第6話 子爵の憂鬱
モエがメイドとしての訓練を受けている頃、イジスはというと……。
「なあ、モエの様子を見に行ってはいけないのか?」
「ダメです。イジス様は旦那様の申しつけをお破りになるおつもりですか」
「ぐっ……」
イジスはランスの監視の下、部屋で書類整理に追われていた。
昨日の勝手な行動を父親であるガーティス子爵に咎められたのだ。その罰として、今日は書類整理を押し付けられたのである。
それと合わせて、今日は連れて帰ってきたマイコニドとの接触を禁じられてしまった。どうもガーティス子爵は昨夜の態度に何かを感じたようなのだ。
イジスは王都の学園を卒業して、ガーティス領に戻ってきた。そこで自警団の仕事を手伝いながら、領地の仕事の勉強をしている。将来的には父親であるガーティス子爵の地位を継ぐ予定なのである。
しかし、どこをどう間違ったのか、やたらと正義感が強く、しかも暴走するような様子まで見せてしまっている。しかも顔立ちはいいというのに、その暴走癖のせいで婚約者がいまだに居ないという。正直、ガーティス子爵としても頭が痛い存在となっていた。
それの表れが”バカ息子”という表現なのである。
「それで、イジスの奴はどうしている。おとなしく仕事をこなしているか?」
仕事を息子に押し付けたガーティス子爵は、久しぶりに息抜きをしているようだった。自警団の訓練所に出向いて、一緒に汗を流しているのだ。
「はい、今しがたの報告ではその様です。お目付け役のランスが居りますゆえ、嫌でも仕事をするしかないでしょうからね」
家令のグリムが、ガーティス子爵に報告を上げている。
「そうか。それなら安心だな。……それと、あのマイコニドを調べる手はずは進んでいるか?」
「そちらも王都へと使いを出しました。早くて半月ほどでこちらに来られるかと」
「そうか、急ぎ故に対処してもらいたいものだが、司祭も暇ではないだろうからな」
家令と話をしながら、剣の素振りをするガーティス子爵である。その剣の鋭さに、自警団の面々は惚れ惚れとした視線を送っていた。
さすがにこれだけ視線を注がれれば、ガーティス子爵だって気が付いてしまう。手の止まっている自警団たちを睨み付けて言う。
「お前たち、手を止めるとはたるんでいるな。そんなだから昨夜はあんな事になったのだ。そのたるんだ性根を叩き直すために、この私が直々に手解きをしてやろうではないか……」
木剣を携えて立っているだけだというのに、自警団の面々は怯んでしまう。なにせ子爵の体から凄まじいまでのオーラが発せられているのだから。子爵は魔法を使う事はできないものの、剣術の腕前だけで魔法を使う相手を組み伏せてしまうほどの実力の持ち主。それゆえに凄まじいまでの闘気を持ち合わせているのである。それがゆえに、まるで蛇に睨まれた蛙のようになってしまったというわけなのだ。
さて、子爵と自警団が手合わせをした結果だが……。
「うう……」
「さすが、鬼の子爵様……」
目の前には自警団の死屍累々である。自警団の面々はあっという間に、子爵一人の手によって打ち伏せられてしまっていたのだ。
「たるんでおるな。そんな事で我が領を守れると思うてか!」
「はいいっ!!」
子爵が一喝すると、自警団たちは跳び上がって直立する。
「私は昨夜の連中に会ってくる。お前たちは更なる研鑽を積むように!」
「はいっ!!」
元気のいい返事を聞いた子爵は、自警団の建物の中へと入っていった。
「その者は大丈夫か?」
自警団の中の医務室を訪れた子爵は、魔法医の男性に声を掛けた。
「これは子爵様。弱ってはおりますが、一命は取り留めております。奴隷として扱われていたのでしょうな、実に惨たらしい限りですよ」
子爵が様子を見に来たのは、イジスとモエが会ったあの現場に放置されていた何かだった。
「そうか。最近は人外の闇取引が多いと聞く。この者もその犠牲者なのかも知れないな」
「そうですね。とりあえず命が助かっただけでも救いでしょうが、おそらく人に懐く事はないでしょうな」
魔法医はその何かに視線を落とす。その目はわずかに潤んでいた。
「野生生物なら、野生で生きるのが一番だ。懐かなくても問題はない」
それとは対照的に、子爵は実に冷めた目を横たわる何かに向けていた。
「今度、王都から司祭がやって来る。その時にでも、これの正体も調べてもらおうか」
「司祭様が?! なぜそのような事になっているのでしょうか」
子爵の言葉に、魔法医はとても驚いている。治癒魔法だけしか扱えない魔法医にとって、あらゆる聖魔法を扱える司祭というのは憧れの存在なのである。驚くなという方が無理なのである。
「これは機密事項だ。これ以上は教えられん」
「はっ、失礼致しました」
子爵が睨めば、魔法医はそう返事をして黙り込んだ。
「これが目を覚ましたら、私を呼んでくれ。領主として引き取ろう」
「しょ、承知致しました」
魔法医の返事を聞いたガーティス子爵は、医務室を出ていく。
「さて、違法取引をしていた連中を根絶やしにせねばな。我が領での狼藉、これ以上許すわけにはいかぬ……」
子爵はそう言いながら、伴って来た兵士と共に牢屋へと向かっていったのだった。
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