年貢の納めどき

あぷちろ

ジョナサンは後悔している(今日だけ)

 どぱん。

 凡そ、人体から発されるべきではないけたたましい音を立てて醜く肥え太った男が道端に倒れる。

 男は鼻から血を吹き出し、掛けていたメガネを道路へ投げ出してジョナサン・グラスファットマンは道端へ転がり倒れた。

「こンの! クソ店長!」

 ジョナサンはどうしてこうなったのか、鼻から流れ出た血液を舌先でなめとりながら考えた。

 上方をねめつけるように見上げると、吊り目のアジア人がかんかんに怒り、唸り声を捻り出しながら自分を見下していた。

 彼の名はミカウ・ミミカミ。由緒正しい日系アメリカ人5世で、ジョナサンが経営するタコスショップの店員だ。

 人手不足に喘いだジョナサンが、電柱の張り紙求人で雇った人物で、朴訥とした気の良い青年だ。

 ……今は見る影もないが。

 ジョナサンには彼がこうなってしまった経緯に心当たりがあった。

「すまないよ、ミカウ。ミーちゃんに俺特製『ブッ飛びカッ飛び』チーズタコスを与えるべきじゃなかったんだ」

「当たり前やこのボケぇ! 猫になんでタコスなんかやんねん! こンの社会不適合者」

 ミカウが正に猫可愛がりしていた、飼い猫のミーちゃんに、祖父母直伝のハーブをふんだんに使ったタコスを与えたのだ。

 すると不思議なことが起こり、ミーちゃんは二足で歩行しだし、メスであるのに野太い声で鳴き始めたり、挙げ句の果てには街の売人に喧嘩を売ってしまったのだ。

 その結果、飼い主であるミカウはその始末に奔走し、原因であるジョナサンを殴り飛ばしたというわけだ。

「戻せよ! ワイのミーちゃんを、元に、戻せよ!」

「すまないよ、ミカウ。一度変わってしまったモノは元には戻らないんだ……それが世の中ってもんだ」

「何したり顔で説教してやった、風になってんだ!」

 ジョナサンは肉に埋もれた顎を蹴り上げられ、後頭部をコンクリートに打ち付ける。常人であれば致命傷であったが、持ち前の肥大した贅肉が頭部を守ったようで、軽い切り傷がついたくらいだ。

 ぼやける視界の中、ジョナサンはそこいらに落ちているであろう自分のめがねを探す。

 怒り狂う青年を説得するためには、まずは自らの視界を取り戻さなければ。

 手探りで見つけためがねを掛けると、滲んでいた視界が元に戻り、ミカウ青年の鬼の形相が良く見えてしまった。

「ヒッ」

「まだは済んどらんぞ店長……!」

 振り上げられる拳、ジョナサンは深く自分の行いを後悔して、今日くらいは祖父母直伝のハーブを吸うことはやめようと、そう思った。

 

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