第13話 ラブロマンス 後編
ロルバンディア大公国軍、宇宙艦隊司令長官であるサヴォイア・アルス・マルケルス大将は急遽呼び出され、大公府へと呼び出された。
知的だがどこか近寄りがたいラートルや、気さくではあるが、砕けすぎているケルトーとは違い、中庸といっても良いマルケルスは親しみさと尊敬のバランスもとれている。
そのために、大公府で勤務する職員たちは三大将の中でマルケルスに一番好意を持っていた。
「殿下、参上仕りました」
アウルスの部屋に入ると、アウルスは明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
「何かございましたか?」
基本的に不機嫌さを表に出すことのないアウルスではあるが、珍しくこんな不機嫌そうな顔をしているのは久方ぶりのことであった。
「まあ、座れ」
執務室にあるソファに腰掛けさせると、マルケルスは主君と対面することになった。
「本日はいったいどのようなご用事でしょうか?」
唐突に昨日朝一で大公府まで来るようにとマルケルスは連絡を受けた。
おそらくは、ミスリル王国侵攻作戦についてであろうが、その話であれば軍務大臣のバレリス元帥か、その息子で参謀総長であるラートルと話すべき問題だろう。
「マルケルス、お前は口が硬い男だよな」
「は、はあ」
「ケルトーのように、自分の妻にあれこれと話を漏らすようなことも、ラートルのように大袈裟に受け止めることもないよな」
全く要領を得ない主君からの発言に、若き宇宙艦隊司令長官は首を傾げた。
「殿下、とりあえず会話の内容が見えないのですが」
「単刀直入に言おう。私は、ある令嬢に婚約を申し込もうと思っている」
「アイリス嬢のことですか?」
「なぜわかった?」
取り乱す主君とは対照的に、マルケルスはだんだんと冷静さを取り戻していった。
「先日の御前会議にて尚書令殿がそう言っていたではありませんか。それこそ、ディマプールもそのために赴いたとばかり」
御前会議にて、ケルトーの戯れから決まったことではあるが、アウルスはそのことを忘れてしまっていた。
「実は……」
アウルスはディマプールでの出来事をマルケルスに話した。
「なるほど、レティシア王妃に叱責されたと」
落ち込む主君を前に、マルケルスはレティシア王妃のことを思い出す。
あの王の中の王というべきブリックスのクラックス国王すら諌められる上に、聡明で芯が強い方から説教を喰らえば、落ち込むのも無理はないだろう。
「それで、体調を崩されたアイリス嬢に気を使って、婚約は果たせなかったということですか」
「私を笑うか?」
どこか卑屈になっている主君に、マルケルスは頭を抱えたくなる。
「そういう意味ではありません。むしろ、アイリス嬢はアレックス王から手酷い婚約破棄をされております。今回の内乱への助力で殿下が婚約を行えば、戦略的にはともかく、アイリス嬢にとってはあまりいい感情を持てないかと」
純戦略的に見れば、アイリスとの婚約はミスリル王国への侵攻を考える上では正当性というメリットがある。
婚約者であるアイリスの為に、彼女を裏切った不義の国王を討つというのは、いかにも大衆受けする大義名分になるだろう。
「貴官は反対か?」
「宇宙艦隊司令長官としては賛成ですが、一人の男として、婚約者の浮気によって婚約破棄された令嬢を気遣うならば、正直賛同しかねます」
これがラートルならば戦略面で、ケルトーならば私的に賛同して「なぜ婚約しないのか?」とアウルスに迫るだろう。
だが、根が真面目で公私の区別がついているが故に、公と私、両方の面で指摘が出来るマルケルスは冷静に自分の意見主君へ進言したのであった。
「ちなみに、殿下はアイリス嬢のことはどう思われているのですか?」
「決まってる。あれほど、聡明で度胸があって、何より彼女は自分の力で立って生きていける女性だ。できれば……」
アウルスは基本的に政治や軍事、そして武術や工芸品などの趣味ぐらいにしか興味がない。
そのアウルスが目を輝かせてアイリスを語る姿に、マルケルスは主君がかの公爵令嬢に惚れていることを察した。
「殿下は聡明な女性を好まれておりますからね」
「勘違いするなよ。私はエリーゼのことは好ましく、恩義すら感じているが、女性として見たことは一度もないからな」
ケルトーの妻であるエリーゼは、アウルスに女官として仕えており、アウルスの教育係も担当していた。
エリーゼは才女であり美女だ。アイリスはエリーゼとはまた違う美女ではあるが、才女にして美女であることから、マルケルスはそこを指摘したのであった。
「では、アイリス嬢のことはどうされるのです?」
「できれば、彼女に求婚したい」
「大公妃として向かい入れたいと」
正直、恋愛事は無論のこと、政治についてもマルケルスは専門外である。
政略結婚に関しては、ケッセル候やジョルダン、ジュベールらに任せるべきことだ。
少なくとも、エリーゼの友人を紹介してもらい、結婚した自分にこんな話をされても真っ当な回答ができるとは思えなかった。
「私には正直荷が重い話ですな」
「そんなことはない。ケッセル候もジョルダンも見合い結婚で、ジュベールなど自分で結婚してもらったというほどだ。この手の話に役に立たん」
「ケルトーに任せればいいでしょう」
少なくとも、自分の力で侯爵令嬢を文字通り射とめている時点でケルトーの方が、恋愛事には強いだろう。
「あいつは下世話な会話しかしない。女は強い男が好きだとか、女は強い男に屈服されたがったるとか、そういうことしか言わないんだ」
「あいつは昔からそういう男ですからね。奥方も、なんであんな野蛮人と結婚したのやら」
エリーゼは知的な才女であるが、男には強さを求めており、それを公言して憚らなかった。
実際、武芸百般の達人と言ってもいいケルトーの妻になっているのだから、ある意味本願を達成したとも言える。
「まあ、女性の求めるものは人それぞれでしょう。ラートルの奥方であるヒルデガルド殿は男に知性を求めておりますから」
国立大学の医学部にて教授を務めているヒルデガルドは、バカは嫌い、知性がない男は単なる野獣と公言していた。
その彼女が士官学校を首席で卒業し、マクベス軍の俊英にして、ロルバンディア軍の頭脳と呼ばれている若き参謀総長の妻になるのはある意味必然だったのかもしれない。
「で、お前の奥方は何を求めたんだ?」
「私の妻は、男には優しさを求めておりましたので」
今は宇宙艦隊司令長官を務めているが、それ以前は教官として多くの若手将校たちを育ててきたマルケルスならば、その条件にふさわしいだろう。
「レギーナ殿らしいな」
マルケルスの夫人、レギーナは優秀なテクノクラートだ。
彼女は航路の作成から、運輸計画、管制官や宇宙船の操縦士を育成する運輸大学校の教官を務めている。
鋭利な頭脳を持っているが割かし脳筋なエリーゼや、理論家なヒルデガルドと違い、レギーナは母性に溢れた女性であった。
生真面目で誠実さが服を着て、優しさという靴を履いて歩いているマルケルスに惹かれるのも、当然と言えるだろう。
「私が言うのもお門違いではありますが、結局は思いを伝えたところで選ぶのは相手次第です。無論、殿下がお命じになれば、アイリス嬢は進んで殿下のために大公妃となるでしょう。ですが、そのようなことはお望みではないのですね」
その気になれば、アウルスは容易くアイリスを手に入れることが出来る。
実家のエフタル家の有様や、今後のため、助力を得る条件を差し出せば文字通りなんでもするだろう。
尤も、そうした下劣なことをしないからこそ、アウルスは多くの有能な群臣たちを率いていられる。
「無論だ。そんなことを要求するなら、最初にやっている」
「ですが、そうしたことをしないからこそ、皆が殿下とこの国に忠誠を誓うのです」
アウルスは自らを破綻者と言うほどに権謀術数を駆使する所がある。
故にロルバンディアを征服し、今こうしてミスリル王国への侵攻を計画しているが、為政者としてのアウルスは公明正大な君主であり、法と信義を重んじる。
「僭越ですが、殿下が他の君主と優れているとすれば、それは間違いなく公明正大さです。爵位や家門ではなく、各々の能力と実績によって評価し、敵対しても最後まで忠誠を誓った者であれば寛大に許されております。だからこそ、アイリス嬢は殿下を頼ったのではないでしょうか?」
マルケルスがそう言うと、アウルスは気まずく頭をかいた。
「貴官は私を過大に評価し過ぎる」
「とんでもない。むしろ、殿下こそ私を過大評価しております。大将という階級すら過分であるのに、宇宙艦隊司令長官という大役を与えられているのですから」
ラートルやケルトーなら感謝はすれども、このような謙虚なことは口にはしない。
改めて、アウルスはレギーナがサヴォイア夫人となったのかを少し理解出来た気がする。
「彼女に頼られていることの意味を、私も考えなくてはならないのだろうな」
立ち上がり、窓から青い空をアウルスは眺めていた。
元々、悩むことは性に合わず、即決即断がアウルスの信条である。
悩んだところで解決しないという、分かり切ったことに時間をかけてしまったことを悔いた。
人生はなるようにしかならない。
改めて、アウルスは自分を頼ってミスリル王国からやってきた公爵令嬢と話し合うことを決めたのであった。
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