第19話 資・源・調・達 4




 何やらきな臭くなってきた『隕石騒動』の対処も、それは当然優先すべきことなのだが。

 それよりも先に……私が今日この場へと足を運んだ目的を、先に達成して置かなければならないだろう。


 対外折衝やら何やらは、普段安穏としている政治家先生方に任せてしまえば良いだろう。

 国どうしの腹の探り合いなど、私達ごときが役立てる筈も無いのだ。




「ディン、以前調べたときのサイズ……覚えてるか?」


「? ……ゥ? サイズ……寸法数値? ゥー、んゥー……かあさま、主語の提示を求めます」


「だからな、その……身体の一部、っていうか……むね、胸部とか」


「んゥ! ワタシ、記録されています! ワタシEの65、かあさまBの――」


「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て」




 危うく、危うく公衆の面前で、カップサイズを暴露されるところだった。

 というかディンは恥ずかしげもなく暴露していたが……まぁ、覚えてくれているのならそれで良い。

 ……良くはないが。帰ったらちゃんと言って聞かせなければ。



 基本的に身体の成長など有り得ない私達は、一度でも計測した身体寸法数値が変わることは無い。

 以前エモトさんらの協力のもとで計測した謎の符号『E65』および『B65』のコードさえ所持しておけば、いつ何処の店舗であろうとも丁度良いサイズのものが調達できるというわけだ。


 積極的に出歩こうと決めた以上、同じ衣服を着続けるというのも違和感が強いだろう。

 衣服とは毎日汚れが蓄積するものであるし、ヒトは季節ごとに『衣替ころもがえ』をする性質を持つ生物なのだ。


 私の目的とは他でもない。他者に不快感を与えない新たな衣装バリエーションの実装、および快適な下着の追加調達である。




「かあさま、かあさま。ワタシ下着、これを選択します」


「黒かぁー! …………すごいなディン、本当にこれで良いのか? 3つとも黒? せめて1つくらい白とかにしない?」


「んゥー……かあさま下着、白および白に近しい色相概念、パステルカラーを選択します、確認しました。別個体の下着、混在は不適切、ワタシは判別の容易化を提案します」


「…………色々考えてくれたんだな。ありがとう、ディン」


「んへへェ〜〜」





 私達の身体機体は老廃物を排出しないので、極論を言えば履き替える必要などほぼ無いのだが……衣装を着替えるのなら下着も替えたくなるのが、ヒトとしてのさがというものだろう。

 親しき仲にもなんとやら、というのはまた違うかもしれないが……ヒトとしての常識的な思考や文化、習性などを順調に会得しているディンは、それらの経験をもとに自分の意志で『そうしたほうが良い』との結論を下したようだ。



 確かに……たとえ家族や兄弟、それこそ双子の間柄であったとしても、下着を共有するのははばかられるというケースは多いのではなかろうか。


 単純に効率のみを求めるならば、同一規格の下着を私とディンとで共有するほうが効率的と言えるだろう。

 ただそれは突き詰め過ぎてしまえば、『履き替えない』を経て『履かない』まで行き着いてしまう可能性も秘めており、それは到底『人間らしい』とは言い難い。



 効率や能率を最優先せずに、人間としての感性に基づいて物事を判断し、取捨選択を行う。素晴らしいことだと私は思う。


 たとえそれが単なる模倣であったとしても、それでも人間としての思考そのものに価値を見出し、近づかんとしてくれている。

 彼女は『近付こう』と判断するに足るだけの価値を、人間に認めてくれたのだ。



 私はそのことが、たまらなく嬉しい。




「……あの、店員さん。すみません、この子に似合う服……選ぶの手伝ってくれませんか? 予算はこれくらいで」


「…………ゥ?」


「ディン、好きな服選ぼうな。いろんなの揃ってるから、ディンに似合うやつ色々試せるぞ」


「んゥー…………あいっ!」



 近くを巡回していた店舗スタッフを呼び止め、しばしの拘束と協力を求めてみれば、女性スタッフは目を輝かせて快諾してくれた。

 私やディンに服飾センスは皆無なので、自力でのコーディネートは絶望的。ならばいっそ丸ごと頼ってしまったほうが良いだろう……とは、エモトさんからの助言である。


 店員女性の感性とディンの判断に全てを委ね、頼れるプロの選択を信じ、娘を着飾るための品々を調達していく。

 私の分は……前エモトさんが選んでくれたようなやつで、デザイン違いでも用意しておけば良いだろう。




「かあさま、かあさま。ワタシ、警告します。逃走を抑止します」


「えっ?」


「ワタシ同様『この子に似合う服』、適応を依頼します! かあさま、似合う服! 定義感情『カワイイ』に該当、ワタシは要望します!」


「あっ…………」




 ……本当に、この子は賢くて。


 そして…………目敏い娘だ。












――――――――――――――――――――















『……すまない、待たせたか』


『問題ない、時間通りだ。気にするな』


『…………そいつが?』


『あぁ。能力値も申し分なく、現在は感情値も安定している。本国から取り寄せただ』


『…………ぞっとしない話だ』




 緩やかなテンポのジャズが流れる落ち着いた空間、高級志向コーヒーショップの片隅。

 奥まったボックス席に着き、コーヒーを嗜んでいた一人の男。遅れてやってきたもう一人の男が合流し、そこに会話が生まれていく。


 この国ではあまり馴染みのない言語での……聞き耳をたてられたところで内容が漏れよう筈も無い密談が、ひっそりと幕を開ける。




『オーダーの品はこの中だ。パスは02152013……まぁお前達には覚えるまでもないだろう?』


『あぁ。同志の協力に感謝する』


『確認だが…………本当にやる気か?』


『当然だ。でなければわざわざ貴重な適合例を、極東の僻地なんぞに取り寄せたりするまい。丁度良い実地試験だ、本国の研究者連中も喜ぶだろうよ』


『勝算はあるのか?』


『無論だとも。我が国の技術が小国に劣るなど、在ろう筈が無かろう。生意気にも『魔力』だなどと言い換えていようが……平和呆けした僻地の島国如きが、地球外技術の扱いで我が国に敵う筈が無い』


『…………この国には『魔法少女』とやらがいる。油断していては足を掬われるぞ』


『はっ、恵まれた『お勉強漬け』の小娘に何か出来るとも思えんがな。……わざわざ手間を掛けて稀少なを取り寄せたのだ、その分は働いて貰わねば困る』


『しかし……』


『随分と心配性なのだなぁ、同志は。それともこの国にほだされたか? ……この国の慣用句にも在るのだろう? 解り易いじゃないか。『目には目を』……『魔法少女ヴェージマ』には『天遣いシーリン』を、だ』


『…………忠告はした』


『忠告のみに留めて置くが良い、臆病者め』




 後から合流を果たした男は、しかし注文さえすることなく『用は済んだ』とばかりに席を立ち……対面に座る二つの人物へと、それぞれしかめた視線を向ける。


 片や、尊大な態度を憚らない隆々とした大男へ、不快感も顕に鋭い嫌悪の目を。

 片や、何処を視ているのかさえ判らない、ぼんやりとした貌の少女へ……憐憫の目を。



 しかしながら、どれだけ意に添いかねる現実を突きつけられようと、彼にはもはやどうすることも出来はしない。

 名目上は同じ立場、志を同じくする者同士の間柄とはいえ……所詮は末端の潜入工作員に過ぎない彼には、本国が推し進める計画に口を挟む権限など在りはしないのだ。



 この国の『魔法少女』と、彼の祖国が送り込んだ『天遣い』。

 どちらも同じ年頃の娘であろうに、生まれ育った環境が違うだけで……こうも違うモノへと成れ果ててしまうとは。


 この時代の残酷さと、世界に蔓延る不条理や不平等を……彼は嘆かずには居られなかった。




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