[KAC20248]『眼鏡絵』と『のぞき眼鏡箱』〜異世界オークションは再び絵画の謎を解きあかす〜

のりのりの

第1話 はじまり

「次回オークション用目録カタログの再校があがってきました。確認お願いします!」


 そう言いながら、見習いオークショニアは、若手オークショニアに紙の束を渡す。


 ここはザルダーズのオークションハウスの一室。

 オークショニアたちが事務作業や出品物の確認を行うための部屋だ。


「ミナライくん、チェックの返しは5日後でいいのかな?」


 見習いオークショニアから紙の束を受け取った若手オークショニアは、淡々と質問する。


「ワカテさん、今回は、あちらの世界の祝日の関係で、3日以内であげて欲しいとのことです」

「3日……? わかりました。とりあえず、確認できたものから回していくようにします」

「ありがとうございます。おねがいします」


 ぴょこり、と頭を下げる見習いオークショニア。

 その動作に若手オークショニアはなにか言いたげな顔をしたが、なにも言わずに、渡された紙の束に目を通し始める。


 見習いオークショニアは足早に移動すると、外出中のベテランオークショニアの机の上にも、さらに厚みのある紙束を置いていく。

 そして、中堅オークショニアの机に向かった。


 高貴な人々を相手にするザルダーズは、色々な面で厳しい決まり事があった。

 担当部門や役職に応じて、服装も細かに決められており、それにのっとった制服が支給されている。


 オークショニアたちも自分の階級にあった制服を毎日きちんと着ている。


 であるのに、中堅オークショニアは、今日のような外向きの営業がない日は、ネクタイを外し、ジャケットは未着用。シャツの第一、第二ボタンは外し、腕まくりをしている。

 普通ならだらしない格好と周りから言われそうなのだが、そういった着崩した姿もよく似合っている。


 中堅オークショニアは背も高く、体格もよいので、スーツがよく似合う。というか、なにをどのように着たら自分に似合うのかをちゃんと理解しているのだろう。


 服に着られている自分とは大違いだ、と見習いオークショニアは思っている。

 自分もチュウケンさんのような、スーツの似合う大人の男になりたい……と思うのだが、痩せて小柄な自分には苦難の道だろう。


 中堅オークショニアの机の上には、0号サイズの絵が入った箱と、工具箱があり、色々な工具やメモ書きが散乱していた。

 困った。校正の置き場所がない。

 見習いオークショニアの動きが止まった。

 ふと、箱の中の絵に目がいく。


「あれ? この風景画。次々回の出品物ですか? ずいぶん、小さい……緻密な絵ですね」


 キャンバスに描かれたものではなく、薄い板のようなものに描かれた絵が数枚、古めかしい木箱の中に収納されている。

 中堅オークショニアの顔に笑顔が浮かぶ。


「そうだろ? すごく精巧な絵だろ? 5枚セットで専用のケースつき。これさ、サイズは小さいけど、マーヤ・オーギョスの作品だったよ」

「え! リアルゴーストの絵で有名な、あのマーヤ・オーギョスの絵ですか! なるほど、だから、こんなに精密な絵が描けるのですね」

「だな。器用な天才は、若い頃からすごかったってことだ。ついさっき、鑑定から戻ってきたんだよ」


 黒塗りの箱を手に持ちながら、中堅オークショニアはさらなるニコニコ顔で返事をする。

 鑑定結果がよほどよかったのだろう。表情も声も明るかった。


 中堅オークショニアが手に持っている黒色の箱は、宝石箱よりは少し大きい……といったところか。


 模様や彫刻などは一切なく、親指と人差し指を輪にしたくらいの大きさの穴が、ひとつ空いているだけの、シンプルな箱だ。

 箱の穴には、ガラスのようなものがはめ込まれていた。


「それにしても、ここまで精密な絵だとは思わなかったよ。思い切って鑑定前に洗浄依頼にだしてよかった。無名の画家でなく、誰の作なのかも判明したからね」

「細部までしっかりと綺麗になってますね。でも、綺麗すぎでないところがいいですね」


 異世界オークションで有名なザルダーズに持ち込まれる美術品、骨董品、装飾品類の中には、コンディションが悪いものもある。

 汚れといったレベルを越えて、破損してしまっているものもある。


 最近の汚れ――表面についているホコリなど――は、スタッフが拭き取って対処するのだが、ひどい場合は専門の職人にクリーニングを依頼する。


 薄汚れた状態を美しい状態に戻す、あるいは破損した箇所を修復するだけでなく、品物の寿命を延ばすためにも適切なクリーニング、メンテナンスは必要である。


 だが、いわくつきの傷や、歳月の経過とともに渋みが加わった部分は、すでにその品物の一部、付加価値となっている場合もあり、それらも消し去っては台無しになってしまう。


 クリーニングのやりすぎは、かえって品物を痛め、寿命を縮めることにもなるからだ。

 その判断、見極めはとても難しい。

 

「うん。うん。ミナライくんは、よくわかっているじゃないか。この修復師はね、俺のお気に入りなんだ。真面目で仕事も丁寧。技術も確かだし、知識も豊富だ。まあ、そのぶん、時間はかかるんだけど、歳月の厚みを残しつつ、ギリギリのところまで修復してくれるから、重宝しているんだよ」


 中堅オークショニアは「絵を見たければ見てもいいよ」と軽く言う。

 出品物はもう少し丁寧に扱って欲しいところだが、せっかくの機会だ。遠慮なく見せてもらおう。

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