【KAC20248】GlassBreaker

有宮旭

Devils Two Breaks The Glasses

あの頃からもう10年は経っただろうか。私たち夫婦は授かり婚を終え、2LDKのアパートで生活をしていた。線路沿いのアパートの角部屋は、電車の騒音に到底耐えきれるものではなかったが、それでもなぜかあのアパートは子連れの家族が多かったように思う。

介護施設の施設長として生活費を稼ぐ私に、精神疾患を抱えていた妻、ようやく歩けるようになった娘。デコボコどころの話じゃない私たちだったが、それでも娘の成長に一喜一憂しながら日々を過ごしていた。

そんな私たちと眼鏡にどのような関係があるのかというと、妻の視力が悪い、というところにある。時折コンタクトで出かけることもあったが、そも基本的に専業主婦だった妻は、生活のほとんどを眼鏡で過ごしていたのだ。


唐突に、それはやってきた。朝起きると、枕元に置いてあったはずの妻の眼鏡が壊れていたのだ。正確には、フレームが折れていた。眼鏡のつる、といえば大体の人がわかってもらえると思う。耳にかける、あの部分だ。

眼鏡をかけるほど視力が悪くない人にむけて伝えると、眼鏡自体はそれほど高くはない。よく眼鏡のグラス部分が壊れる描写を漫画やアニメで見るが、グラス部分は眼科等でしっかりと視力を把握しておけば、メガネ屋に行ってすぐ変えるものである。

ただ、その一方で、眼鏡は体の一部である、という話を聞いたこともあるだろう。眼鏡は視力が悪い人にとっては生命線であり、かつオシャレにこだわれる重要なものなのだ。

それが、朝起きるとぽっきりと折れていた。グラスが割れただけならその部分を交換するだけで済むのだが、フレームが壊れてしまったら眼鏡一式を買い替えなければならない。成長期の子供を抱え、薄給でなんとか暮らしていた身にとって、それは少なくはない出費だった。

誰かの寝相が悪かったのだろうか。そう思いながら、私たちはメガネ屋に行き、新しい眼鏡を購入した。眼鏡は妻にとって必需品なのだ。そしていつもの生活に戻る。だがしばらくすると、また、眼鏡が壊れていた。やはりフレームが折れている。なぜだ。疑問符を浮かべながら、仕方なくメガネ屋に行き、また新しい眼鏡を購入する。

そんなことが起こって間もなく、フレーム破壊事件の真相が明らかになった。


おそらくほとんどの人がわかっているだろう。犯人は、娘だった。おもちゃ代わりに妻の眼鏡を弄り、その力でフレームを折っていたのだ。それがわかれば対策は簡単である。娘が立ち上がっても手の届かないような、箪笥-と言っても四段の小さな箪笥だが-の上に眼鏡を置いて寝るだけである。

真に怖いのは子供の身体能力である。何に味を占めたのか、それでも眼鏡を引っ張り出し、フレームを折るのだ。おもちゃがなかったわけではない。なかったわけではないのだが、娘は執拗に眼鏡を狙っていた。手慰みとでも言わんばかりに。

…結局、半年の間に買い替えた眼鏡の数は片手では数えきれないほどだったと記憶している。数千円とはいえ、それが毎月のように飛んでいくのだ。娘にとっては何よりもいろいろな意味で高いおもちゃだったのだろう。


Devils Two。2歳児の子どもは悪魔のような存在だ、という記事を育児雑誌で見たのは、この事件が起きる前だった。なぜなら当時の娘はまだ一歳児だったからである。その娘に発達障害…自閉症とADHDの診断がついたのは、もう少し後の話であるのだが、その話はまたいずれ。

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