玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学

柴石 貴初

第1話 第1話 カップル限定メニューって言葉を見るだけで、もう辛くなるんだよね

 山深き崖に、人の世を見下ろす様に佇む館。それが放つ、淡く灯る氷の怪しい魔力と、壮麗な館の意匠は見る者の心を惹きつけ、惑う子羊達を手招く。しかし迷い込んだ彼らに安息の地は無い。何故なら、そこには柔らかく乾いた干し草の代わりに凍てつく氷塊、暖かな暖炉の代わりに骨の芯まで凍える恐怖が待ち受けているからだ。 

 今宵も一組の獲物が館に迷い込んだ。しかし彼らは大人しく生け贄として供される子羊ではなかったようだ。彼らはその力と知恵によって、数々の試練を乗り越えて、ついに最奥の大広間へとたどり着いた。


 「ほお、よくぞここまでたどり着いたな――――」


 しかし彼らにとって真の試練はこれからだろう。

 どこからともなく聞こえる、美麗な男とも女ともつかぬ声音に、冒険者たちの間に緊張が走った。


 「僕はこの玲瓏館当主――――」


 その言葉と共に広間の中央が氷の渦に巻かれ、その中に一人の少年が現れた。渦巻く障壁の中から覗く、黒く艶やかな髪は怪しい魔力を纏い、整った顔の造形と年端もいかぬ背恰好に似合わぬ、残忍に歪む藍色の瞳は、見る者に背筋が凍るような恐怖を与える――――


 「今だ!殴れっ!」


 「うん!!」


 「おう!!」


 「承知!!」


 ――――はずだった。


 「――――エルハルト・フォン・シュv――――」


 少年が名乗りを終える前に、四人の冒険者たちの容赦ない集中砲火が、彼が纏う氷の障壁を襲った。


 『エルハルト様、80%でございます』


 『え、あ、うん……って、なんか早くない!?』


 『早く次の台詞を』


 『あ、ああ……』


 「…………ふん、期待外れだな、その程度ではこの僕に傷一つ付けることは出来ない。――――良いだろう、今宵は特別に……」


 『……50%』


 『えっ……?っていたっ』


 頭上にでかでかと表示されたHPゲージが50%を下回って、少年が纏う障壁が強制的に解除された。

 困惑する少年の横を銀色の影が駆け抜ける。


 「エルハルト様の忠実なる僕、玲瓏館メイド長のメイリでございます。以後お見知りおきを――――」


 主の台詞を待たずにそのメイドは飛び出る。玲瓏館のメイド長は仕事が出来る女だった。銀の眩いばかりの長髪が月夜に揺れ、その長身が躍動する。手に持った斧槍(ハルバード)が冒険者たちの一人を捉え、間に入った防護魔法(プロテクション)を粉砕して、手痛いダメージを負わせた。


 「ぐおおおお、いってえええええ」


 メイリの攻撃をもろに食らった冒険者はその痛みのあまり、大きく悲鳴を上げた。しかし冒険者たちの攻撃は止まらない。あろうことか、メイドの手痛い攻撃を食らった冒険者でさえ、回復役(ヒーラー)の治癒術を受けながら、その痛みとメイドを無視して、館の主に攻撃を集中させた。


 「うおおお!!殴れーー!!ダメージは気にするなー!!任せろ!!お前らのオート(手動)ヒーリングスキルは無限大だーー!!」


 「ふっ…………そんなん……がふっ――――じゃ俺たちに傷一つ付ける事は――――がっ――――出来ないぜ…………ぐふっ―――」


 『はあ……30%でございます』


 『お、おう……』


 ハルバードを振り回しながら、淡々と仕事をこなしていたメイドは、視界内に映る主のHPゲージがすでに既定の数値以下になっていることに気付いて、メイドは攻撃の手を止め、主に念話を飛ばした。

    

 「もういい、遊びはこれまでだ――――玲瓏館当主、エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクが命じる!――――」

 

 今度こそ名を名乗りきることが出来た少年は、そのことに感動する間もなく、詠唱を開始した。少年の詠唱に合わせて、メイドを不可思議な青白い月のような色の魔力が包む。きっと彼らには起死回生の秘策があるのだろう。

 

 ――――だが時すでに遅し。


 「来たぜ!!」


 「今だよっ!!」


 「パワーをメテオに!!」


 「良いですとも!!」


 冒険者たちを赤く輝くオーラが纏い、詠唱を始めた冒険者の一人に力が集まっていく――――


 「白き月よ!ここに真の姿を――――ぐえ………」


 冒険者から放たれた全てを押しつぶさんとする巨大な隕石が少年を襲って、無残にも少年は蛙が馬車に引かれたときのような声を発して、その詠唱を中断せざるを得なかった。


 『エルハルト様、10%でございます』


 『わかってる……!』


 しかし、少年はまだ倒れない。何故ならまだ仕事が残っているからだ。


 「――――……貴様ら、なかなかやるじゃないか……もういい、特別にこの僕自らがこの究極の魔の真髄――――」


 「おっ、DPSチェック入ったぞー」


 「やったね、メイリンスキップ成功だよ!」


 「勝ったな」


 「――――ああ」


 少年は勝ち確モードの冒険者を尻目に最後の仕事を完遂した。


 「――――の理をこの場に示せ――――いてっ……」


 『エルハルト様、0%です』


 『…………』


 「――――ば、馬鹿な………なんだこの力は……この僕が、こんな下等な種族に………うあああああ」


 ポロリン――――


 軽快な、はねる琴のような音色が響いて、何処からともなく、宝箱がだだっ広い広間の中央に出現した。


 「うーん、3分は切れなかったか………」


 「そんなのどうでもいいじゃんっ、メイリンスキップが出来るようになったんだから、そのくらい誤差だよ誤差っ」


 「サブオプガチャか………笑止っ――――」


 「勝負だっ」


 皆が思い思いに割り当てられた戦利品を受け取り、一喜一憂する。その様もまたダンジョン攻略のあはれなり。


 ――――――…………


 「くそ!何もあはれじゃねえよ!あはれなのはこっちだよ!」


 館の中枢にある大結晶の前に転送されたエルハルトは、謎の石材からできた床の冷たさを頬に感じながらわめいた。


 「落ち着いてください、エルハルト様。その分仕事が少なくなっていいじゃないですか」


 先に転送されて、エルハルトを待ち構えていたメイリは、わめく主を見下す様にその前に立って、涼しげな顔でそうのたまった。 


 「少なくなってるのはお前だけだよ!なんだよメイリンスキップって……ただ単に僕がボコられてるだけじゃないか!」


 「それが仕事ですから」


 「いや、お前今回ほとんど仕事してないじゃん――――ていうかそもそも台詞と演出が長すぎるのがいけないんだよ。なんで20%ごとに台詞があるんだよ。こっちは魔導士だぞ?台詞で詠唱できないから、その間ほとんど何も出来ないんだよ!」


 「まあ普通は無敵フィールド張られますからね。でも創造主様(お母様)はそういうの嫌いでしたから……」


 「ぐぬぬ……」


 「あのう………」


 リスポ――エルハルトたちは創造主たちにならって大結晶がある部屋をそう呼んでいた――の扉を恐る恐るといった体で入ってきたのは、メイリと同じようにメイドの衣装を纏い、銀の髪を煌めかせた小柄な少女だった。


 「ああ、なんだメア」


 メアと呼ばれた少女は、言い合う二人におどおどとした態度を見せながらも、自らの仕事を完遂させるために言葉を紡いだ。


 「お客様がフォトオプションをご希望です」


 「そうか、わかったすぐ行く」


 思わずエルハルトは自分の口調が柔らかくなるのを感じた。


 「ありがとう、メア」


 「はい!!」


 それはメイリも同じだった。柔らかな口調でメイリはメアにお礼を言うと、二人の返事を受けたメアは笑顔でお辞儀をして、次なる仕事へ向かうために、そのままとたとたと走り去っていった。


 「はー、お前の妹は働き者だなー、誰かさんとは違って」


 「そりゃあ、そうですよ、私の妹なんですから」


 絶妙に噛み合っていない会話を繰り広げつつも、可愛らしく走り去るメアにメロメロの二人はそんな事気にも留めなかった。きっと二人の弱点はあの少女であることは間違いなさそうだった。


 「――――あ、そういえば、知ってましたかエルハルト様、うちのフォトオプ率全ダンジョン中3位らしいですよ、比較的低難易度で周回も楽なのに」


 「――――ああ、フォトオプ……?ああ、フォトオプね……フォトオプかあ……」


 緩んだ空気の中、これから味わうことになる憂鬱な気配を感じてエルハルトは途端に怪訝な顔になった。


 「てか、そんなん、どーでもいいわ!そもそも僕は元からそんなのやりたくなかったんだ。このみすぼらしい姿を見ろ、何がフォトオプじゃい、これじゃあただの公開処刑じゃ」


 「これも仕事ですから」


 「だからおめーは新品じゃねえか。くそ!!」


 エルハルトはぶーたら不満を垂れながらも、メアの仕事を無駄にしないために、立ち上がってぼろぼろの衣装のまま“リスポ”の出口に向かった。メイリもそれに続く。


 演出の為に落とされていた照明が灯って、すっかりただの小洒落た洋館の広間のようになっている玲瓏館のエントランスにはもうすでに四人の冒険者が集まっていた。


 「あっ、エルきゅんだっ!やっぱぼろエルきゅんが一番かわいい!!」


 「ああ、メイリさん……新品の彼女を撮るためにいったいどれほど装備厳選をしたか……」


 「――――ふつくしい……」


 「あ、タイムは右下にお願いします。その上にパーティ名で――――あ、はい、日付も……おーい、みんな一言はどうする?」


 (うるさい……)


 フォトオプ――――フォトオプション。誰が始めたか、それはスマートフォンという文明の利器が発明されたころに流行りはじめ、今では定番となっているサービス。スマートフォンの普及、SNSという媒体の人類社会への侵食は、使用者の自己顕示欲を増長させ、自らの行いを逐一他人と共有せずにはいられぬ体へと作り変えた。

 ダンジョンの攻略および攻略タイムの証明、思い出作り、それらの目的で攻略者の希望(要別途料金)があれば一枚の写真か、証明書が発行される。もちろんそれらは攻略者の一定の戦力を保証するものであり、昔から存在はしていたが――――

 エルハルトは死んだような目でメイリと画角の中央に収まると、「はいチーズ」というメアの掛け声とともに、ぼろぼろのエルハルト、新品のメイリ、四人の冒険者のチェキが完成した。


 「また来るからね、エルきゅんっ」


 「次は3分切りを目指せるように、装備とスキル回しを見直さないと」


 「メテオで突き抜けろ!!」


 「第三部 完――――」


 去っていく彼らの背中を玲瓏館入り口で見送る。

 今ではダンジョンマスターと写真撮影が出来るサービスとして広まっており、それらは俗にフォトオプと呼ばれ、ある一定の層で人気を博していた。


 「お気をつけてお帰りくださいませ。またのご来館をお待ちしております」


 「まだ夜の闇は終わりではない!次こそは貴様らを氷獄へと送ってやる!」


 (別にダンジョン内を魔法で夜っぽくしてるだけで今は普通に真昼間ですけどね)


 「きゃー、最高にダサくてかわいい!!」


 去っていく背中と隣からの若干のディスを感じながら、別れの台詞を済ませると、どっと肩にかかる疲れがエルハルトを襲った。


 「あーなんかこの頃敗北台詞しか言ってない気がする――――」

 

 「――――メイリお姉さま、次のご予約は1時間後です。次の来館があるまで、本館で休憩なさってください」


 エルハルトたちダンジョンのキャストは屋敷の居住地を本館、ダンジョン部分を別館と呼んでいた。玲瓏館のダンジョンは氷属性を基調として設計されている。ダンジョン内部で暮らすには寒すぎてやってられねーのだ。


 「ええ、ありがとうメア、でも丁度いいからあなたも休憩を取りなさい。休憩、まだでしょ?メイキングは私達でやっておくから」


 「ありがとうございます、お姉さま。では休憩いただきますねっ」


 メアは満面の笑みでそういうと、とたとたと可愛らしい足音を立てて、走り去っていった。メアはいつも健気で一生懸命だ。そんな姿にエルハルトは肩にかかる疲れが軽くなっていくのを感じた。常にふてぶてしい態度の姉に爪の垢を煎じて百杯ぐらいは飲ませたいところだ。


 「――――エルハルト様、最近クリア率が急激に上がっている理由、知りたいですか?」


 そんなことを思っていたら、彼女がそのふてぶてしい澄ました無表情をこちらに向けて、見下ろす様に――というか本当に見下ろして――スマホを片手にそんなことを聞いてきた。どうやらメイリはエルハルトの誰ともなしに呟いた独り言を聞いていたようだ。


 「何?まあ、気にならないことは無いが、別に――――」


 先ほどの客は所謂ガチ勢と呼ばれる冒険者たちで、何度もダンジョンを攻略している常連だった。しかし、最近ではレベル上限に到達したばかりのような冒険者でも、常連たちのように難なく攻略していく者たちが増えたように思う。


 「そうですか、そんなに知りたいですか、それではこちらをご覧ください」


 なんかメイリの態度がおかしい。嫌な予感がする。


 「………何だこれは――――何々………これでエル様は怖くない!?初心者必見玲瓏館必勝法………?」


 それは最近ではすっかりお馴染みとなっている「ようつ~べ」と呼ばれる動画投稿サイトの動画だった。彼女が手にしているスマホの画面には、その動画の表紙であるサムネイル映っており、それにはエルハルトの顔写真……と思われるシルエットの横に、でかでかと赤文字の目を引くフォントで「←雑魚」と書かれて、その隣には見慣れたメイドのような黒抜きのシルエットに「←本体」と書かれていた。どうやらエルハルトの嫌な予感は的中しそうだ。メイリは澄ました無表情をにやりと歪ませた。

 端末から発せられる動画投稿者の得意げな声が、玲瓏館が建つ長閑な山々の中で独りでに響く。


 『えー、見てください――――ほらここ!HPゲージが50%になった時、ここがポイントなんですね~50%になるとメイリさんが召喚されますが、タンクの挑発をこんな感じに使って――――』


 「……なんか画質綺麗くない?こいつらいつの間にこんなカメラ仕掛けたんだ?」

 

 「何言ってるんですか、これは玲瓏館のサービスの一つですよ。ほら、あの目玉蝙蝠の……ああ、あそこにいるゲシュポ君と他複数名、あの子たちが撮影担当です」


 目玉に羽が生えただけの雑なシルエットが、バシバシとウインクを送って、自らの存在を主人たちにアピールした。


 「あいつら最近全然攻撃参加しねーなと思ったら、そんな事やってたのか……」


 「はい。彼らの視神経と記録媒体を魔法で接続して、映像を記録します。臨場感のあるカメラワークに4K対応の高画質は大手企業の工業製品に劣らぬもので、うちの独自の強みにもなっているんですよ」


 「よんけー?視神経と接続……?やばい、なんか怖い……」


 「はあ……相変わらず、エルハルト様は機械類に弱いですね。この前あげたスマホはちゃんと使ってますか?お・じ・い・ちゃ・ん」


 「う、うるさい!!ていうか歳はお前の方が上だろ!――――念話なんて魔法で良いんだよ魔法で」


 「もう、我が儘ばっかですね。これだから老害は――――あ、ここです見てくださいよ」


 「なっ老g……お前だって人の事言えないだろ――――って、なんだこれ!」


 『こうやって30%になったら、アタッカーとヒーラーも前に出てタンクと同じラインに立つんです!幸いエル様のくそ長詠唱があるので、二人からの攻撃は飛んできません!』


 「…………」


 『その間にタンクは離脱して詠唱終わりにメイリさんに掛ける挑発の準備をします!他のメンバーはそのまま居座って詠唱中のエル様をタコ殴りにしててください!ここの削りが非常に重要です!覚醒したメイリさんは非常に強力ですからね――――詠唱が終わったらタンクはメイリさんに挑発を掛けてください!そうすると簡単にエル様とメイリさんを分断できます!タンク以外のメンバーは引き続きエル様とメイリさんの間に居座って、攻撃をし続けてください!攻撃は避ける必要はありません!タンクが倒されずエル様を10%のDPSチェックまで削りきることが出来たら、メイリさんが定時退社するので、もうほとんど勝ちです!対戦ありがとうございました!』


 目玉蝙蝠の生体カメラは臨場感あふれるカメラワークで、主が爆散する場面を収め、リプレイは終了した。


 「…………なんか最近攻撃を避けずに殴ってくるバーサーカーみてえな奴ばっかで怖かったんだよ……こういうことだったのかよ……」


 「ええ、エルハルト様の攻撃はデバフが含まれていて、デバフ自体の効果量は高いですが、威力は相当控えめですからね……それこそシーフが単体で受け持っても耐えきれるくらい……」


 動画は補足解説のコーナーに移って、メイリの言う通りエルハルトの貧弱な攻撃を取り上げて『シーフが受けても大丈夫!』と得意気に解説していた。


 「あーーーー!!むかつく!!お前これ知ってたのかよ!!じゃあどうして僕を助けに来なかったんだよ!!」


 「エルハルト様挑発スキル受けたことないでしょ……あれやばいんですから、あーなんか攻撃してえ―、てなるんですから」


 「そ、それくらい受けたことはあるわ!!我ダンジョンボスぞ!!――――まあ、確かにあれは仕方ないな……あまりのやばさに研究されつくして、今じゃダンジョン以外で成功するのは稀だもんな」


 挑発スキルとはメイリの言う通り、被使用者の意志を問わず、被使用者の攻撃を使用者に惹きつけるスキルで、それら挑発系のスキルは大戦期には戦術の基礎となるほど猛威を奮ったが、大変動によって世が神から人のものに移り、不可解な様々な環境の変化があったことによって、それらが対策可能なものとなっていることに人々は気付いた。そして、挑発系スキルを研究し尽くした人類は、ついには挑発系スキル全般をほぼ無力化するほどの強力な魔法を生み出した。挑発を受けてからの後出しも可能、武具にエンチャントすることも可能、もちろん戦闘前に事前に掛けることも可能……と多種多様、使用する者も選ばぬ汎用性は、古来からの戦術を根底から覆すものだった。


 「ダンジョンはクラシカルな戦いを再現、体験するものでもありますからね……ダンジョン内で使用可能な魔術の設定を変更するには創造主様の許可がいりますし、今の私たちにはどうすることも出来ませんね」                


 創造主様……エルハルトとメイリ、玲瓏館とそこに住む者たちと、そして世界全てをつくった神々、今は去り、黄昏の海の彼方へと消えた存在。


 「つまり、僕たちは一生このままってことか……」


 メイリはエルハルトの言葉にこくりと頷いた。

 一生……果たしてその生に終わりはあるのか。エルハルトは老いず、滅びる予兆すら感じさせぬ自らの手のひらを見つめながら、そう呟いた。


 「ま、いいさ。ダンジョンは多少攻略しやすい方が客も増える。僕たちと違って奴らの一生には終わりがあるんだ。僕たちが食いっぱぐれることはないさ」


 ネームド……エルハルトのように、神々が直接名を与えた存在は俗にネームドと呼ばれ、それらには終わりがない。逆にエルハルトたちのようなネームド以外の存在には限りがあって、その限られた者たちの循環によって世界のほとんどは形作られていた。


 「そうですね、ある程度の弱さは愛される条件の一つでございます。ほらこれを見てください」



 “エル様雑魚すぎwwwww”


 “やっぱメイドが本体だわ”


 “わ か ら せ 完 了”


 “エル様すき”


 “掘りたい”


 “メイリさん何がとは言わんがデッッ”


 “えるださいめいりかっこいい”


 「うおおぉい!!なんだよこれ!!こいつら匿名で好き勝手言いやがって!!……しかも一人なんだよこいつ!!さすがにライン越えだよ!!怖いよ!!」


 エルハルトはこの世の終わりのようなコメント欄を尻を抑えながら眺めた。


 「これが愛されるということですエルハルト様」


 「いやいや絶対違うよこれ、歪みすぎだよ!!やっぱりネットは悪い文明!!」


 エルハルトはメイリの持つスマホをぐいと押し返すとそのまま、メイリに背を向けて玲瓏館の入り口へと向かった。


 「――――はあ、メイリもそんなんばっか見てないで、さっさとメイキング行くぞ」


 「エルハルト様、本当におじいちゃんみたい……あの切れたナイフのようなエルハルト様はいずこへ……」


 「うるせーよ!それも悪口なのは何となくわかるんだよ!」


 エルハルトは玲瓏館の荘厳な正面玄関の奥へと消えてゆく。


 「もう、僕はわかったんだよ……」


 そのエルハルトの小さな呟きは誰にも聞かれることもなく、その闇の中へと消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る