第25話 モエの変わった一日
その日の夜、モエは自室のベッドにぼふんと倒れ込んでいた。
さすがに多くの人間に囲まれて過ごしたので、少々精神的に疲れてしまったようである。
「はあ、人間と暮らすってこんなに大変なんだ……」
王都から来たジニアスの手による鑑定が無事に終わり、ようやく屋敷の他の人間との交流が本格化したモエ。自分が受け入れられるかどうかという心配があったので、この日もかなり緊張していたのだ。
夜になって自室に戻ってその緊張から解放された事で、ベッドに倒れ込んでしまったというわけだった。
しかも、この日のモエはメイド長のマーサと自分の教育係のエリィから早く上がっていいと言われていた。ところが、他の使用人たちはまだ仕事中なのである。モエはマイコニドという種族ながらにも、早上がりをさせてもらった事に、ちょっと後ろめたさを感じていたようだった。
「気を遣ってもらっちゃったなぁ……」
モエはベッドの上でゴロゴロとしている。
「くうん……」
そんなモエに寄り添うように、ルスが体を擦りつけてくる。
「ルス、心配してくれてるのね。ふふっ、とりあえずは大丈夫よ。慣れない環境でたくさんの人に囲まれたから、ちょっと疲れただけだから」
モエはルスの方を見て、その頭を撫でながら呟いている。ルスは目をつぶりながらも、おとなしく撫でられている。
すっかりルスに癒されたモエは、そのまま眠りに就いたのだった。
翌日、モエはいつもの通り目が覚めて支度をする。先日の就寝が早かっただけに、いつもよりすっきりとした目覚めである。
「うーん、いい気分ね」
外はうっすらと白みがかっている。
モエは自分の隣で寝ているルスをひと撫ですると、いつもの通りに支度をして食堂へと向かっていった。
今日のモエの朝の仕事は、食堂の掃除から玄関の掃除だ。なんでも、今日は子爵がイジスを連れて街に行くらしい。ただ、理由は教えてもらえなかった。
それに伴い、帰りは夕方になるらしく、昼食は外で食べるとの事。子爵夫人は家に居るものの、この日は食堂を使わずに自室で食べるらしく、モエの昼の仕事がすっぽりと抜け落ちる事となってしまった。
その事を仕事の前にエリィから聞かされたモエは、どうしたらいいのか戸惑っているようだった。
「モエさん、落ち着きなさい。そういう時のために家令、執事長、メイド長が居るのです。お昼の仕事は改めて伝えますので、朝の仕事をいつも通りに済ませて下さい」
「はい、分かりました」
エリィから強く言い聞かされて、モエはピシッと背筋を伸ばして返事をしていた。
いつも通りに食堂の掃除へと向かうモエの背中を、エリィは少し心配そうに見ていた。
なにせ、モエの今までのルーティンが崩れるのは、今回で二度目だ。一度目は子爵たちに付き合わされてという状況だったのでやむを得ないのだが、今回はそうではない。なにせモエは屋敷に残っているのだ。やる事だけが無くなってしまったがために、モエが不安そうにしている事が気にかかってしまったというわけだ。
(まだモエさんはこの家に来てから……、いえ人間社会に出てきてから日が浅いですからね。予想外の事態への対処ができないのは仕方ありませんね。ここは、教育する者としてしっかりと支えるべきですね)
エリィはそう考えながら、自分の仕事へと取り掛かったのだった。
さすがに15日以上も経験してきたモエの仕事っぷりはなかなかなもので、食堂掃除も玄関掃除も手慣れたものだった。
胞子のせいでその生態が不明なマイコニドだが、モエを見る限りはなかなかに学習能力の高い種族である事が窺えた。特に玄関掃除は昨日やり始めただけに、その手際の良さには先輩使用人たちも唸るばかりである。
玄関掃除を終えたモエは、エリィだけではなくマーサにまで呼び出される。その様子を見ていた他の使用人たちはひそひそと話を始めるが、マーサが一瞥しただけでぴたりと無駄口が止まったのだった。さすがメイド長である。
マーサに呼び出されたモエがやって来たのは、メイド長たるマーサの部屋だった。メイド長ともなれば大きな個室を貰えるのである。モエも事情あっての個室だが、その広さの差は歴然だった。
「うわあ……、広いですね」
思わず感想が口に出てしまうモエだった。
「ささっ、モエさん。そこにお掛けになって下さい。今日の仕事について、食事を食べながらお話をしましょう」
モエが部屋の中をきょろきょろと見ていると、マーサが話し掛けてきた。だが、部屋の広さに気を取られていたモエはそれに気付かず、エリィから注意されて慌てて取り繕っていた。それを見ながら笑うマーサである。
「そういえば、プリズムウルフは居ないのですか?」
「あっ、ここに居ます。ルス、出てらっしゃい」
マーサに尋ねられて、モエは自分の頭の上に手をやりながら喋っている。すると、頭上の帽子の上に乗っかるルスがその姿を現した。帽子が取れてしまいそうな乗り方をしているが、不思議と固定したかのように微動だにしない帽子である。
「まあ、そこに居たのですね」
「はい。ルスってばここが気に入っちゃってるみたいでして……」
マーサの言葉に、モエは苦笑いを浮かべながら答えていた。
「そうなのですね。では、お話に入る前に食事を取ってきましょうか」
「あ、はい」
というわけで、本題に入る前に食堂まで食事を取りに行く三人なのだった。
はてさて、マーサはモエに一体どんな話をするのだろうか。
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