太陽さま

天晴(あっぱれ)

第1話 嫌いな人

『ーー女の子はみんなお姫様なのよ』

本の中では、いつだってそんな素敵な言葉がキラキラしてた。


けれど、現実は違った。

ーー少なくとも、今までの私の人生にはそんなキラキラが欠如してた。


記憶の中の母は、私が泣くと

『悲劇のヒロインぶって!』

と、ヒステリーを起こした。

手を上げてこなかっただけ、

私は恵まれていたんだろう。

彼女は幼い私に、

誰かを重ねて見ていたのだろうか?

それくらい、理不尽に罵られた。


母は素敵な女性だった。

美しく、周囲からの評価は高かった。

けれど、わたしの理想の母親では、

どうやらなかったらしい。

彼女はあまり笑わないひとだった。

ーーいつのまにか、30歳になった私も、

彼女と同じく笑わない女性になっていた。

『血は争えない』とはこんな時に使うのだろうか。


「もも先生、今夜の飲み会の参加、どうするんですか」

PCから顔を上げると人懐こい笑顔が私を見下ろしてる。こんなふうに無邪気に笑える彼は、うらやましくて、実は苦手だ。


「山岸先生。ええと、私お酒は得意じゃなくて…だから…」

「実は俺、ちょっともも先生に相談があって…。もも先生がいつも飲み会欠席するの

知ってますけど、どうか今夜だけは、

ぼくの為に来てくれないですか…?

もちろん、もも先生の分はぼくが奢りますんで!どうか!」


顔の前で手を合わせて頭を下げるこの山岸先生は、去年この学校へ赴任してきたばかりで、私の3歳歳下だ。

彼からすると歳が近いから話しかけやすいのか、社交的ではない私にも気安く話しかけてくる先生だ。

いつも元気で誰にでも要領よく接していて、この学校にいる大人の中では2番目に人望が厚いのではないかと思う。

機会があれば山岸先生と話したい存在はうじゃうじゃいる。

だからこそ、正直、地味な私のことはほっておいてほしいと、ものすごく言いたい。

しかし周りの目ーーここは職員室だ。

他の先生達の目もある。邪険にはできない。

『もも先生』は、そんなキャラじゃない。

個人的都合で感情的になる教師は底辺だ。

仕事は優秀ではないけれど、その『真面目さ』を評価されて、なんとか今まで上手くやれてきた。

『もも先生』は、断ることが苦手なキャラ、だ。


「わかりました…でも1次会で帰らせてください。明日寝坊する自信があります」


途端に目をキラキラさせる。山岸先生の瞳にうつる世界は、一体どんな色なんだろうか。うらやましくて、だから……多分、きらいだ。

ーーけれど、これはお仕事なんだから、我慢しなければと、自分に言い聞かせてみた。



「「いやさかー!」」

学校近くの居酒屋。もう何度目かわからない弥栄を聞かされてうんざりする。でもなめろうはイケる。奢りだし。悪くはない。


「えへへ、もも先生とのめるのうれしいっす!」

顔を真っ赤にして無邪気な山岸先生が楽しそうにしている。相談はどうした?あの深刻な顔は?悩みがあるんじゃなかったのか?

山岸先生の悩みは、カシオレ2杯でどうやら吹き飛ぶレベルらしい。注文したオレンジジュースがどうやら100%の味で、私もわりとごきげんだ。うん。まあいっか。なめろうおいしいし。


「山岸先生、なめろうとお刺身の盛り合わせのおかわりがたべたいです」

「どうぞどうぞ!じゃんじゃんたべましょう!

おなか幸せにしましょう!すいませーん、追加で…」


店員の若い女の子が山岸先生の顔面偏差値に戸惑っているのをみて、ほほえましいなあと思う。思いながら、そろそろスイーツもはさもうかと壁のメニューをぼんやりと見る。


「もも先生は、プライベートの時間って、どんなことしてるんですかぁ?」


代わりに注文をしてくれた山岸先生は、少し呂律がまわっていない。

こんなに弱いのか、この男は。まるで子供みたいな声だ。いつもとの落差に少し失望した。

ーーあれ?私は今、『失望』したのか?


「山岸先生、まずお水をのんでください。私は今プリンか抹茶プリンかで悩むのに忙しいので、介抱とかする余裕はないですからね」

「あ、はい。ども…」

素直に水のジョッキを受け取り飲み干す青年。

…いや、なんだかだんだん、子供にみえてきたぞ。

童顔だしなあ。生徒と同じ扱いに格下げしてみたらどんなリアクションをするのだろうとよぎった。


「ぷっはぁーー。楽しい夜だなあ!もも先生、

ほんっと、来てくれてありがとうございます!」


さっきの店員の女の子の視線がわずらわしい。

学校では初日にクギをさしたから『山岸先生』は『もも先生』に職員室以外で接触してこない。

会話も業務内容だけで、と『お願い』している。

『教師』という立場はとにかく人の目を気にしなければならないから。

だかしかし、どうやらこの子はお酒が入るとだめらしい。完全にもう、『山岸先生』を忘れている。

まあ、他の先生達もできあがってるし、多分今この場で通常営業なのは2人だけなんだろう。

アルコールなんて、にがいし太るしにがいし、私には不要な物だ。なぜみんなこのなめろうをたべないんだ?ビールよりもなめろうだろう。


「……どうしましたか、山岸先生」

気がつくと自身の定義を忘れた子供が、私をじっとみていた。


「もも先生って、プライベートの時、なにしてるんですか?」


うまくスルーしたつもりだったが、どうやらダメだったらしい。しかたない。コミュニケーションは仕事のうちだ。


「読書か寝てます」

「読書ですか!オレもすきです!」


ーー『ぼく』、はどこにいった?

はぁ…酔っ払い相手にこんなことを考えてしまうから、『もも先生』は『だめ』なんだろう。

ひとりになりたい。おうちに帰って、さっさと『もも先生』の時間を終わらせよう。


「今読んでる本の続きが気になるので、そろそろ私帰りますね」

「えっ!もうですか?!だっだめです!!

プリンと抹茶プリン、両方頼んでいいですから!すみませーん!」


…ふにゃふにゃの表情でも、私のセリフはちゃんと聞いていたらしい。

ちなみに『山岸先生』は野心家で、『失敗の多いもも先生』よりも優秀だ。私の方が年上なのに。全てにおいて格上の『先生』だ。

ーーいまはこんなんだけど。


「あの……実はもも先生、オレ、 …生徒の母親から…あ、愛人にならないかと、告白…を、されまして…」

「………で?」

「生徒からの告白と同じように、いつも通りに上手に断ればいいんじゃないですか?」


しまった。その母親への不快感を山岸先生へぶつけるような言い方になってしまった。

イケメンは大変ですね、とかフォローしたほうがこの場合正解だったか……?


「っ!!?なっ…なんで、知って…え?!」


何故か顔の赤みが増した山岸先生の瞳孔が開く。

ーーほんとうに27歳なんだろうか。

狼狽具合に、心配になる。本当に子供のような振る舞いだ。


彼の『接客』に、私はいつも戸惑い、振り回される。

彼と話す時の私が、私は嫌いだ。

もっと動揺させてみたい、と『もも先生』らしくないことを考えてしまうから。

潔癖症の私が、彼には少しだけ触れてみたいと

おかしなことを考えてしまうから。

『もも先生』でいられなくなってしまうから。

ーーだから『私』は、山岸先生が、“嫌い”なんだーー




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