウマールは我に返ったように、スタークリエーターに目を向けた。
「シュメール、その剣……どこから?」
「ああ、これは魔法の道具で、指輪から剣に変わるんだ。フォルメ・リング」
シュメールは剣を指輪に戻した。
「ええ!?」
ウマールはまん丸の目を、いっそう丸くした。
「お、おいら……魔法って初めて見た……」
その声色には、驚きや好奇心とともに、恐れが入り混じってるようだった。シュメールは少し、弁解するように言った。
「僕らの住んでるあたりでは、普通に魔法を使ってるんだ。……タスニア小国の、ね」
「魔法って、ここらへんじゃ、『影な』ものって言われてるから」
「古くさいってこと?」
「うん。……あ、ごめん……」
「いいよ、気にしないで」
シュメールはウマールを安心させようとして、微笑みを浮かべた。そして、
(昼の国の人の前では、あまり魔法を使わないほうがいいな……)
と、心のなかで考えた。
☪ ⋆ ⋆
それから三日のあいだ、シュメールはウグイス亭にいて、ウルフルたちを警戒していたが、ついに敵は現れなかった。
シュメールとペールネールが二階の自分たちの部屋で休んでいると、オンジャが宝石のなかから、にゅうっと現れた。
「ずっと宝石に閉じこもってっと、すっかりぐったり、気が滅入ってくるぜ」
オンジャは首や肩を曲げ、ぽきぽき鳴らす。自分の首を抱えて九十度以上も曲げたので、ボキリ! と派手な音がした。
「おい、大丈夫か? 首、折れてないか?」
シュメールは心配して声をかけた。
「あはは! 心配すんな! 俺っち、影だから」
「心配になるって。一応、僕の影だからな……」
「ほれ! 首がもげたー!」
「ぎゃーーー!」
首をもぎ離して見せるオンジャに、シュメールは真っ青だ。
「やめてよ。心臓に悪いって!」
叫ぶシュメールの横で、ブリジットが笑い転げた。
首なしオンジャはブリジットにむかって、自分の首を投げつけた。ブリジットはキャッチして、ペールネールに
「わっ、やめて!」
ペールネールはあたふたしながら、それをオンジャのほうに投げ返す。オンジャは首をつかむと、元の場所にくっつけた。
「自分の首を投げるなんて……」
シュメールがポカンとしながら言うと、オンジャは軽く笑った。
「あはは、大丈夫だっつーの! 俺っちたち《生きた影》は、雲や粘土みたいなもんだから。力を抜けば、雲みたいにスケスケ。力を込めれば、粘土みたいにカチカチさ。首が離れても、ほれ、すっかりさっぱり、元どおり!」
シュメールはため息をついて、ベッドに寝っころがった。
「オンジャ、お婆さんもよくなったし、そろそろここを出ようと思うんだ」
「あぁ?」
「僕らがここにいると、またウルフルみたいのがやってきて、村人に迷惑をかけるかもしれないだろ」
「確かにな」
「ここを出て、首都のほうへ行ってみようよ」
「首都……プラチナの都か……。色んな情報が手に入りやすいかもな」
そんな話をしているところへ、突然……グワシャン! と、食器が割れる、けたたましい音が響いた。
「シュメールさま!」
ペールネールの押し殺した叫び――! オンジャとブリジットは、あっというまに宝石のなかに消えた。
ドアがわずかにひらいている……
飛び起きたシュメールは走り寄って、そのドアを大きくひらいた。
そこにはお盆をひっくり返したウマールが、腰を抜かして、こちらをゆび差していた。
「バ、バケモノ……。影のバケモノ……」
どうやらドアをひらいてのぞきこみ、シュメールとオンジャが話しているところを見てしまったらしい……。その瞳が、真剣な恐怖の色を帯びて、ふるえていた。
「あんたら……恐ろしい影と……影のバケモノと話してた……」
「ウマール、聞いてくれ。君の見間違いだ。ほら、見てごらん、影なんて、どこにもいないだろう?」
シュメールは両腕を広げて見せた。
「うわーーーーっっ!!」
シュメールの言葉に聞く耳ももたず、ウマールは身をひるがえし、弾かれたように階下に逃げていった。
✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱
影を見られてしまったシュメールたち!
――どうする!?
【今日の挿絵】
ウグイス亭の庭
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