第9話 イジスのご乱心?!
「えっ? 私が食堂の掃除の担当ですか?!」
エリィと二人で食事を取るモエは、驚きの声を上げていた。だが、モエとは対照的に、エリィは静かにこくりと大きく頷いていた。
「メイド長から伝達がありましたので、間違いありませんよ。なんでも旦那様から直々のご指名だそうです」
「ふえぇぇ……。だ、旦那様ってあの怖い人ですよね?」
エリィからの伝言に、モエはおそるおそる確認を入れる。それにエリィが黙って再び頷くものだから、モエはもう一度声ならぬ声を上げて震えていた。
「わ、わ、私なんて得体の知れない新人なんかでいいんですか? マイコニドですよ?!」
「旦那様もイジス様も人を見る目は確かですからね。その二人から認められているという事は、自信を持っていいとは思いますよ。正直羨ましいですが」
慌てるモエに対して、エリィは淡々と語っている。最後の最後で本音をぶちまけていたが。
「しばらくはモエさんは私が徹底的に鍛え上げますので、覚悟しておいて下さい」
「ひっ! こ、こんな事なら集落から出てくるんじゃなかった……」
「もう後悔しても遅いですよ。あなたはしばらく集落に戻る事はできませんからね? 戻りたいのであれば、使用人として上を目指しなさい」
「は、はいぃっ!」
エリィの声に、思わず大声で返事をするモエ。その目にはうっすらと涙があふれてきていたのだった。
その頃、自室に戻って机に向かうイジス。その様子はどうも落ち着かないようだった。
「どうなさったのですか、イジス様」
声を掛けるのは護衛でついているランスだった。食事を終えて戻ってきてからどうにも落ち着かないイジスを見かねて声を掛けたのである。
すると、イジスはじろっとランスの方を見ると、実に不機嫌そうな視線を向けながら口を開いた。
「モエ……、モエに会わせろ」
ものすごい低い声だった。たった1日程度会えなかっただけでこれである。まったく困ったものである。
「いけませんよ、イジス様。モエは今、メイドとしての仕事を覚えている真っ最中です。あなたが会いに行けば迷惑になるんですよ」
「そこを、そこを何とかしてくれ、ランス!」
まるで嘆願するかのようにランスに泣きつくイジスだ。どうしてこうなった。
だが、さすがにここまで情けない姿を見せられてしまっては、このままではイジスの仕事に影響が出るとランスは判断したようだ。
「仕方ありませんね。イジス様がちゃんと仕事などに打ち込んで下さるというのなら、私の胸三寸でどうにか致しましょう」
「分かった、約束する。だから、モエに会わせてくれ」
泣きつくようなイジスに、顔を思い切り押さえるランスである。
(ああ、あのマイコニドにどうしてイジス様はここまでご執心なさるのか……。やはり、マイコニドは森に帰すしかないでしょうかね)
イジスの側近として頭の痛い限りである。
お昼の食事の前、再び食堂の掃除をするエリィとモエである。さすがに一度した事があるので、今回はさっきより手際が良くなっていた。
「大したものですね。さっきも初めてとは思えないくらいできていましたし、マイコニドって頭のいい種族なんですかね」
モエの作業を見ながら、エリィはとても感心していた。
「マイコニドは森の中で隠れ住んでいますから、自給自足が基本なんです。多分、そこが関係してるんじゃないですかね」
モエは掃除をしながらエリィの言葉に答えていた。
「それにしても、体に害を与える胞子を振り撒くという話ですのに、モエさんの近くに居てもなんともありませんね。もしかして胞子をばら撒いていないのでは?」
あまりに何ともない事にエリィは疑問をぶつけてみる。すると、モエは手を止めてちょっと悩んだような表情を見せる。
「どうなんでしょうかね。マイコニド同士だとお互い何の影響も出ませんから、分かりませんね」
「そうなのですね。まあ、その辺りの事もそのうち分かるのでしょうね。なんでも王都から司祭様をお呼びになったそうですから」
「司祭様?」
エリィが漏らした言葉に、モエが首を傾げながら反応する。
「ああ、ごめんなさい。これはあなたには秘密でしたね。ですが、何も心配は要りませんよ。なにもモエさんを排除するためにお呼びしたわけではありませんから」
「うーん、よく分かりませんが、エリィさんがそう仰るのでしたら……」
エリィの返答にどうも納得がいかないモエだったが、今は仕事なのでとりあえず疑問を飲み込んだのだった。
「モエ、ここに居るって本当かい?!」
その時だった。食堂の外から声が聞こえてきた。
「ああ、この声はイジス様か。本当に困ったご子息様だわね……」
エリィが頭を抱えている。
次の瞬間、食堂の扉が勢いよく開け放たれる。そこに立っていたのはエリィの言った通り、ガーティス子爵家長男のイジスだった。その後ろにはその護衛であるランスの姿も見える。
「ああ、モエ。うっ、メイド姿が素晴らしく似合っているぞ!」
いきなり反応が面倒くさい。
「はいはい、いい加減にして下さい、イジス様。今のモエさんは食堂の掃除の真っ最中です。邪魔されるのなら出て行って下さい。汚いお部屋で食事をなさりたいのでしたら止めませんけれどね」
「うっ……」
エリィにこう言われると、つい動きが止まってしまうイジスだった。
その代わりと言ってはという感じで、エリィは言葉を続ける。
「午後は剣術の鍛錬でしたね、イジス様。それでしたら、私の付き添いの下、モエと見学に参ります。それでご容赦願えませんか?」
エリィはイジスに頭を下げながら言ってはいるが、視線はランスの方を見ていた。すると、ランスはこくりと小さく頷いていた。モエはその様子をただ黙って見ているだけだった。
「分かった。父上たちに叱られるのはこりごりだからね。午後はモエにいいところを見せてやろうじゃないか。行くぞ、ランス」
「はい、イジス様」
イジスは意気揚々として食堂から立ち去っていく。その後ろでランスとエリィがため息を吐いていたのは言うまでもない。
そして、その様子を見守っていたモエは、まったく状況が理解できずに首を傾げていた。
イジスとランスが立ち去った後、エリィが食堂の扉を閉めると、何事もなかったかのように掃除を再開するのだった。
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