第8話 趣・味・開・拓 8




 私の『拠点からでもインターネットしたい』に端を発する、この数日に渡って我々の身の回りで起きた、一連の出来事について。

 それなりに大きな変化も幾つか在ったので……ひとつ、ここらで軽く纒めておこうと思う。




 まず、何よりも。

 我々の母艦内において、地球文明Wi-Fi規格の通信電波が飛ぶようになった。


 それと併せて、魔法少女達と本格的に協働を開始。そのための通信手段として、専用の通信機器スマホの提供を受けた。



 もって……当初の目的であった『拠点からでもインターネットしたい』を、見事に達成。

 情報収集に、連絡のやり取りに、余暇の充実にと……我々の生活水準は現代的なものへ、一気にランクアップを果たしたのだった。




「わぁー…………すごいな、ディン。何冊借りてきたんだ?」


「んゥー? うー……はちさつ!」


「…………ソノダさんにちゃんとお礼言いなさいね」


「あい! リサおねえちゃん、ワタシ感謝、身体で払います! 同意しました!」


「ちょっと次私も同行するわ」


「…………んゥー? ゥ!」



 加えて……先述のネット環境整備による副次的な効果として、他でもない『魔法少女』達との直接的な連絡手段を獲得。

 現在我々の所持する通信機器スマホには――私が『知っている』『知らない』問わず――数十人単位の『魔法少女』達の連絡先が、バッチリ登録されているのだ。



 それら連絡先のうちの一つ、ディンいわくの『リサおねえちゃん』こと【星蠍スコルピウス】には……うちのディンが殊更にお世話になっている。

 この娘ときたらまったく、よくもまぁそんな抜け道を思いつくというか……他でもない『ソノダリサ』さんの貸出権利を間借りする形で、この母艦宇宙空間まで図書館の書籍を持ち出す手段を見出してしまったのだ。


 現在借りている書籍は……今日は、様々な国の文化や特色に関する『地理』関連の分野だろうか。

 例の図書館では一度に10冊まで借用できるらしく、つまりソノダさんが2冊借りれば残り8冊分の『空き』が生じるわけで……そこを目敏くも狙ったわけだ。



 呆れるというよりは、素直に感心した。早くも通信機器スマホとそれがもたらす利便性を使いこなし、かつ(大っぴらには)違反や犯罪行為に及ぶことなく、こうして己の欲求を達成してみせたのだ。

 いやはや……やはりうちの娘は賢い。賢くて可愛い。最強か。



 観測機能や演算処理部に上方修正が施されたモデルとはいえ、少なくとも根底の部分では私と同等の機体であるはずなのだが……やはり『この身体機体で生まれた』という事実がそうさせているのだろうか、ディンはその高性能っぷりを遺憾なく発揮してくれている。

 一方の私はというと……どうしても生前の記憶と習慣に固執してしまうのか、いわゆる『人間離れした挙動』を取ることが少々難しい。

 私もその気になれば、たとえば某大国の軍事システムに侵入してICBMの発射システムを掌握することだって出来てしまう筈なのだが……やはり常識的な思考の壁が邪魔をしてしまい、足が竦むというか、どうしても尻込みしてしまう。……いややろうとは思わないが。


 差し当たっては、向き不向きということで納得しておこう。

 ディンが好き放題ホーダイやり過ぎないように、私がしっかりと目を光らせ……目に余るようならお仕置きしてやれば良い話だ。




 また……惑星地球に対する電波通信の確立によって、その日常ルーチンに大きな変化が生じたのは、ディンだけでは無い。




「…………で? 調子はどうだ、スー」


『回答。現在惑星地球内適用言語パッケージ『CHINESE』および『ENGLISH』のインストールを施行中であると報告致します』


「真っ先に国外に目を向けたのか。……いや、別に悪いってわけじゃ無いが」


『回答。惑星地球原生知的生物ヒト種コロニーにおいて、国家単位『日本』の占めるパーセンテージは極小であると判断致しました』


「まぁ確かに…………あぁ、それで中国語と英語か」


『肯定。惑星地球内における普及数より、言語パッケージ『CHINESE』および『ENGLISH』を主要普及言語り得ると認識。惑星地球内マジョリティを理解する上で不可欠であると判断致しました』


「んーー…………その認識は間違いじゃないが、悪いけど私らは国外に出る予定は無い。日本国内の情報収集を優先してくれ。……あー、言語パッケージのインストール終えてからで良い」


『了解。優先タスクを国家単位『日本』関連情報収集へ設定致します』


「悪いな。私の指示が問題だった。お前の判断は何も間違ってない」


『…………了解』




 異星生まれの別銀河育ち、いち艦艇の管制思考に過ぎないスーではあるが……今となっては私の魂に由来する様々なデータ、そして何よりも私がディンの情緒を育むために掻き集めた資料の数々を入力されているのだ。

 自らを『艦艇の管制思考』と定義するあまり、その立場が揺らぐことは無かったが……要するにこいつは『ディンが持つものと同等の情報を入力されている』のであって。


 つまりは……ディンと同じく『自我』と呼べるものを確立していたとしても、何らおかしくはないのだ。



 元は魂など存在しない機械の身体に……私の魂の欠片と共に、私が掻き集めた様々なデータを入力して生まれた、私の娘。

 今となっては『生きている』と言っても差し支えないであろう程に、高度な自意識や判断基準や情緒を培うに至った彼女。

 その実例を間近で見てきただけに、私はついを期待してしまっているのだろう。


 ディンに比肩し得る可能性を秘めたこいつは……もはやただのAI管制思考の枠に収まらない、別の存在へと進化しようとしているのではないか、と。



 だからこそ私は、こうしてスーに『地球の様子を観察する』ことを指示し、それによって何かしらの影響が生じることを期待している。

 あわよくば前例であるディンのように、情緒豊かな個性を創出して欲しいところだが……そこまで届かずとも、この空気読まない管制AIが柔らかい思考を身に着けてくれることを期待し、暇さえあればネットサーフィンを嗜むようにと指示を出しているのだ。


 一朝一夕で成果が出るとは、さすがに私も思ってはいない。

 ディンの成長を見守るのと同様、長い目でじっくりと付き合っていこうと考えている。




 そうしてこうして……ディンは『読書』、スーは『地球観察』を新たなる日課として採り入れ。

 航宙調査艦スー・デスタ10294およびその搭乗員たちは、地球文明の影響を多分に受けていき。


 娯楽の皆無であった宇宙船内には、地球由来の賑やかな音が響くようになったのである。












――――――――――――――――――――













 ……一方、私はというと。



 魔法少女【麗女カシオペイア】こと『カシハラ・セナ』にそそのかされ、世間への発信手段としてSNSアカウントを取得。

 いわく『公式から供給されればわざわざキケンなことせんで済むやん?』とのことで、言われてみれば確かに一理あるように思えたからこそ、いざ動いてみたのだが。


 しかし……アカウントを開設して、わずか十分そこら。

 偽物ではないことを証明するために、自撮り(※自宅バレ防止の為、ちゃんと地表の某所で撮影したもの)を一枚投稿したところ……その反響の数と通知の数が恐ろしいこととなってしまった。


 ……ので、通知をオフにして封印することにした。何も見なかったことにしよう。



 ま、まあ……べつに無くても困らないし。




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