第10話 これは復讐では無い

「じゃ、また今度。生きてたら会おう。あ、スマホありがとね~」


「それは構わない、あいつからの頼みだからな………あと、お前がその言い方をするのだけは勘弁してもらえないだろうか」


 物案じそうな顔をして俺から目をそらした敷田に、スマホを持った手を振って挨拶をして個室から立ち去る。連絡手段を持っていなかったため、敷田に急遽用意してもらったが仕事が早い。


 LINEというメッセージアプリを開いてみると、「H」と「S」という名前で登録されているものが二つ。まあ、英俊と皐月だろう。俺の名前は「N」になっている。テキトーに皐月に『こんばんは』と送ってみる。


「あ、もう返ってきた」


 十秒もしないうちに既読が付くと、『ビアンカ〇。優〇』という意味深なメッセージが届く。


「これがバツになったら、死んだってことなんだろうな………」


 生存確認のラインがこんなにも嬉しくないことがあるのだろうか。でも、皐月が生きていれば少なくとも優が死ぬことはない。ということで、俺も安心してLINEを送る。


『(N)鳴海〇。敷田〇。皐月のご飯×』


『(S)しんどいby皐月』


 可愛そうに。ん?by皐月ってことは、皐月以外の誰かが打っているのか?


「ということはこれ………もしかして優が打ってたの⁈確かに皐月が今、車を運転してる可能性あるけど………」


 嫌だなあ~。優がこれ打っている所を想像したら泣きそうになってくる。一縷の望みにかけて、全力で心の中で優ではない第三者であることを願いつつ、俺は『九紋竜』を潰すために、ある場所へ向かう。


 それは日本で一番利用者数が多い駅────新宿だ。


 なんでも、ギネス記録に認定されているとか。俺はスマホアプリの地図を使って、懐石料理店から二時間近く歩いてようやく新宿に到着していた。時刻は午後3時。アフタヌーンティーの時間にちょうどいいので、その辺のカフェにでも入りたいところだがグッと我慢だ。


 それより、俺が新宿に来た理由は人が大量にいるからだ。九紋竜は俺のことを今も探しているのだというのならば、俺が出てくればいいだけの話だ。それにそっちの方が、九紋竜の親玉のいる場所を簡単に見つけ出すことが出来る。


 ここで、俺の武器を使う時が来た。その武器とは、この容姿のことだ。


 俺の顔は、百人が見たら全人類が惚れるというお墨付きを貰っている。実際、京都にいた時にナンパのオンパレードだった。それに今も……。


「すいません。私こういう者なんですけど、お兄さんとてもスタイル良くてお綺麗ですね」


 ほらまたこれだ。今日三回目のスカウト。スーツを着た女性は俺に名刺を見せてくるが、本当にいいのか?犯罪歴こっちはあるんだぞ?それでもいいのか?


「すいません、もう入ってる事務所があるので……」


 虚無しか存在しないような微笑みと嘘を混ぜて、スカウトを振り切ると更に人混みの中に紛れていく。そして新年で異常な混み具合に少し苛立ちを覚えながら、新宿駅の地下改札にやっとの思いで到着する。ここは地上ほど混んでいないし、まだ暖かい。だが、やらなくてはいけないことはまだ始まってすらいない。


 そこからは何もしない。ただ改札口の近くにある柱を背もたれにして、そこから小一時間程度、時間を持て余す。よほどやることが無かったので、一週間後の天気予報を眺めていたりしていると、前から警察官の恰好をした女が俺に近づいてくる。


「すいません。警察の者なんですけど今ですね、犯罪防止強化月間ということでこの辺を中心に見回りを行っているんですけど、お兄さんって今日何かご予定とかはあるんですか?」


「ご予定……ですか?」


 そんなもの無いので、なんて言えば誤魔化せることが出来るか考えていると、今度は男の警察官が二人もやってくる。その二人は女の左右に立って俺を囲う。何も言わずに、俺を威圧し空気が重くなった。後ろは柱があるため逃げることは出来ないためここは素直に応じるしかないみたいだ。


「うーん。俺に何か用ですか?」


「先ほど言った通り、今日はどんなご予定があるんですか?」


「ああ。無いですよ。予定なんてものは」


「そうですか。お名前はなんですか?」


「名前………ここでは言いたくないという選択肢を取っておきます」


「………何か、身分を証明できるものは持っていますか?運転免許証とか、保険証でも」


「ごめんなさい。そういうものは、何も持っていません。ご協力できることは何もございません」


「お前……俺たちをなめているのか?」


 一人の男が痺れを切らして俺の数センチの距離まで顔を近づけ、目じりを吊り上げて俺の瞳の奥を睨みつける。しかし、俺よりも全然小柄であるため、全く怖くない。

 むしろ、俺を見上げている感じが何とも滑稽だ。男の鼻息が当たっているため、まあまあと言って身体をそっと押して距離を遠ざける。


「そんなこと全く思っていませんよ。だって、ちゃんと敬語使ってるじゃないですか。僕は敬語をあまり使わない人間なんで、そこだけは安心してください」


「……貴様」


「それに………あんたたち警察じゃないでしょ」


「何言っているんだ、俺たちは………」


「警察が身分証明書を持っていないだけで圧迫?意味わかんないね。それに、警察手帳の一つも見せて貰えないこっちの方も、そっちを疑っちゃうよ」


「ちっ………面倒なガキだ」


 悪態をついて、面倒くさそうに警察手帳を差し出してくる。他の二人も、やむを得ずというような態度で差し出す。それを受け取り一つ一つしっかり顔と名前、手帳番号や階級などを三人と照らし合わせていく。三人とも、この手帳の情報と全く同じことを言ったのを確認して手帳を彼らの元に戻す。


「うん。疑ってごめんなさい。三人は本物の警察でした」


「………わかったならいい。じゃあ、お前のみ……」


「でも、一つ聞きたいことがあるんです」


「……今度は何だ?また、話をはぐらかすのか?」


「いえ、ただ気になったことがあるんです。今年から施行される警察手帳規則を存じ上げないですか?警察手帳は、それはそれは偉大なモノです。たちまち安心感や恐怖が現れるものですから。だから、それは平等とは、程遠いモノなんです。もちろん警察という身分だから仕方のないことですけどね。なので、それを緩和させるために今年から警察手帳には『年齢』を記載しないといけなくなっていますが、そちらはどこに記載されていましたか?」


「な………は?」


 俺が淡々と話し続けていたせいで、重くなっていた空気が一変する。警察たちは目配せしてたじろぐ中、さっきから一言も発していなかった男が神妙な面持ちで口を開き始める。


「すいません、うっかりしていました。確かに、それは巡査部長に散々言われていましたが、この二人は血気盛んでたまに周りが見えなくなります。先ほども、あなたにご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございません。しかし、悪気は一切ないんです。今年配属されたばかりで、彼らもやる気に満ち溢れているので許して貰えることは出来ないでしょうか」


 それは丁寧で、彼らを慮る優しい言葉を俺に向ける。そして深々と頭を下げると他の二人も、彼に見習って嫌々頭をゆっくり下げた。彼らは真摯にこの仕事と向き合っている。ならば、ここで俺が何かとやかくいう必要はない。


「……頭を上げてください。俺も悪かったと思っていますので」


「……ありがとうございます」


 頭を上げたと同時に、俺は彼らに微笑みかける。それは、この三人にどう映ったかは俺には理解しがたいが、きっといい感情にはならなかっただろう。


「では、僕たちはこれで」


 そう言って、三人はもう何も言わずに俺の前から消えていった。俺は彼らの背中が見えなくなるまで小さく手を振り続けて、ボソッと愚痴を言い捨てた。


「めんどくさかった~」


 会いに来るのにわざわざ職務質問するのは勘弁してほしいな。



「あ~あ。収穫なしかよ」


 先ほど鳴海に詰めていた小柄な男は愚痴を零して大きなため息をついていた。それもそうだ、時之宮鳴海を捕まえるために新宿に三人だけで来ていたのだから。成果なしで帰ると絶対にボスに怒られる。


 三人は地上に戻った後、拠点に帰るため車がある所まで歩いていた。


「っていうか、『刃』とかいうやつらは時之宮鳴海の容姿知ってんだろ?なんであいつらがやらねえんだよ」


 自動販売機の横にあったゴミ箱を蹴りつける。それが倒れて中身を全部ばら撒いてしまっても出てしまってもお構いなしだ。


 そんな男に対してスマホを弄りながら隣を歩いていた女が残念そうに言い放つ。


「知らないわよ。そもそも、ボスが白髪の男って言っていたじゃない。だから話し掛けたのよ」


「白髪なんて今の時代いくらでもいるだろ。なんでアイツだったんだよ」


「勘よ勘!。あんな頭いいと思ってなかったのよ。顔が抜群に良かったから話しかけたけど連絡先聞けなかったじゃない!」


「いや、知らねえよ!確かに顔は異常に良かったけど」


 女は地団駄を踏んで露骨に態度を変えてくる。その際、缶を踏みつけて態勢が崩れそうになる。あの男は顔も良かったし、身長も高かった。まさに理想ともいえるタイプだったのだ。あの優良物件をみすみす逃すのは、人生最大のミスとも言える。


「それで、これからどうするのよ。もう一回あの男の元に行ってきていいのかしら?」


「いや、釣り合わないからやめとけ……っいたたたた!!!」


 頬を本気で抓られてじんじんするような痛みと戦う馬鹿を横目に、鳴海に謝罪をしていた男は冷たくあしらう。


「とりあえず拠点に帰ろう。他の奴らも帰っているはずだ。着替えて車に戻るぞ」


「「あいよ」」


 指示があるとすぐに来ていた制服を脱いで、その下に来ていた服のしわを整える。これでどこに行っても紛れることが出来るのだ。その場に制服を捨てて、車を止めていた有料パーキングに行く。そして車に乗り込む。助手席に女、小柄の男は運転席の後ろに乗り、シートベルトを締めようとする。


 女はサンバイザーミラーで、化粧直しを始めた。


「あーやっと帰れる。東京はイケメンも多いけどブスも多いのよね~。まあ、九紋竜にはイケメンいないからいいんだけど」


「おい、それ俺らのこと流れるようにディスっ………」


 後ろのドアが閉まる直前、車体がぐわんと揺れ、それと同時に後部座席に座っていた男の声が聞こえなくなった。その瞬間、ふぅ~、という息を吐いた音が聞こえる。


「ちょっと!こっちはメイク直してんだから揺らさないでよ‼………って………」


「…………なんだ?」


 女は憤慨し、後ろを振り向く。男も後ろを向いて状況を確認しようとするが、あまりに理解が追い付かない状況に運転席に座る男の方は、どうしてもそれを直で見るのを遅疑する。


 たちまち身体を支配する血液が一気に冷たくなっていくのを感じ取り、男はやっとの思いで理解した。いや、違う。理解したのは、助手席に座る女が鼓膜を破るような、うるさく高い声で叫んだからだ。


 今この瞬間、全てを支配されている。一滴の血ですら、自分では自由に出来ない。



「あ、車汚してごめんね」



 助手席の仲間は、椅子の背もたれに項垂れていた。

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