第7話 メイド、本格始動

「はぁ~……、疲れたわ……」

 メイド教育の初日を終えて、モエはベッドへとばたりと倒れ込んでいた。

 メイド長マーサと先輩メイドのエリィの二人によって、徹底的にメイドの仕事を教え込まれたモエ。覚える事が多すぎて疲れ切ってしまったのである。

「人間の世界ってこんなに大変だったのね。甘く見ていたわ……」

 うつぶせに寝転んでいるモエは、脱力感たっぷりの状態になっていた。現実に打ちひしがれているのである。

 遅くなって行われた夕食というか夜食の時間には、先輩使用人たちの前で自己紹介をさせられた。モエの肌の色は人間と大して変わらなかっただけにマイコニドとはばれなかったものの、頭のでかいナイトキャップに視線が注がれていた。かなり目立つようである。

 モエの挨拶は名前とよろしくと言っただけだったのだが、一応先輩使用人たちからは受け入れられた感じはあった。そこは安心できた点である。

 とりあえずモエは、メイドとしての初日を無事に終えられたのである。ただ、今日のお風呂は濡らした布で体を拭く程度だったので、ちょっと不満だったようである。

「うーん、明日も頑張れるかしら……」

 不安になりながらも、モエは眠りに就いたのだった。


 翌朝、突然モエは起こされた。

「おはようございます。朝ですよ、モエさん」

「あっひゃーっ?!」

 かぶっていたシーツを引っぺがされて変な声を出すモエである。

 目が覚めて見上げたモエの前に居たのは、先輩メイドのエリィだった。

「え、エリィさん? ま、まだお外真っ暗じゃないですか!」

「メイドの一日は早いのです。これから旦那様たちが目を覚ます目に屋敷のお掃除ですよ」

「うそぉ?!」

 エリィから告げられた内容に声を上げるモエ。だが、エリィの行動は情け容赦ないものだった。

「さあ、早く顔を洗って着替えなさい。遅れる事は許されませんよ」

「は、はいっ!!」

 エリィの表情を見たモエは、恐怖で震え上がっている。そして、ベッドから起き上がるとすたこらさっさと顔を洗いに行ったのだった。


 戻ってきたモエはさっさとメイド服に着替える。さすがに2回目ともなれば慣れたものである。

「マイコニドとはいえ、見た目は本当に人間そのものですね」

「これでもキノコですから、触るとやっぱり人間とは違うんですよ」

 ぶにぶにとした感触に、エリィは驚いていた。

「ほう、思ったより面白いですね。ですが、こんな事で仕事からは逃れられません。さっさと参りましょう」

「ひーん……」

 余計な話で気を逸らそうとしたモエだったが、エリィはまったく遠慮がなかった。そんなわけでモエはエリィに引きずられながら持ち場へ移動させられたのだった。

 モエは新人ではあるものの、任された場所はなんと食堂の掃除だった。はたきに雑巾、それとテーブル用の布巾を持たされて、エリィと二人で掃除である。

「ここは旦那様や奥方様、それとイジス様たちがお食事をなさる場所です。失敗は許されませんからね、気合いを入れて下さい」

「そ、そんな大切な場所に、私みたいな新人をあてないで下さいよ!」

 エリィから伝えられた事に涙目になるモエである。

「仕方がないんです。あなたを他人とあまり会わせるわけにはいかないんですから。ここを担当できる人というのは、それなりに信用された人物になるんですよ」

「な、なるほど……」

 エリィの説明になんとなく分かった気になるモエだった。

「そ、そうとなれば、気合いを入れて掃除をさせて頂きます」

 モエは気合いを入れていた。昨日一日教え込んだだけあってか、言葉遣いはだいぶちゃんとしているようである。

 実はこの采配はマーサとエリィの二人で決めた事だった。元々この二人が担当していた事もあって、すんなり決まったのである。そんなわけで、エリィとモエのマンツーマン指導となったのである。

 エリィから掃除場所とそこで使う道具の説明を受けて、必死に掃除をしていた。家具の埃をはたきで落とし、窓を雑巾で吹き、テーブルを布巾で拭き、床のごみは箒で掃きとる。

 初めての割には動きがそんなに悪いわけではなかったので、見込みありだとエリィも感心している。

「お、終わりました……」

 食堂に着いてから1時間くらい経って、モエはエリィに報告していた。終わればエリィによるチェックが入る。

「悪くはありませんわね。ただ、椅子を拭く雑巾を間違えてはいけませんし、順番も一番最初にして下さい。旦那様たちが座られるのですから、汚してはなりませんからね」

「は、はい……」

 ダメ出しをされるモエは、素直にしょんぼりとしていた。

 そのモエに対して、エリィはポンと肩を叩く。

「最初はもっと失敗はするものですが、その程度で済んでいるのはあなたが優秀だからですよ。この調子で頑張って下さいね」

「は、はい!」

 エリィから褒められて、モエは照れくさそうに笑った。

 そして、掃除に使った道具の片付けへと向かったモエは、褒められた事ににこにことしていた。しかし、エリィからしっかりと釘を刺される。

「いくら最初がうまくいったからといって、調子に乗ってはいけません。毎回初心者のつもりで、使う人のために心を込めて掃除をするように。いいですね?」

「はい、分かりました。エリィさん」

 真剣な表情になって返事をするモエに、エリィはくすりと小さな笑顔を見せたのだった。

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