第50話 審・全・試・合 3





『――機械励起アクティベート限定出力リミットベース。対地攻撃砲【アポロ】、発射トリガー




「――――ッ!! とぉぉぉぉ!?」


「ふぬおおおおおおおお…………!!!」




 開かれた亜空間から地表へ、膨大な熱量を伴う光の柱が突き刺さり。

 全周防御を指向性防護壁に切り替え、どうにかを防ぎ切りながらも、しかしその光圧にプリミシアは苦悶の声を溢し。

 ……ついでに、この『練兵場』を維持する任を負ったユシアもまた、歯を食い縛りながらも踏ん張って見せる。



 その『強打』のコンセプトとは、非常に単純にして純粋に強力なもの。

 艦艇搭載型の多用途攻撃兵装……要するに『艦載砲』であるⅩⅦ式大型荷電粒子砲による砲撃を、形成された大型転送ゲートによって任意の地点へと直接叩き込む。


 充分な状況観測、および転送門の安定形成を行える制空権の確保が前提とはなるものの、通常戦闘に艦砲射撃を持ち込むことによる制圧力は、凄まじいの一言。

 任意のタイミングで、任意のピンポイントに、艦載砲による対地支援砲撃をダイレクトで叩き込めるというわけだ。



 ……まぁ尤もその仕様からして、現代日本で振るえる機会など……ほぼほぼ存在し得ないだろうが。

 街中で荷電粒子砲を撃ち下ろすなど……爆風やら衝撃波やら熱放射やら閃光やら、どれほど威力を絞ろうと副次被害は計り知れない。




『観測結果……対地攻撃砲【アポロ】ⅩⅦ型、標的に着弾。しんだ?』


(いやいやいやいや縁起でもない、さすがに死んでないだろ。スーだって入念にデータ収集して、ちゃんと防げる出力で撃った筈だ)


『肯定します。対地砲撃機装【アポロ】ⅩⅦ型、出力16%にて砲撃を敢行しております』


『んゥー! 敵対対象、健在。スーはお利口さん、判断します』


(いやいやいや敵じゃない敵じゃない敵じゃない)




 光熱を以て対象を灼き尽くす荷電粒子砲に冠するには、少々以上に意地の悪いその渾名。

 我々の用いる言語で置き換えるならば、いわゆる『日神』の意を冠することになるであろう。


 幾度ものマイナーチェンジを経た決定版、その最新にして最終仕様。

 かのロクでもない異星文明においては、最も長い期間制式採用に認定され、最も多くの艦艇に搭載され、最も多くの敵対兵器を撃滅せしめ、最も多くの戦場で活躍した……艦載砲のベストセラーモデル。

 それがこの、【アポロ】ⅩⅦ型荷電粒子砲である。



 本来であれば、当然だが対人戦闘に用いるような機装モノでは無い。先進国家の首都へ向けてぶっ放して良いようなものでは、断じて無い。

 今回のこのは、あくまでも例外中の例外である。絶対的な拠点防衛魔法を持つユシア課長の存在を前提として、また度重なる【マーキュリー】による攻撃試験にて防御魔法の強度を入念に調べ上げた上での……『魔王なら絶対に防ぎきれる』と判断した出力での、計算し尽くした一撃なのだ。


 ……周囲の観覧客への被害は、私達が責任を持って抑止させて貰った。

 そもそも何で観覧客がいるんだと思わなくも無いが、私は禁止を求めていなかった。私達がこうして観覧している以上、先方にのみ禁止を求めるのは筋違いか。……まぁいい。



 ともあれ、こうして防がれることは織り込み済み。しかしながらこの【アポロ】の矢はプリミシアにとって、ただの『高火力魔法』と切り捨てられるものではあるまい。 

 この対地砲撃の本領が、任意の地点に直接指向できる取り回しの良さであること、加えて出力にまだまだ『遊び』を持たせていることは……賢しい『魔王』であれば、容易に見抜けることだろう。


 必要なものは、観測者スポッターの安全と正確な測量データのみ。時間と手間さえ掛けられれば、観測はこの地表からでも可能である。

 そうして、大前提となる転送門ゲートを開くことさえ叶うのならば、ほぼ攻撃は成功する。

 ……たとえそれが地殻の下、人類未踏の超深層であろうとも、だ。




「はっは! …………なるほど、おおよそ見えてきたよ。君達が何処から来た……なのか」


「だったらどうする? 私達を排斥するか?」


「まさか! 出自や種族が何だというのだ、そんな下らん色眼鏡で判断などせぬよ。……君らが一体、であるのか。それを知らぬ者など……この国には居るまい」


「…………感謝する」


「くく……こちらのセリフだ。……充分だろう、此処迄としようか」


(スー、戦闘態勢解除)


『了解致しました。フィールドステータス待機スタンバイへ移行します』




 周囲へと散開していた【マーキュリー】を回収し、階差隔離空間内の武器庫へと納め、涼しい顔を崩さぬまま一仕事を終えた末娘。

 出迎えたニコニコ笑顔のディンにしっかりと確保され、存分に撫でられ労われているその様子は……うん、どうやら満更でもなさそうである。


 晴れ晴れとした笑顔を浮かべたプリミシア局長と、どこか疲れたような暗い顔のユシア課長の様子を窺う限りでは、どうやら彼女の求める働きは出来たらしい。

 突然の模擬戦要求には確かに少々驚いたが、それによって信頼が得られるというのなら安いものだ。



 前例の無い、恐らく上位種族とのコンタクト……何も無ければ勿論それに越したことは無いのだが、の備えも必要だろう。

 とはいえ先方の出方に関しては、はっきりいって予測は難しい。地底の民の良心に縋るしか無いのだ。





「……さて……一先ひとまずはお疲れ様、感謝するよ【イノセント・ステラ】。約束通り『報酬』の話をしようか」


「しかし、魔王様。……パッケージ無しでの『魔法』教授ともなりますと、少なくない手間と時間を要しますが……」


「え、いいじゃん別に」


「いえ、いいじゃんと申されましても……片付けて頂かなければならない御仕事が溜まってまして」


「     」




 先程までの晴れ晴れとした表情は何処へやら、途端に苦々しげな表情へと切り替わったかと思えば、がっくりと項垂れてしまった『魔王』プリミシア。

 なるほど、この国の『魔法』関連部門の総責任者ともなれば、やはり多忙も多忙ということなのだろう。


 魔法少女関連のあれこれのみに留まらず、インフラ整備に安全性の立証に新技術の導入実証に各方面への対外交渉にと、彼女が抱えるタスクは天にも届かんばかり……ということらしい。


 ……まぁしかしながら、実際に『魔王』が当たらなければならない仕事とは……それらのうちの何割なのだろうか。

 前任者の居ない部署だからと、過去の蓄積データの存在しない分野であるからと、適任者に何でもかんでも押し付けているだけなのではなかろうか。




(…………スー、どう思う?)


『……実際に確認しないことには、何ともお答え致しかねますが……各種集積データの取り纏めや資料編纂程度であれば、代替稼働は可能かと推測致します』


(…………頼めるか?)


『はい。問題ございません。かあさ…………艦長ニグの御命令とあらば』


(ふふっ。…………ありがとうな)





 あからさまに元気の無いプリミシア局長に、うちの末っ子にして最も頭の回転の早い実務担当の出向を持ちかけたところ……興奮した様子で跳び上がったかと思うと、比喩ではなく泣いて喜んでくれた。

 なんでも実務担当を雇いたいとは長いこと思っていたものの、やはり魔法分野(というかの知識)に免疫のある者が殆ど居なかったらしい。……まぁそうだろうな。



 実際に業務に携わるのは勿論初めてだが、この子には全国関係省庁の実務データも(非合法な由来ではあるが)インプットされている。魔法畑の出自ではないが、それなりに立ち回れるだろう。

 また、以前私からの指示でネットサーフィンに専念していた際、業務効率化やコンサルティング系統の情報も(趣味半分ではあったが)蓄積していたらしい。


 それに……私達はそもそもが、ネットワークに侵入することで猛威を振るう情報生命体のような存在である。

 溜め込んだ知識量と生来の処理速度は規格外の筈なので、あとは現場での動きに慣らしていけば……まぁ、そこそこ以上の働きを見せてくれるのではなかろうか。



 ……そうしてプリミシア局長の業務改善化に貢献できれば、件の『意思疎通』の魔法を学ぶ時間も捻出できよう。

 またそれ以外にも、業務を通じて学べることは多いだろうし……私達の出自がかに勘付いたプリミシア局長が、しかし大手を振って歓迎してくれているのだ。問題は無いのだろう。



 無論、私達とて……彼女からの信頼をわざわざ裏切るような真似はするまい。

 あからさまな敵対行動を取られでもしない限りは、彼女達はこの国にとって、そして何よりも魔法少女達ディンの友達にとって、極めて有用な存在なのだ。




「詳しい契約は後日キチンと詰めさせて貰うが……とりあえず実務試験というか現場研修というか、直ぐにでもお手並み拝見というか手を貸して頂きたい! 無論、研修期間とて給与は支払おう!」


「…………ん。……おまぁせ、です」


「千万の感謝を!!」




 お互いに、腹の底に隠していることは多いだろうが……しかしそれでも『この国のため、住まう人々のため』との想いは、紛れもなく同じものだ。そこは揺るがない。


 新技術の確保に、また実務労働力の確保にと、プリミシア局長の利となるものは多いのだろうが。

 しかし実際のところは、当初の目的であった『意思疎通の魔法』会得の約束を取り付けたことだし……またこうして、合法的かつ平和的に、とびきりの諜報担当を送り込むことが出来たのだ。



 まったく……感謝してもしきれないな。




――――――――――――――――――――


※アポロ計画(Apollo program)

1961年から1972年にかけて実施された、アメリカ航空宇宙局(NASA)による月への有人宇宙飛行計画。

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