第21話 夜明け
騒ぎから一夜明け、モエは自分の力で起き抜ける。
モエは上体を起こして思いきり背伸びをする。横には聖獣プリズムウルフのルスも居る。
「おはよう、ルス」
「わう!」
モエが声を掛けると、ルスからは元気な声が返ってくる。そのようにモエは笑顔になって、ルスの頭を撫でていた。
「よし、今日も一日頑張りますか」
ルスを抱えてベッドから抜けると、モエはまずは顔を洗いに部屋を出ていく。
屋敷の使用人たちに正体をばらした事で、モエは今日からは他の使用人たちとも仕事を一緒にするようになる。ただ、食堂の掃除だけはモエの担当なので、その時間だけは単独行動となるようだ。その前後で教育係であるエリィが迎えに来るので、エリィの付き添いの下、他の使用人の仕事も覚えていく予定というわけだった。
とりあえず、外部から来客があったとしても大丈夫なように、モエは相変わらず大きな白い帽子をかぶっている。こうしないと笠が丸見えになってしまうからだ。ちなみに聞かれたら「くせ毛が酷い」と答えるようにしている。
「ルス、食堂の掃除をするから、今は部屋でお留守番だよ。いくら聖獣だからといっても、食堂に毛を散らかすのはダメだからね」
「わう!」
モエが声を掛けると、ルスはとても元気に返事をしていた。本当に分かっているのか怪しいところだけど、モエは自分の部屋にルスを置いていく。舌を出して尻尾を振っているルスはにこやかにしていたので、モエは安心した表情で部屋を出ていった。
食堂の掃除を終えて様子を見に行くと、ルスはベッドの上で寝ていた。特に粗相をした様子もない。本当におとなしく待っていたのだ。
だが、モエが戻ってきた事に気が付いたのか、ルスはすっと起き上がるとモエに駆け寄ってきた。すりすりと足元で頭を擦りつけている。
「本当に完全に懐いていますね。確認してきましたが、食堂の掃除はもう完璧ですね」
「エリィさん、おはようございます」
足元のルスを拾い上げたモエは、後ろから声を掛けてきたエリィの方へと振り向いた。
「ルスってば、見れば見るほどただの子犬ですね。本当に聖獣か疑わしいですけれど、ジニアス様が仰られたのですから信じざるを得ませんね」
モエが抱えるルスを見ながら、エリィは正直な感想を喋っていた。
「私だって、信じられませんよ。でも、確かに普通の犬と違って、毛並みの色が違って見えるんです。光の加減でしょうかね」
モエがルスの顔を覗き込むと、ルスは不思議そうな顔をしながら首を傾けていた。地味に言葉が分かっているのかも知れない。
エリィと合流した事で、これからはいよいよ他の使用人たちと一緒の仕事を行う事になる。よく思えば、モエがこのガーティス子爵邸にやって来てから、エリィ以外の使用人と一緒に仕事をするのは初めてである。そう考えると、今さらながらにモエは少しずつ緊張を始めていた。本当に今さらである。
「さて、私たちの朝食までにはまだ時間がありますからね。玄関の掃除へと向かいますよ」
「分かりました」
モエはエリィに後について、食堂掃除の道具を片付けると、玄関掃除用の道具へと持ち替えて玄関へと向かう。気持ちよく人が出入りできるように、ピカピカに磨き上げるのである。
デッキブラシやモップ、はたきなどを持った使用人たちが10人近く玄関に集まる。
「さあ、今日はジニアス様を送り出すのですから、気合いを入れて掃除致しますよ」
「はい!」
エリィの音頭で使用人たちが返事をする。そして、すぐさまそれぞれの持ち場へと散っていった。
「モエは私と一緒に外の掃除です。箒は持っていますね?」
「はい、この通り」
「わう!」
エリィの呼び掛けに返事するモエとルス。ルスがどうして居るのかといったら、モエから離れなかったのである。さすがに食堂の掃除中はおとなしく部屋で待っていたのだが、もう離れるのが嫌になったのだろう。見ての通りべったりなのである。
「ふぅ、仕方ありませんね。ルス、邪魔はしないようにお願いしますよ」
エリィがこう言うと、ルスはわうと元気よく返事をしていた。モエの教育係である事を分かっているのか、ルスは意外とエリィには懐くような素振りを見せている。
玄関の扉を開けて外に出るモエたち。外はだいぶ明るくなってきていた。
「今日もいい天気のようですね。さあ、しっかりと掃除しますよ」
「はい、頑張ります」
「ばうわう!」
元気よく返事をするモエとルスなのであった。
こうして、使用人たちに正体を明かした事で、モエの新しい生活が始まった。
これからは屋敷の中をあちこち動く事になるので、モエには更なる交流が生まれていく事だろう。
だが、それと同時に、モエには危険が付きまとう事になる。モエはマイコニド、ルスは聖獣なのだ。もしその正体が広く知られる事となると、領都に潜んでいるだろう悪者たちに目をつけられてしまうかも知れない。
それでも、モエは前向きに構えていた。森の奥の集落を出てくる時に望んだ、人間たちとの生活が本格的に始まったのだから。
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