【KAC20248】さよなら、山下君

MERO

さよなら、山下君

 学年末テスト結果の返ってくる日、それは正に本日。成績表とともに先ほど全ての結果が手元に返ってきた。

 私はそれらの結果が一覧で書いてある紐のような横に長い紙を椅子に座りながら見てため息をつこうとしたその瞬間に、その用紙を手から離してしまった。


 そこにちょうど前の席に座っている友人の鈴香すずかに拾われた。


「春乃、テスト結果……うわぁ、赤点ばっかりじゃん」


 鈴香すずかが大声で叫ぶから、周囲は私の席に注目した。

 

「これは私でもないわ。地理9点、ヤバすぎ」


 一枚の紙を見ながらケラケラと笑いながら鈴香すずかは点数をあけすけに公表し始める。

 私はその紙を奪った。

 

「あのね、人には事情があるのよ」


 高校受験の兄のためにこの年末年始から受験までの間、私はできる限り静かな環境を作ってあげようとほとんど外出し、勉強などろくにしていなかったことが原因なのは明白だ。


「どんな事情よ?」


 そう聞かれて、私は言うかどうか悩んだ。兄は第1志望の学校に落ちて、だいぶランクを落とした学校に入ることになったのだ。


「……それは……ひ、み、つ!」


 兄のためになっていたのかどうかすらわからない出来事を言うのは躊躇われて、私はその事実を鈴香すずかに隠した。


「なーんもないでしょ? んで、どうすんのよ?」


 赤点取ったので春休みも補修して再テスト実施となーる。


「春休みも学校来るよ」


「うへ――。遊べないの!?」


「そうだよ、留年かかってるんで」


 私の言葉で鈴香すずかは悲しそうな顔をして「ガンバレ」とガッツポーズをして応援してくれた。

 

「じゃあさ、ここはわが校きっての出木杉できすぎ君の山下君に教えてもらったら?」


 隣に座って眠そうな顔をしている山下君は急に名前を挙げられて「何の話?」と聞いてきた。

 学校始まって以来の成績の持ち主である山下君は全国学力テストで1位も取ったことがあるのだが、手入れをしていない毎日ぼさぼさな髪の状態の上に、前髪で顔が隠れているような風貌だ。そしていつも横を見ると彼はほとんど寝ている。その姿をみて私はひそかにデキスギより、どっちかっていうとポンコツじゃないのと思っていた。


「何? 鵜飼うかい春乃はるのさん」


 私が言うよりも先に鈴香すずかが「勉強教えてくれない? というかテストに出る所教えて」と単刀直入に言った。私の顔をみて山下君は少し考えこんだ様子を見せたが、返ってきた答えはひどく真面目なものだった。


「そーゆーのははっきり言ってね、地道にコツコツだよ」


 そう言ってHRが終わった教室を山下君は出て行った。


「秀才にも見捨てられたか……。残念だね、春乃」


 泣きそうな気分。


「いいよ、今日からちゃんと先生に教えにもらってくるから」


 私は鈴香すずかに別れを告げて、終業式の今日から来週の補修が始まる前に復習から始めようと職員室で先生に教えてもらうことにした。


 その一生懸命さを買われたのか、先生は喜んで赤点の教科の先生に声をかけてくれて教えてくれた。

 勉強を終えて帰ろうと教室に戻ると辺りは真っ暗。


 自分の机にある荷物を取ろうと戻ろうとし、山下君の席の横を通ろうとしたその時、足に何かが当たった。


 それはメガネだった。

 私は拾い上げて見たところ、そのメガネは通常の半分ぐらいのサイズですごく小さいものだった。

 

 誰かの落とし物だろうか?

 一番近い席は山下君であるが、彼がメガネをかけている姿は一度もみたことはない。

 今日は学年末の終業式でもうこの教室に生徒は来ることはないので私はその小さなメガネを胸元のポケットにしまった。


 そこに息を上げて教室に入ってきた人物がいた。

 一直線に机に向かうその人は――――山下君だった。


 私はその姿にぎょっとした。山下君は目を閉じながら歩いているのだ。


「や、山下君? あの、見えるの?」


 周りは暗くて目を開けていてもよく見えない。

 彼は私の声でやっと私がいることに気が付いた。


鵜飼うかい春乃はるのか」


 名前を呼び捨てにされた。

 どうも声が普段の山下君じゃない声だ。


「くそっこいつが落とさなかったらこんなことにはなってないのにな」


 普段の山下君では考えられない言葉遣いだ。


「だ、誰? 山下君じゃないよね?」

 

 彼は目を閉じたまま私に近づいてきたので私は一歩後ずさった。


「お、ちょうどいいタイミングかもな、なぁ山下? いいだろう?」


 山下君は自分で言いながら、全身で身体をよじっている。


「あはは、抵抗してるのか? それで? 無理だぞ、ほら」


 ほらといって彼は手のひらを私に向けた。


 ひぃぃぃぃぃぃぃ。

 私は腰が抜けてその場にへなへなと座り込み、声にならない声を出した。


 な、なんと山下君の手のひらに小さな顔みたいな、目と鼻と口がついていたのだ。


「そんなに驚くなよ」


 私はプルプルと震えながら左右に頭を振った。

 驚くでしょ、というか化け物じゃん。


「あーみつけたぞ」

 

 山下君の手のひらの中にある顔が声を出していた。

 その手はそのまま私の胸元のメガネを取って掛けた。


「よく見えるな、お前の恐怖の顔」


 あははははとその手のひらの顔についている口が大笑いをした。

 ひぃぃぃぃ。


 私はなんとか動こうとしたとき、その手の中の目は閉じたと思ったら本物の顔のほうの目が開いた。


「ひぃ」

 

 私は声を上げた。

 山下君は困った顔をしてから言った。


鵜飼うかい春乃はるのさん、早く逃げて」


「……立ち上げれないの……てかさっきの何?」


「……貧乏神だよ……皆にとっては神様かもしれないけど」


「……どういう?」


「見たでしょ? 僕の手の中にある顔」


「……うん」

 

「あいつが秀才の中身……僕は頭がいいわけじゃないんだ……ごめんね」 

 

 山下君はどうも手のひらにいる化け物が頭が良いと言っているらしい。

 

「ごめん。もうそんなに時間がないから、早く帰って、ほら走って!」


 山下君に手を貸されて立ち上がった私は促されて教室を急いで出る。


 走って下駄箱まで向かってそこで息を整えた。


鵜飼うかい春乃はるの……さん、ちょっと待って」


 声がする方をみると、本当の顔についている目を開いている山下君がいる。

 私はホッとして彼のほうに寄った。

 

「あのね、一つ伝言というか、これ、どうぞ」


 彼はさっき落としたメガネを渡してくれた。

 

「えっと、これは?」


「秀才になるメガネ、だから。ほら、困っていただろう?」


「うん……」

 

「俺、実は来年、別の学校に転校するんだよね。だから今日が最後。だから記念にもらっておいてよ」

 

 私は山下君の言葉をきいてメガネを受け取った。


「わかった、じゃあ、さよならだね」


「うん、そう、さよなら」


 そう言ったら山下君は最後に深くお辞儀をした。


「さよならだよ、鵜飼うかい春乃はるの……さん」

 

 呪文のように唱える彼に私も言った。


「……さよなら、山下君」 


 それが終業式のこと。

 私はもらったメガネを胸元のポケットに入れて補修を受けて、見事合格した。

 メガネのおかげかな?


 進級して新しいクラスになった。

 また鈴香すずかと一緒になった。


「また同じクラスだね! テスト頑張ったね」


「ありがと――! 嬉しいよ!」

 

「ねっ、ほんとに私も嬉しい。ところで春乃、聞いた?」

 

「何の話?」


「山下君、亡くなってしまったらしいよ、あの終業式の夜に学校で」


「えっ?」


 私は言葉を詰まらせた。

 それってどういうこと?

 下駄箱であった山下君は学校から出ていったはずだ。

 その時、ドクンと手が疼いた。


『……貧乏神だよ……皆にとっては神様かもしれないけど』

 

 ふと山下君が言った言葉が浮かんだ。

 これはまさか……。

 ……私は頭が良くなることと引き換えに……死…ぬの……?


 手のひらの内側が動いてくすっていう声が聞こえた気がした。

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