第31話 天・災・渦・導 12




 私の生きていた時代から半世紀も経てば、この世の『常識』も少しずつ移り変わっていくものだろう。

 そんな中、私は漠然と『成層圏まで上がってくれば大丈夫』などという考えのもとで動いており……まぁ事実、航空兵器による追撃はほぼほぼ止みつつあるのだが。


 まさか、ここへ来て……の攻撃を受けることになろうとは。

 正直に言おう。全く予想だにしていなかった。




『――――報告。共振防護障壁への着弾。第一層の貫徹を確認致しました』


「ッ! 油断した! お客様は無事か!?」


『報告。共振防護障壁第二層消耗率72%、第三層以降は健在です。航行に支障は――――第二射の着弾を確認』


「………………」


『――――共振防護障壁第二層、第三層の貫徹を確認。第四層消耗率18%。共振端末無人機ドローン陣形を再編成、全周防御より正面防御へ』


「……ッ、任せろ。私が何とかする。蛇行して少しでも掻き回せ、直進するな」


『…………申し訳御座いません、艦長ニグ』


「気にするな。この局面での兵器を投入してくるなんざ、私だって想定しちゃ居なかった』




 地表からこれほどまでに距離が空いてしまったことで、逆に他の攻撃基地の射角に入ってしまったのだろう。

 別々の地上拠点から、立て続けに二射。お客様を守る防壁へと着弾した砲撃は、憎たらしいことに確かな攻撃性能を発揮してしまっている。


 電磁加速によって弾体を超高速で射出する次世代の照準砲撃システム、対空レールガンの高精度射撃……その弾体は理論上、100から180キロメートル先まで飛翔するという。

 かなりの高空まで昇ってきたとはいえ、現在の高度はまだ2万メートル前後。一部の迎撃戦闘機は未だ喰らいついて来る高度であるし、我らが揚星艇キャンプよりもまだ高度は低いのだ。

 ……普通に、有効射程圏内と言えるだろう。だからこそ現に二発も叩き込まれているわけだ。


 陣形を変え、後方からの防御に専念している無人機ドローン編隊……その防壁は厚みこそ増しているものの、先程までの滑らかなものとは装いを変え、ところどころ明滅し斑となっているようにも見える。

 お客様たる【シーリン・ハイヴ】は今のところ無傷であるが、事実として防護障壁の第一層が貫かれ、そこに第二射を叩き込まれたのだ。

 急ぎ障壁の修復を試みてはいるものの、こうも連続して撃ち込まれてはさすがに少々マズいかもしれない。

 母艦や揚星艇キャンプの障壁強度はこんなものの比じゃないが……さすがに小型無人機の編隊で形成する障壁には、色々と限界があるのだ。



 やはりここは私の出番だろう。障壁のように『打ち消す』のは面倒だが、先程までのAAMのように『逸らす』のであれば得意分野だ。




「スー、後方カメラ映像送れ。あと発射地点の特定急げ」


『了解。船外カメラ映像、繋ぎます。発射位置を特定。座標を提示致します』


「三箇所かぁ……! よくもまぁ展開しやがって……まだ試作兵器の筈だろうに!!」



 地図上では、そろそろラシカ連邦領から抜ける筈。とはいえこちらは隣接している国も無く、航空戦力は引き続き付き纏って来ることだろう。

 人々の営みが無い方へと、北極方面に進路を取ったことが仇となった。東西に広いラシカ連邦領内、その全ての対空レールガンが揃ってこちらを凝視しているのだ。



 ……とはいえ、私とて疲れ知らずのアンドロイドである。

 長らくミサイルを捌き続けた一件で酷使された主演算素子は短時間とはいえクールダウンを済ませており、パフォーマンスはいつも通り。

 本調子の私であれば、この程度造作も無い。たかだか直線軌道の投射攻撃程度、幾らでも弾き飛ばしてやろうじゃないか。





「…………あの、艦長」


「どうしたシシナ。やっぱ先に退避しとくか?」


「い、いえっ。…………その、【イー・ライ】から……提案、です」


「え? なん…………えっ?」




 大国の意地だとでも言いたいのだろうか、執念深く砲撃を継続してくる三箇所の地上基地。

 ミサイルの類とは異なり、極めて直線的な軌道を描くその砲撃は、無力化すること自体は比較的容易であるのだが。


 三箇所の砲が立て続けに唸りを上げ、結果平均して二秒に一射程度のペースで砲弾が飛来する。

 三本の矢、というわけでは無いのだろうが……その畳み掛けるような連射は凄まじく、いつ止むとも知れない猛攻にはさすがに辟易していたところだ。



 そんな折、我々が護衛している【イー・ライ】から届けられた『提案』とは。

 まさにこの状況を打開する一手であること、それは恐らく確かなのだろうが……実際に見たことなど無い手段だったがために、直ぐに肯くことが出来なかった。


 しかし……ほかでもない【イー・ライ】本人(?)が、こうして協力を申し出てくれたこと、それ自体は。

 私達にとって、非常に嬉しいことであった。





 宇宙への入り口、成層圏の空を悠然と泳ぐ銀褐色の羽クジラ。

 その長大な翼に備わる羽毛のような羽の数枚が、空を殴り飛ばさん程に大きな羽ばたきによって散らされる。


 舞い散った数枚の羽根、それらは空中にて姿を変え……槍のように細く長く、そして鋭く尖っていく。

 方向制御のための小羽根を数枚生やした、長細い金属塊。それは奇しくも先程まで雲霞の如く押し寄せていた、空対空ミサイルのような形状にも似ている。



 高度2万メートルにて放たれた銀褐色の槍、それらはまるで各々が意思を持ったかのように姿勢制御を行いながら……重力に引かれるが儘に大気を掻き分け、どんどんと加速していく。


 それらの向かう先とは、言うまでもない。砲撃角度からスーが算出し、様々な情報を統合した結果特定するに至った、ラシカ連邦陸軍の研究基地。

 それはほかでもない、現在も砲撃を続けているレールガンが配備されている地上施設である。




『観測結果。【シーリン・ハイヴ】翼部より分離した飛翔体は、極めて高い比重を持つ金属物質であると判定致します。高高度より方向補正を行いつつ落下、加速を積み重ねつつも微細な軌道操作を自身で行い目標地点へ向け飛翔する、高精度な対地攻撃手段であると判断致します』


「自前で誘導を行う対地貫徹弾……それで砲を沈黙させよう、ってわけか」


「……そう、です。……【イー・ライ】、『みんながひとつ』だから……剥がした槍を、動かす、子…………槍は、そのまま、おちてぶつかる。中身だけ、ぶつかる直前、帰る」


『地表目標へと着弾した高質量貫徹弾頭は、いわば『抜け殻』となっているのでしょう。仮に【イー・ライ】由来の地球外金属を回収されたところで、そこに内包される意識は親株へと回収される。以前のように実験体として用いることは不可能であると判断致します』



 私が重力干渉による回折防護を行っている間、槍へと姿を変え放たれた【イー・ライ】はぐんぐんと加速していき、砲撃の発射地点へと突き進んでいく。

 高度2万メートル、目標までの直線距離にして倍はあろうかという距離を十数秒で駆け抜け……やがて唐突に、ぱったりと砲撃が止む。


 恐らくは重力以外にも、彼ら自身の性質に依る加速が加えられていたのだろう。

 掴む大気も、足場となるものも存在しない宇宙空間にて進路を制御するための、恐らくは何らかの力場を用いているであろう速度制御。



 それを十全に用いての『体当たり』は……少なくとも砲台を破壊するには、充分以上の破壊力を秘めていたようだ。



 …………さすがに距離があるからな、私は見ない。何も見ていないからな。だから絶対に私は何も知らないぞ。






『――――報告。第二目標高度へ到達致しました。通常航空戦力による追撃は、完全に振り切ったと判断出来ます』


「……他に稼働中の新兵器とか無いよな? 例えば攻撃衛星とか……存在しないよな?」


『用途を『対空攻撃性能』にてフィルタリング、該当情報の走査を開始致します』



 航空機による攻撃範囲からは、ほぼ離脱したと判断できる。

 地表からの直接砲撃も、それを担う砲台の無力化を達している。


 他に考えられるとしたら……たとえば大気圏外に攻撃プラットフォームがあるとか、ロケットじみた打ち上げが成される機動兵器とか、それこそ空想作品に出てくるレベルだろう。

 とても現実的とは思えないし、かの国がそんなものを作っているなどという機密情報は聞いたことが無い。


 結果として……やはりというか、そんな突拍子も無いものは存在しなかったらしく。



『――――報告。ラシカ連邦内における該当軍事作戦行動、検出されませんでした』


「…………………………終わったぁー!」


『はい。これにて戦闘状況を終了、第二警戒状況へ移行します。…………皆様、お疲れ様でした』


「おつかれ……でしたっ!」




 こうして、私達『猫の目』小隊(※非公式)による軍事研究施設潜入、および被検体【シーリン・ハイヴ】亡命作戦は。


 私達の完全勝利にて……無事に幕を閉じたのだった。










――――――――――――――――――――












「それにしても……核弾頭とか撃ち上げて来なくて、本当に助かった。さすがにそれくらいの分別は弁えていたか」


『………………そう、ですね』


「そりゃそうだよな、上空で放射線なんぞ撒き散らしたら……どれ程の範囲に拡がって、どんな被害が生じるか……それこそ地球規模の大問題になる。さすがにそんな真似はしないか」


『………………』


「…………………………おい、嘘だろ」


『………………報告』


「アアアアアアやめろ! 聞きたくない! 私は何も聞いてない!」




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