第3話 スタンピード
──とあるD級ダンジョンにて。
「ファイヤーボールッ!」
祭理の手から放たれた火球が、四大雑魚モンスターの一柱、ウォーウルフに直撃し吹っ飛ばした。
〈おお! 祭理ちゃん成長したね!〉
〈ちゃんととどめさせてえらい!〉
〈残心してて草〉
〈かっこつけるなww〉
配信画面にいくつかのコメントが流れて行った。
ダンジョン配信を始めて一ヶ月。
最初こそ同接0人が当たり前だったが、今では常に数人の視聴者が見てくれている。
決して多いとは言えないが、大切なのは積み重ねだ。コツコツと少しずつ登録者を増やしていけばいい。
「おに……お姉ちゃん! どう? あたし強くなったと思わない?」
祭理がカメラマンである俺に問いかけてきた。とりあえず無言でサムズアップしておく。
一応カメラマンは姉がやっていると言う設定なのだ。ボロが出ないよう干渉は控えめにしなければ。
「どんどんいくよー!」
陽気に片手剣を振りながら進んでいく祭理。
実際、祭理はダンジョン配信を始めてから相当強くなっている。
元々センスがあったのか、俺が教えた事をどんどん吸収して、今ではDクラスダンジョンに出現する雑魚モンスター程度なら、問題なく倒せるくらいにまで成長した。
片手剣をメインに、基本的な攻撃魔法を駆使して戦うオーソドックスなスタイルだ。
〈気を付けてねー〉
〈無理しちゃダメだよ〉
〈お姉さんなんか喋って〉
祭理は妹系配信者キャラが確立されつつある。
ごく普通の女の子がダンジョン探索しているのを、視聴者達は兄目線で見守っているようだ。
最近は祭理自身も、視聴者達の事をお兄ちゃんなど呼び始めた。
例えば「こんにちわー! 画面の向こうのお兄ちゃんたち! 今日も頑張るから見守ってくれると嬉しいな☆」とか「どっちに行こうかな……お兄ちゃん達の意見も聞かせて?」といった感じである。
オリジナルお兄ちゃんである俺からすると少し複雑だ。
「──っ!」
その時、祭理の頭上から大きな蜘蛛のモンスターが降って来るのが見えた。
あの手のモンスターは殺傷能力は低いが毒を持っている可能性がある。
俺は咄嗟に裾から抜いた戦闘用の針を飛ばし、蜘蛛を射抜いた。
祭理の目の前に死骸と化した蜘蛛が落っこちる。
「いやぁっ!? びっくりしたー! なにこれキモーい!」
〈蜘蛛急に死んで草〉
〈祭理ちゃんの可愛さに当てられたようだな……〉
〈危ねぇwwひやひやするわww〉
ふぅ、危なかった……。
ダンジョンは階層を下るごとに危険度が上がっていく。それはD級でも同じ事。
進めば進むほど見た事の無いモンスターに出会したり、道に迷ったり、想定外の場面に出くわすリスクが上がっていくのだ。
祭理には経験が足りな過ぎる。
やはり目を離すわけにはいかない。
「とうっ! おりゃ! カモンッ、メーン!」
その後も祭理はノリノリでモンスターを倒しながらダンジョンを進んで行く。
時々レアな薬草や鉱石を拾ったり、ちょくちょくタブレットでコメント欄を見ては視聴者と話したり、なかなか配信者も板についてきたようだ。
「あっ! なんかいる!」
祭理が指差した先には、白い子犬みたいな生き物がいた。
「ちょっと待って可愛いんだけど! ち◯かわ超えそう!」
〈ん? あれってたしか……〉
〈シンプルにまずくね?〉
〈祭理ちゃん! ストップ!〉
コメント欄に不穏な空気が漂い始めたのを見て、俺は思い出す。
祭理には知らないモンスターには不用意に近づかないように言ってあるが、あれはそういう次元じゃ無い。
まずい……。
「あっ、こっちきた! どうしよっ!? 切る!? 切るよ! 切るからねっ!」
切断三段活用と共に剣を振り上げる祭理。
ダメだっ、そいつは……!
「はぁっ!」
時既に遅し。
祭理の振り下ろした剣がモンスターを切り裂いた。
そいつは地面に転がった瞬間、洞窟内に響き渡るほどのカン高い叫声を上げた。
〈うるせww〉
〈鼓膜逝ったww〉
祭理も両耳を押さえてうずくまっている。
やがて声が収まったが、ここからが問題だ。
「もう〜。なんなの〜? 鼓膜破れるかと思ったよー。みんな大丈夫?」
〈鼓膜ないなった〉
〈早く逃げた方がいいよ〉
〈気を付けて!〉
コメントを読んで首を傾げる祭理。
すると、ダンジョン内に地響きがなり始め、徐々に大きくなって行った。
「なになに!? どうなってるの!?」
さっきの白いモンスターは、攻撃を受けるとモンスターを暴走させる効果を持つ鳴き声をダンジョン中に轟かし、強制的にスタンピードを引き起こす。
しかも暴走したモンスターは声がした方向に向かって来るというオマケ付きだ。
あれってかなりレアモンスターだった気がするが、何故こんな低級ダンジョンの、それもこんな浅い階層に……?
考えても仕方ない。ツイてない事だけは確かだ。
こりゃ、仕方ないか……。
俺は祭理の元に駆け寄り、撮影機材を手渡した。
「おねぇちゃん……もしかしてコレ結構ヤバい状況?」
不安がる祭理に、俺は大丈夫だと頷いて見せる。
〈わっ、ゴスロリ姉さん久しぶり!〉
〈顔映るの初配信以来か?〉
〈やっぱ美人だわ〉
〈美少女姉妹尊い〉
〈てかどうすんのかなりヤバくね?〉
女装姿の俺の登場に、コメント欄が若干の盛り上がりを見せた。
とりあえず祭理を壁沿いにある岩陰へと連れて行き、じっとしているようにと伝える。
俺は開けた通路に立ち、モンスターの群れを待ち受ける事にした。
当然、ここから先は一歩も通すつもりは無い。
正面から、無数のモンスターの群れが迫ってくるのが見えた。
ゴブリンにウォーウルフ、ウォーラビット。スケルトンや深層のオークまで混じっている。
D級ダンジョンにしてはハードすぎる状況だ。
「お姉ちゃんがんばれー! コメント欄のみんなも応援してるよ!」
危機感のない妹の声援に答えるべく、俺は腰にさしていた短剣を引き抜いた。
蒼鋼と幻砂を練り込んだ特製の刃がキラリと光る。
こいつを使うのも久しぶりだ。
モンスターどもの咆哮がこだまする中、俺は一つ深呼吸をし、グリップの感触を確かめつつ短剣を握り込んだ。
さて、とっとと片付けるとするか──。
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