IN THE VR Ⅰ

@ko-mi

第1話 戦場の予知夢1

 塹壕から少しだけ顔を出すと、そこには草原が広がっていた。振り返ると、背後には小高い山。その上には白い雲。

 山裾からなだらかに下っている前方は、300メートル先まで草原が広がり、ところどころに岩や茂みが散在している。その先は伸び放題の藪にはばまれてよく見えない。藪を越えたずっと向こうに広がっているのは、滑走路だろう。

 午後三時。少し伸びかけた影は、しかしまだそう長くはない。右手からそよそよとなびいている風は無視できる程度だ。塹壕の淵の土嚢を使って安定させたライフルの照準を覗く。動きはない。

 もうすぐ敵が進攻して来るとの連絡が入っている。高倍率のスコープから目を離すと、再び全体を見回す。太陽に熱せられた地面から立ちのぼる陽炎が、かすかに藪を揺らしている。と、正面からわずかに右側で、なにかがキラリと光った。

 その直後、頭のわずか上を弾丸がかすめ、後から銃声が追いかけてくる。それを機に味方側からも発砲音が響き、あちこちで銃撃が始まる。

 思わず塹壕の中に座り込んだが、撃て撃てーっと言う味方の怒鳴り声におされて立ち上がる。藪から敵がバラバラと走り出て、岩陰に走り込むのが見える。ライフルの安全装置を外して藪の中に2発ほど撃ちこんでみたが、当たるとも思えない。

 あとから走り出て来た一人に狙いを定め、落ち着いてトリガーを引く。フルメタルジャケット弾に貫かれた兵士が倒れ込むのを見て、心のどこかに痛みを覚える。いまこの自分が、ひとりの人間の人生を終わらせたのだ。その事実の重みに、手の中のライフルを放り出したくなる。

 しかしそんな思いとは関係なく、銃声は鳴り響き続ける。そう、そんなことを、いつまでも気にしてはいられない。ここは戦場だ。やるかやられるかだ。岩陰からは敵が応戦してくる。積み上げた土嚢で敵弾がはじけ、反射的に頭を下げる。

 塹壕の右手、自陣の中央辺りから、ダダダダダーッという連射音が聞こえてきた。見ると三脚(トライポッド)に載せられた重機関銃が、敵に向かって横射している。機銃の威力に圧倒されたか、敵からの射撃がピタリと止んだ。

 レッドフィールド望遠照準器の倍率を最大にあげて前方を索敵するが、物陰に隠れた敵に動きはない。

 どうしたものか、と考える間もなく、遠くにかすかな地鳴りを感じる。それが少しずつ大きくなってくる。これは、まずいんじゃないのか。そう思った次の瞬間、藪を揺らして戦車が姿を現した。

 直線的な複合装甲の、あれは90式だろう。それほどの速度は出していないが、藪から出たあたりはかなり深い起伏があるようで、戦車は大きく上下に揺れている。

 低い場所では、その巨体がほとんど見えなくなるほどだ。藪から50メートルほど前進して、戦車は平坦な場所で停止すると、ゆっくりと砲塔を回転させ照準を合わせた。

 120ミリ滑腔砲が火を噴き、白煙が上がるのが見えた。その直後、自陣中央に弾着。皮膚が引き裂かれるかと思う衝撃のあと、バラバラと土くれが降ってくる。背後の山でこだまする爆音。重機関銃はその一撃で吹き飛ばされたようだ。

 あれをまともに食らったらひとたまりもない。ここは逃げの一手か。塹壕から再び顔を出して周囲を見回す。すると左の土手の茂みを、長い筒を背負って走って行く兵士が見えた。茂みの灌木に身を寄せると、彼はすばやく筒を肩に担ぐ。

 戦車が再び狙いを定めようと、その砲身が微妙に動いている。120ミリ砲に狙われていると思うだけで、恐怖にライフルを持つ手が小刻みに震える。左の茂みを見ると、彼も戦車を狙っている。早く、早く撃ってくれ。いや、しかしあの角度では無理だ。そう思ったが、彼はその場から携帯対戦車グレネードランチャー(RPG)を発射した。弾頭はみごとに命中し、大音響とともに少しのあいだ戦車が白煙に包まれて見えなくなった。

 しかしそれも一瞬のことで、千五百馬力の三菱製ディーゼルエンジンが唸りを上げると、なにごともなかったかのようにその巨体を揺らして煙の中から這い出てきた。やはり前面の厚い装甲に阻まれたようだ。砲塔が旋回し、RPGを発射した茂みに向けられる。必死に走ってその場から離れようとしているが、身を隠す壕も岩場もない兵士は絶体絶命だ。

 もしかして……、と一瞬そんな考えが頭に浮かぶ。これはなにかの時間稼ぎなのだろうか。そう思うと同時に、再び戦車砲が火を噴く。

「おい、おまえ!」

 前方で盛大な土煙が上がり、兵士の姿が見えなくなる。やられたか?

「そこのおまえだっ」

 振り向くと、曹長が怒鳴っている。

「はいっ」向き直って返事をする。

「スパイクだ。スパイクの用意!」

 見ると曹長の横には、太いランチャーチューブにミサイルがセットされ、発射機に据えられている。

 一瞬の戸惑いのあと、なぜか頭の中にその装置のことが浮かび上がる。イスラエル製対戦車ミサイル。赤外線シーカーを用いた撃ちっ放しが可能で、トップアタックにより戦車の脆弱な上面を撃ち抜くことができる。

 すばやくスパイクに駆け寄る。前方では倒れていた兵士が、片脚を引きずるようにしてこちらに駆けて来ている。急いで戦車に照準を合わせる。そして焦る気持ちを抑えながら、慎重にミサイルを発射した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る