眼鏡の探偵、二階堂

大隅 スミヲ

第1話

 指定された場所は、駅前にあるレトロな雰囲気の喫茶店だった。

 待ち合わせ相手は過去に対応したことのあるクライアントの知り合いということで、無下に断ることができなかった。


 待ち合わせの時間よりも早く着いてしまった二階堂はアイスコーヒーを注文して、ガムシロップを3つ入れてから飲んだ。

 ちょうどランチタイムということもあって店内は混み合っていた。


「先生、わたしも飲みたい」

 隣の席に座っていた助手のヒナコが二階堂にいう。

 しかし、二階堂は首を横に振って、ヒナコにいった。


「ダメだ。お前はコーヒー飲めないだろ」

「えー、でも飲んでみたいな。ダメ?」

「ダメ。これは大人の飲み物なの」

「なんで先生はそうやってヒナコのことを子ども扱いするの。ヒナコだって大人だよ」

「ダメなものは、ダメなんだ」


 そんな会話をしていると、急に辺りが暗くなったような気がした。

 二階堂が顔を上げると、そこには花柄のワンピースを着た女性が立っていた。年の頃は二十歳くらいだろうか。肩の辺りまで垂らした黒髪で前髪を一直線に揃えた色白の女性だった。


「あのさんですか」

「ええ、私がです。電話をいただいた?」

「はい。杉崎スミレです」


 そう答えた杉崎は頭をちょこんと下げると、二階堂の前の席に腰を下ろした。

 二階堂は手を上げて店員を呼び、自分のアイスコーヒーのおかわりと杉崎の注文を聞いた。杉崎はホットミルクティーを注文し、ランチメニューのところで手を止めた。


「もうお昼ですね。なにか、食べますか?」

 その言葉に杉崎は少し考えるような顔をしてから、ちょこんと頭を下げるようにして頷く。


 実はこの店に入った時から、二階堂には気になっていたメニューがあった。それは大盛りナポリタンという店の看板メニューだった。


「先生、わたしも」

 二階堂の隣からメニューを覗き込んでいたヒナコがいったが、二階堂はそのヒナコの発言を無視した。

 杉崎はピザトーストを注文し、店員が去っていくのを見届けてから話を切り出してきた。


「あの、電話でもお伝えしたことなのですが……」


 二階堂は小さな探偵事務所を開いていた。探偵事務所といっても探偵は二階堂だけであり、仕事もほとんど無いことから、生活のために週5でアルバイトをして生計を立てている。

 しかし、特殊ケースを扱うことから時おり仕事の依頼が入ってくることがあり、その仕事をこなせば一週間はバイトをしなくても生活できるくらいの収入を得ることができていた。


 今回の依頼人である杉崎スミレも、そういった特殊ケースの依頼人であり二階堂は久しぶりの探偵稼業に心を踊らせていた。

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