第32話 天・災・渦・導 13
ラシカ連邦大使館の声明に端を発した、地球外生命体の有無を巡る一連の騒動は……ほぼほぼ我々の望んだ形で、こうして幕を閉じることとなった。
日本国が被った被害は、所属魔法少女に軽傷者が1名。
それと……かの声明によって――信憑性の程度を問わず――様々な憶測が飛び交うようになったこと。それくらいだろうか。
一方で発端であるラシカ連邦に関しては、私はよく知らないが謎の事件が相次いだという。
曰く……ラシカ籍の留学生男性(53)宅に野生動物が飛び込んで暴れ回っただとか、少女が一人行方不明になっただとか、存在するはずの無い凶器が見つかって家宅捜索が入っただとか。
また本国においても、とある湖に巨大な未確認生物が出現、軍までもが出向いて大規模な駆除作戦を敢行するという大騒ぎだったらしい。
インターネット界隈では、例によって『アレは未確認生物ではない、ラシカ連邦が極秘に回収していた地球外生命体だ』などという
しかも……虎の子の秘密兵器であった大型レールガンまで持ち出しただとか、しかし反撃に遭って破壊されただとか。
あるいは……核弾頭保管基地のミサイルサイロが稼働しただとか、しかし
真偽のほどは定かではないが、それらの噂も証拠らしき画像とともに世界中を駆け巡っており……一連の混乱が相当だったことを窺わせる。
ただ一つ確かなことは、ラシカ連邦から日本に対する圧力的な発言が減ったこと。
とても不思議なことがあったようだが……私達は何も知らない。色々バタバタしててそれどころでは無かったからな。にほんは今日も平和です。
「お邪魔しまーす。……いや、毎度すまんな」
「んゥー! ごめんくーやさーい! ほら、ミミちゃんもあいさつ! にゃーって」
「ふふっ。……いらっしゃい、ませ」
扉がわりの襖を開けて私達がお邪魔したのは、とある一軒家の玄関ホール。
土間の設けられた玄関
この家を借りている名義人である少女は、そんな事態など全く気にした様子も無く。
慣れた様子でリビングテーブルに湯呑を並べ、慣れた手つきで茶葉を蒸らし、三人分の緑茶と二匹分のミルクが供される。
「……はい。どうぞ」
「ゥ! いただいます!」
「頂きます。……随分と手慣れたみたいだな。どうだ、暮らしぶりは」
「はい。……凍えなくて、あたたかい……助かる、でした。海も、青くて…………あと……買い物も、とても便利……です」
「…………これでも不便なほうらしいけどな。温かいのは同意だ」
「んゥー! おにわも、あたたかい。ミミちゃんもニニちゃんも、快適な環境! です!」
私達がお家の中に
こちらは私が
私達がこうして、ことあるごとに足を運んでいる……待望の地上拠点というわけだ。
先日、銀色の羽クジラと化した【シーリン・ハイヴ】の亡命を完了させ、果てない宇宙へ旅立つ彼らと別れを告げた私達。
その後は魔法少女達……特に実際に危害を加えてしまった【
あの二人は本当におおらかというか、いい子というか。また今度改めてお詫び……もとい、お礼をしなければならないだろう。
またその『ごめんなさい』の際に、シシナの来歴を(地球外生物のことをそれとなく
故郷を焼かれ辿り着いた先で人体実験の被験体とされた、などと聞かされては……現代日本に生きる者にとって、かなりショックであったことだろう。
そんな過去を持ちながらも、元・祖国からの支配を脱したことで自らの非を認め、心からの謝意を告げたシシナさん。
まだまだニホンゴはたどたどしく、表情の変化も控えめな彼女ではあるが……内に秘めた真摯な気持ちは、無事みんなに伝わったようだ。
その後はシシナの身元について、近畿第一の支部長経由で……よくわからないが国のえらい人へと『お願い』をさせて貰った。
その内容とはズバリ『生体兵器として扱われてきた彼女に、当たり前の生活を送らせてあげてほしい』という……わかりやすく翻訳すると『不法入国を大目に見て、ついでに滞在許可を下さい』といったもの。
……ハッキリ言って調子に乗った、落ち着いて振り返ってみれば割とふてぶてしいものである。
私にとって正直予想外だったのは……そのお願いが後日、あっさりと受理されたということ。
シシナは難民として受け容れが成され、諸般の事情により特例の在留資格を取得するに至り、魔法少女達『特定害獣対策本部』の協力者として、そこそこの地位を得ることが出来たのだ。
……私達が手に入れていないモノを、こうもあっさりと入手してしまえるとは。
ほんの一瞬『もしかすると私達も簡単に籍を用意して貰えるのでは?』などと厚かましいことを考えたりもしたのだが……しかし私達は現れてから時間が経ちすぎている。さすがに不審だろう。
背景を色々と調査され、ニンゲンではないことを突き止められ、墓穴を掘る結果となったら目も当てられない。
何だかんだで間に合っているのだ、わざわざ藪をつついて蛇を出す必要も無い。
……そう、現状で『間に合っている』のだ。
特別な在留資格を得たシシナが、極めて真っ当な手段で賃貸物件を借り、海沿いの
「……それで、例の提案だけど……どうだ? 無理にとは言わないが」
「あ……はいっ。え、と…………わ、わたしたち、で、よければ……力に、なれるなら、ぜひ」
「そうか。…………感謝する」
「い、いえっ! …………こちら、こそ」
「んゥ! ワタシ、共闘関係を歓迎します! シシナおねえちゃん、宜しくお願いします!」
「ふふっ。……はいっ」
ラシカ連邦の研究機関からの離脱を果たし、半身の親株たる【シーリン・ハイヴ】を星の彼方へと見送り、新しい名前と籍を得て身を落ち着けたシシナの……今後について。
融合した彼女と共に生きると判断を下し、親株から『分裂』した
侵食させた身体を用いた、こと至近距離での切った張ったにかけては……ともすると、私以上に強力な制圧力を誇るシシナである。
彼女を我々の戦力として迎え入れることが叶うのであれば、それはとても心強い。
私としても彼女の能力と、何よりせっかく繋いだ縁を無駄にしたくは無い。
定期的な
ラシカ連邦本国に居た頃は、実際『飼い主』からの命令で幾度か
私達と、そして日本国所属である魔法少女達の『お仕事』にも理解を示し、こうして力を貸してくれることとなった。
見た目の年齢はさておき……生体兵器となってから二十余年、実際の年齢では紛れもなく『お姉さん』である。
かつての自分のような、幼気な少女達が最前線で戦っている様子を目にして……彼女の中でも、何か思うところがあったのかも知れない。
とはいえ、常日頃から
彼女に出撃を求める際は、私かディンのどちらかが『お迎え』に来るという一手間が生じるわけだが……そもそも『転送』機能を用いれば大した手間でも無い。
加えて……彼女の頭部に内蔵された通信素子の機能を支援するため、スー特製のポケットWi-Fiのような小型通信機器も支給させて貰った。
私達からの通信はこの
地球規格外の連絡手段と、非常識な利便性を誇る移動手段。
これらがあれば距離の問題など、さほどの障害にはならないだろう。
「かあさま、かあさま。ミミちゃん、おさんぽ、海及び周辺環境の視察を希望しています!」
「わかった、行っておいで。危ないことしないようにな」
「んゥ! ミミちゃん、協働を開始します! いってきます!」
「はい、いってらっしゃい。……ニニちゃんは? お散歩は…………あっ、いいのね。……そっかぁ、お昼寝のほうが好きかぁ」
「……よかったら、艦長ニグ、も。……ニニさんと、お昼寝、どう、ですか?」
「…………………………」
都市部の喧騒から遠く離れた、
魔法少女達や対策本部からも、監視を継続してくれているスーからも、急を要する連絡は届いていない。
絶好のおさんぽ日和にして、絶好のお昼寝日和であることは……それは、確かなのだが。
「…………うちの、縁側、は……床は、ひんやり、陽射しは、あたたか。風は、気持ちいい、ので……お昼寝、おすすめです、よ?」
「そ、ッ……そこまで言うなら…………じゃじゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……私も、ちょっとだけ、昼寝させて貰おう……かな」
「はいっ。……クッション、使ってください」
「…………助かる。……行こっか、ニニちゃん」
「ふふっ。……ごゆっくり」
新しい仲間と、新しい環境を手に入れた私達の、これまたのんびりと
陽が盛大に傾いでから、ディンとミミちゃんがようやく戻ってくるまで……それはそれは健やかに続いていたという。
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