グラシズブリッヂの四倒

水白 建人

第1話

 橋脚うえにて確かな半円ふたつ。

 水面の影したにてたゆたう半円ふたつ。

 これらの半円、上下を合わせて並べたさまは、りょうが支えしめがねのごとく。

 ゆえにこれなる石橋をがねばしと人は呼ぶ。

 あるいは彼なら――。

 乾いた魚籠びくくりいろながしの帯に下げ、がねばしこけむすらんかんにあぐらをかきては、ときに一投、生き餌もなしに竿を振り直す釣り師ならば、

「誰が呼んだかグラシズブリッヂGlasses Bridge――っす」

 かくもうろんにうそぶこうとも不思議はない。

 これこそよつぜきとうである。

「おいらはふつうにがねばしって呼んでるっす。おたくはどうっすか?」

 よつぜきとうはバケット帽の波打つつばの下からきつねまなこで横見する。

 三時の方角、四歩先にて。

 そびえ立つはおうがごとき半裸の出で立ち。

 知人友人、ましてやけいてい、親子にもあらず。

 あれなるはよつぜきとうと相敵視してはばからぬ男である。

けむかれる俺ではない」

 どうごえで敵視の男が応ずる。

「ここがただの石橋だったことを俺は覚えているぞ」

「よくご存じで」

「だのによいは形を変えていた。日頃から人通りが乏しいにしても、帰路を行くものひとりとしてきょうじょうに見えないこともおかしい。なるほど、これがおまえのじゅつというわけだ。幻覚のたぐいか?」

「当たらずとも遠からずっす。けっかい……、じゃわかりにくいっすかねえ。つまりはただの石橋があった本来の『空間A』を、別のよく似た『空間B』にすり替えてるんすよ」

「ふん。現実味がない話だ」

「ありうべからざるせつの実際的発動。らちがいくがゆえのじゅつっす。そういうの、おたくだって使えるっすよねえ?」

「我らがおうじゅつと同じくするか!」

 敵視の男ががねばしをひとたび踏みとどろかす。

「気に入らないが、ふん。がねばしじゅつ使いとやらの実力は伊達ではないらしい。《ばんづけしゅう》たる俺のあふれる《はく》をひと目で見抜くとはな」

(見抜かなくたってわかるっすよ)

 彼ら《ばんづけしゅう》、じんじょうならざるどうなり。

 じゅつを初めとする超常現象引き起こせしいんの精神力たる《はく》に優れ、時代のかげにて戦う定めをよしとする。

 ゆえによつぜきとうはわかりきっていた。

 進んで《ばんづけしゅう》を招かばこそ。

(おいらのうわさをたどってきたんだったら、ふつう、気づきそうなもんなんすけどねえ……。《ばんづけしゅう》がみんな《はく》の使い手だってことぐらい)

「だがたくは結構だ」

「そりゃこっちのせりふっす」

「いい口ぶりだ!」

 たいしょう

 しかして敵視の男が人いきれもかくやの極熱を放つ。

はく》を交えし殺気である。

(……いくさの空気がじょうせいされていくのを感じるぞ。俺は今、にくおどっている!)

 宝や功名がためでなく。

 おのが信じる強さの果てを確立すべく、血で血を洗うが《ばんづけしゅう》なれば。

 現代とても、やぶさかならざり。

「《ばんづけしゅう》が八番台、捌月朔日ほずみちまた……! さあ、おまえも名乗れ! 声高に!」

「そうりきまなくてもいいじゃないっすか」

 よつぜきとうはハーフグローブをはめた左手を空け、バケット帽の波打つつばをつまむ。

「誰が呼んだかてんどうさい――《ばんづけしゅう》がばんだいよつぜきとうっす」

「て、てんどうさい……!? まさか、あのひとてんどうさいが生きていたのか!?」

「《ばんづけしゅう》をおうさつしかけた伝説はとうにくさかげっすよ」

「おお……、ならばおまえは?」

「有名無実の二代目ってとこっすかねえ」

「ふん。せっかくのしゃぶるいが収まってしまった」

 捌月朔日ほずみちまたは背負ったおおを下ろすなり、これ見よがしにさやを払う。

 銃刀法なにするものぞと言わんばかりである。

「おまえも武器を手に取れ」

「もう取ってるっす」

「そんな釣り竿ごときで俺に挑むのか?」

 よつぜきとうは答えない。

 代わりに片笑みをもって応ずる。

 火に油を注ぐとはまさにこのこと。

 捌月朔日ほずみちまた、大上段へとに照る白刃、振りかざす。

 しぶくは血ならず、冷たい玉の音――。

「ところがどっこい」

 まずは

「ん、結構重いっすね」

 ハーフグローブの右手が握りし竿の背にて、よつぜきとうしょ太刀だちを受けた。

(たかがっ、竿ごときに!? これもじゅつか……っ!?)

 負けじと捌月朔日ほずみちまたは腕一本で大太刀を振るっていく。

 がねばしにてちょうちょうはっ

 されどもあぐらかきたる釣り師は無傷。

 ついには自ら後転し、とうおうあざむく身ごなしで石造りの橋上を足場とした。

「こりゃまじめに戦わやらないとけがしそうっす」

「……違う。じゅつではない! 竿のか!」

「特注なんすよ、これ。糸もそうっす」

「ふん、おもしろい……」

 捌月朔日ほずみちまたがねばしの中央へとすり足を使う。

「だが竿には攻勢に転ずるやいばがないぞ? よつぜき

「おたくの大太刀よりは長くて便利っすよ。八番台さん」

「斬れなばしょせん武器ではない!」

 大太刀を十全に振るえる位置で捌月朔日ほずみちまたは動きを止め、しかして腰を落とし、左足をわずかに前進させる。

「我らが十八番おはこ、とくと見せてやろう」

 改められし構えははっそう

 上段かつ互いの正中線にやいばを定めている。

 狙うは腕や胴にあらず。

 砕けば必殺のとうがいのみ。

 これぞ《ばんづけしゅう》が八番台に名高き伝統戦術である。

「行くぞよつぜき! っだあぁーーーーっ!!」

(さらに力んで、高ぶり、《はく》を上げてくるっすか)

はく》、感情高ぶらすほどに増していく。

 いんなれど精神力であるがゆえに。

 かくなる《はく》を込めた剣術、よつぜきとうの余裕をぐにあまりある。

 捌月朔日ほずみちまたは真剣だ。

 太刀筋を読まれようと、構わず一合、また一合、よつぜきとうからたけりを試みる。

「受け方を!! 変えようと!! 消耗していくばかりだぞぉ!?」

「反撃……、するっすよ」

やいばがないと言っただろう!? 笑止ぃーーーーっ――」

 またも一合受けたところで、よつぜきとうは後方に跳ねる。

 右手同様、竿に携えていたはずの左手でリールを巻きて、にこりほほえむ狐眼。

 ちょうはまずまず。

 釣り針には捌月朔日ほずみちまたの左の耳たぶがかかっていた。

「ほら、長くて便利っす」

 捌月朔日ほずみちまたが青筋を立てる。

「……守勢に甘んずることなく、よくも……!」

「おいらはひとてんどうさいの孫に当たるっすけど、剣だの刀だの、ご立派なやいばにこだわっちゃいないんすよ」

 よつぜきとうは釣り針の肉片をつまみ取る。

 しかして、がねばしへとたわいなく投げ捨てた。

「優勝劣敗はの習いっす。『てんぜんたる強さ』のため、おたくを番付から消させてもらうっす」

「よくも、よくも俺の福耳を……、よつぜきぃ!!」

「さすがに高ぶりすぎじゃないっすかねえ。途中でバテるっすよ?」

「その前に勝つすべを俺は心得ている!」

はくてんく。

 捌月朔日ほずみちまたが八双の構えそのままに叫ぶ。

おうあめかみなり》!! ちまたの神の加護ぞあれっ!!」

 瞬間、宵の空よりでんつ――。

 これなるはしかし《ばんづけしゅう》が八番台による攻撃にあらず。

「…………焦がれる」

 がねばしにてけむり昇らせ焼けただれしは、おうがごとき半裸の出で立ち。

 捌月朔日ほずみちまた、ほかならず。

 天罰がごとき光を受け、なおそびえ立つ。

「焦がれるぞ、よつぜき!!」

(まだ動く……! 今の、失敗じゃなかったってことすか)

「『迷わぬ強さ』に俺は目がくらみそうだ!! ふふははは、はぁーっはっはっはぁっ!!」

「おたく、ずいぶん怖いことするんすねえ」

「勝つためだっ!!」

 すかさず捌月朔日ほずみちまたが上段から大太刀を振り下ろす。

 くういっせん、八歩先にて。

 よつぜきとうは当然に白刃を受けず、

「なっ――づぅ――――……っ!?」

 代わりに太刀先より分かたれし飛電が、くりいろながしの左の肩口をかすめた。

(な、なんすか今のは……?)

おうあめかみなり》が俺をたいでんたいじょうたいにした! これより我が身はおまえを殺すまで絶えず放電し、迷わずだろう!」

「帯電……、へえ、さっきの雷はパワーアップのため、だったんすねえ」

 よつぜきとうの左肩に鮮血が焼けつく。

 目で追えぬ太刀先のでんじん

 竿より間合いに優れ、威力も並ならず。

(あんなの素で何発も食らえないっす)

 よつぜきとうは両のハーフグローブを口ではめ直す。

(……じゃあ、肉薄するせめるしかないっすね)

よつぜき、覚悟!」

 八双の構えから、捌月朔日ほずみちまたがふたたび飛電刃を放っていく。

 相前後してよつぜきとうは駆けていた。

 竿の穂先を向こう正面に突き出して。

「む、飛電刃がそれたか?」

(キャッチ成功っす)

 ずばり避雷針である。

「……ちょこざいな。だが!」

 捌月朔日ほずみちまたは帯電体状態を筋肉運動へと応用する。

 筋肉とは脳の電気信号にて動くれい

 要するに電気、電気さえあれば事足りる。

はく》にて操り、人体のリミッターを外すなど造作もない。

「笑止、笑止、笑止ぃーーーーっ!! 竿が焼け切れるまで大太刀を振るうまでだ!!」

「だからこうやって! なるべく避けたりもしてるんすよ!」

 よつぜきとうは言いながらに横飛びする。

(大太刀をまっすぐ振り下ろすだけなのが幸いしてるっすね)

ばんづけしゅう》が八番台の伝統戦術。

 こだわればこそ、捌月朔日ほずみちまたは己が《はく》を最大限発揮できる。

(くう、雷を受けすぎて竿が熱いっす……!)

 先に竿が壊れるか、ハーフグローブが燃えだすか。

 ――否や、反撃だ。

 大太刀本来の間合いに今、よつぜきとうがまかり越す。

「ようやく……、届くっす!」

「ならばこのままたたき斬る!!」

 高ぶる捌月朔日ほずみちまたの脳裏には二の太刀があった。

 これぞよつぜきとうが見いだせしかんげき

 一寸のこういんかろんずべからず。

(仕込み杖ならぬ仕込み竿っす)

 よつぜきとうはすでに竿の握りを引き抜いていた。

 ただの部品にあらず。

 きりのごとき小刀にして、捌月朔日ほずみちまたの心臓部へととうぜられた凶刃なり。

「うぐぉ!?」

(刺さった――)

 飛電ほとばしる白刃は竿にて反発。

 後ろ飛びから息を整え、ついによつぜきとうは戦の決着を確信せり。

「ここまでっすよ、八番台さん」

 捌月朔日ほずみちまたが大太刀を杖のように頼る。

「――……よつぜ、き……」

(……血が、出てないっすね……?)

「し…………、……笑止」

 直後、がねばしにて胴間声のちょうしょうひびわたる。

「――笑止千万!! 帯電体状態であれば傷のひとつやふたつ、焦がしてふさぐことを俺はためらわない! 俺に見えざるぞうろっさえもだ!!」

「ありゃま」

よつぜきとう!」

「おっと、そりゃこっちのせりふっすねえ」

「ふん?」

「そっちに転がってる鞘っすよ、大太刀の鞘」

 よつぜきとうは橋上の片隅へと狐眼を配る。

「昔の剣豪、ろうが刀の鞘を浜に払ったのを見て、同じく剣豪だったみやもとさしは決闘前にこう告げたんすよ。『佐々木小次郎敗れたり』って」

「かつての敗北者を俺と重ねるか」

がんりゅうじまは世の習いっす」

「笑止。いや、おろかも過ぎれば笑えないな」

「そっすか」

「おしゃべりはここまでだ!」

 捌月朔日ほずみちまたよつぜきとうに大太刀を向けようとする。

 だが、八双どころか中段にさえ構えられない。

「……なんだ? 動きがっ……、で、できない!?」

 捌月朔日ほずみちまた、知らず知らず。

 蜘蛛くもの巣に絡められたのごとく、無色透明なる釣り糸にそうしばられていた。

「いったいいつから、これほどに……!?」

「おたくがおいらの結界にかかったつられたときから、着々とっす」

「ばかなっ!?」

「わかりっこないっすよ。がねばしの下のアーチに何度も糸を通してたんすから」

 ぼうずより脱却せし釣り師が苔むす欄干に背を預ける。

めいやげに答え合わせっす」

「おまえ、なにを言って――」

じゅつがねばしにてつにみつ》。分類は橋上式結界。空間わいきょくの効果はもう話したっすよね」

よつぜき!!」

「細かい部分は割愛するとして、じゅつがねばしにてつにみつ》にはもうひとつ効果があるっす。術者おいらが定めた条件に合致するもの一名のみを結界内部に受け入れるっていう、つまりは入場制限っすね。今回の条件は『《ばんづけしゅう》に挑もうとするもの』っす」

 釣り糸をリールに固定したのち、よつぜきとうは言葉を継ぐ。

「あ、重要なのは条件じゃなくて人数のほうっす。おいらはしょせん有名無実の二代目てんどうさいなんで、一対一の戦いじゃなきゃ勝てないんす」

「ふん……、まるでこのまま俺を倒せるかのような口ぶりだな」

「その糸は切れないっすよ。もともと丈夫で、しかもおいらの《はく》を込めてあるっす」

「……《気魄》を込めた、だと……?」

 ぼうぜんしつ

 捌月朔日ほずみちまたは我が耳と目を疑った。

 数回程度のきんちょうを除き、がゆえに。

「それじゃ最後にもうひとつだけ教えておくっす」

 破れたハーフグローブの右手ががねばしの外へと伸ばされる。

 握られしは飛電刃にさんざ焼かれた竿一本、

「この竿、実は十六トンあるんすよ」

 実にすげなく手放された。

 助けがなくば恐怖せしめるのもむべなるかな。

 釣り糸でくくられし捌月朔日ほずみちまたは、竿の超重量にて引きずられ、苔むす欄干へとたたきつけられ、しまいには胴間声もろともいとり切断と相成った。

 ――さてもそののちうしどき

 おぼろになりゆくがねばしの目が、くりいろながし見送れり。

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