2-4
まるで動かない目や口。体には、ボロボロになった衣服。それでいて、先ほど振るった剣筋は人間のそれだった。
「アウレス、後ろにも……」
「わかってる。お前を襲いそうな魔物は倒す。それが仕事だ」
道は切り開いてきたつもりだったが、そこに猫と鳥の魔物が出現している。まるで、最初から挟み撃ちすることを想定したかのようだ。
人型は、どっしりと腰を下ろして構えていた。隊員の一人が襲い掛かるが、最小限の動きで攻撃を避け、そして剣を叩きこむ。二人目がやられた。
「これだからベルクフリートの仕事は嫌なんだよ!」
これまで何回も、隊が全滅するのを見てきた。そんな中でも書記係の命を守ってきたのはちょっとした自慢だったが、仕事を続けさせられるかは別だった。
多分、テイラも辞める。その決断をさせるためにも、無傷で帰還させなければならない。
二匹の魔物をなんとか倒し振り返ると、そこにはもう二つの人影しかなかった。テクノアと人型の何か。他の隊員はすべてやられてしまったのだ。
「アウレス、お前なら勝てるよな」
テクノアが言った。
「わからない。今のところ、戦う理由もない」
「だろうな。俺は、たまたまできた退路を使わせてもらうかもしれん」
駆け出したテクノアの槍が、人型の左胸を貫いた。相手が人間ならば、完全に勝負ありだ。だが、人型は剣を振りおろし、槍の柄をへし折ってしまった。
「そこは急所じゃない」
「人型は初めてでな。アウレスは経験あんのか」
「ないが、そもそもこれは人の形をしているだけだ。そうでないと困る」
テクノアは後退した。武器がなくなったので当然だ。
目の前にいるのは、魔物、のはずだった。悪魔や亡霊というものが実在するのかは知らないが、少なくとも信じたくはない。
ちゃんと理由を述べるならば、動きが変だ。人間が変化したというよりは、変化して人間になろうとしている。
「ナイフがある。それで倒せるか? おっと、助言は任務外か」
「いや。こいつを倒さないと、レディの命が危ないとなれば、任務内になる」
「助かったぜ」
「あれは魔物が体を乗っ取っているんだろう。心臓を狙ってもしょうがない」
「じゃあどこを」
「知らん。俺は魔物博士じゃない。ただ、ばらせばだいたいは死ぬ」
「了解」
テクノアがナイフを手に踏み込む。槍に比べてあまりにも短く、そして彼に合っていない。
「囮は嫌いだよ、まったく」
魔物の注意はテクノアに注がれている。だが、俺を無視しているわけではない。
人間ならば、人間の記憶があるならば普通にできることだ。「戦う人間の協力する会話を恐れる」それが、できていない。
テクノアは、ナイフを投げ捨てた。俺は剣を投げる。
「隊に入ってほしいぜ、まったく!」
人型の振るった剣を、俺はナイフで受け止める。いや、受け止めきれてはいない。吹っ飛ばされた。だが、その隙にテクノアの一横なぎが、人型の腰を切り裂く。切り離された上半身がぼとりと落ちる。下半身はまだ動いていたが、バランスを崩してこけた。テクノアは俺の言ったとおりに、それをばらばらにする。
「止まった」
「本体は下のどっかにいたんだな。これも記録しておけよ、テイ……」
振り返った俺の目に入ってきたのは、飛びかかる鳥の魔物と身動きできないテイラの姿だった。あれは
「大丈夫か」
「う、うん……」
しくじった。新たな魔物の出現は十分考えられたのに、剣を手離してしまった。
すぐ横にあった扉を殴るように開けて、二人で部屋の中に入る。急いで扉を閉めたが、勢いで外れてしまった。
尖嘴翼が中に入ってきて、対峙する。敵は翼をはためかせながら、その場に浮いている。器用な奴だ。これまで一人で倒したことはない。
「アウレス、目をそらすな!」
テクノアの声だった。俺はテイラをかばいながら、言われたとおりに尖嘴翼をにらみつける。嘴が、右肩に突き刺さった。
「見てたが痛いぞ!」
「おかげで動きが読めた」
テクノアの持つ剣が、尖嘴翼の首を薙ぎはらっていた。俺の肩に、突き刺さったままの死体が残る。
「かっこいい肩当になったよ」
「いかすぜ」
「テイラ、大丈夫……か……」
振り返ったとき、テイラは泣いていた。
「うう……うう……」
「怖かったな」
「良かった、無事で……」
「無事じゃない。まあ、被害は少ない方か……」
テクノアが尖嘴翼の体を引き抜いてくれた。激痛だったが、初めてのものでもない。
「ここを巣にして帰ってくる魔物かもしれない。俺たちの手にゃ負えん奴だったな」
「そうだな。テイラ、報告書には『テクノアとアウレスがむっちゃ頑張ったが最深部はあきらめた。しょうがなかった』って書いといてくれよ」
「うん……わかった……」
なんか今なら、頼めば何とでも書いてもらえそうである。
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