夢めがね

宿木 柊花

第1話

【夢めがね】を作った。

 たぶんあれが全ての元凶だと思う。

 発売されてからたった数年で全世界に広がり、そして


 人類が滅亡しかけている。


 今は同志の呼び掛けにより電力供給を止め、【夢めがね】のバッテリー切れを目指している。もう人類を救うにはこれしか手が残されていなかった。

 電力コンピューターの中枢。

 小さな小部屋に私は立て籠っている。

 外には生き残りのプレイヤーが私たちを探している。


 見つかれば終わり。


 開発者である私は捕まり、仲間は使えないと判断したら容赦なく殺すだろう。

 理性をなくしたプレイヤーの考えることは分からない。けれど、間違いなく【夢めがね】は息を吹き返す。

 そうなれば確実に人類は【夢めがね】に喰われることになる。


 小さな願いから始まった発明がまさか魂を喰らう化物になるなんて誰が思っただろうか。


 ガンッ!


 重い鉄扉に何かが当たる。

 いや、叩いたのか?


 ガンッ!

 ……ガンッ!


 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン


 無数の音が四方から聞こえてくる。


 やめて!

 来ないで。


 いやぁぁぁあああ!


 絶叫と共に壁や鉄扉がと歪み、焦点の合わない眼鏡が無理やりねじ込まれる。顔面の皮膚は避け、動くたびに筋繊維の間からピュッと何かが飛び出す。

 眼鏡の内側では溢れた眼球がゆらゆらと回っていた。

 とんでもない異臭を放っている。

 空っぽの胃がねじ切れそうだった。

『ミえなイょ』

『充電、ジューでンなィよ』

 鉄板が仕込まれていたはずの壁を突き破ったもう一人は髪がと剥け、肉片がこびりついたヘルメットのようなものが見える。壁を広げようとする手を見て絶句した。

 真っ赤に染まったそこに指がなかった。

 暗い部屋では分からないが壁の穴から漂う空気はあまりに鉄臭く、肺が呼吸を拒絶するほどだった。

 しかし上げた顔の眼鏡だけはキレイだった。


 急いで私たちは機械の陰へ隠れる。

 眼鏡の視界の外。

【夢めがね】も例外なくフレームの外は認識しにくい。

「所長だけでも逃げてください」

 メンテナンス部長が何を考えているのか分かった。火が灯りそうなほどの熱量で乱入者を睨んでいる。

「所長の分だけならビスケットも余裕ありますよね」

 元ハッカーの鳥井は小型のパソコンを強く抱きしめる。

「でも」

「部長さん、時間稼ぎくらいできますか?」

「そっちこそ勝算はあるんだろうね」

「もちろん。国一つ落としたことある人に言う台詞ですかね」

「最後の負け戦じゃ困るんでね」

「「早く行ってください」」

 二人が飛び出すと同時に私は開けてくれた扉を抜ける。


 二人の無事を祈りながら迷路のような施設を駆け、アジトへと向かった。

 途中プレイヤーの塊を見かけたが、潜伏していたK子が

「電気には炎ですよ」

 その純粋な瞳が何よりも怖かった。

「しぶといですね」

 黒く焦げてプスプスと煙を上げながらも近づいてくるプレイヤーをK子は躊躇ためらいなくシュートを決めるかのように蹴りつけていく。脆い頭は壁にぶつかるたびにスイカのように弾け、眼鏡が床を滑る。

 その眼鏡を追いかけて黒焦げたちがゆらゆらと移動していった。

「結局眼鏡。誰も遊んでくれない……」

「K子ちゃん、ありがとうございます。みんなのところへ戻ったらいっぱい遊びましょうね」

「うん!」

 笑顔は年齢相応で愛らしく、その頬を血で汚させない未来もあったはずだった。


 全ては私が【夢めがね】を作ったから。


 あの二人には悪いが、私が全てを終わらせなくてはならない。

 生き残った人類はやがて元の繁栄を得るだろう。


 人類の皆さん夢を見てごめんなさい。

 私が全責任を取ってします。


 脳へ直接の影響を与える機械にセーフティーを付けないはずはない。

 けれど、こんな事を想定もしていなかった空想の世界で生きていた頃の私はそのスイッチを私自身にした。

 それはを握ること。

 スイッチには生体認証があり、そのスイッチ自体はペースメーカーとして私の心臓で働いている。

 これが文字通り【夢めがね】の心臓。



「ふーん。そういうことね」

 K子がにんまりと笑った。

 その瞳には【夢めがね】の画面が映っていた。

「K子ちゃんそれ?」

「うん! 作れちゃった。でも眼鏡って見にくいからコンタクトにしたんだ。もちろん連携も可能だよ」

 何を言えばいいのかも分からない。

「K子のはオリジナルだから全部と連携したのね。だから所長さんの考えたこともみんな見えてるの」

 無邪気に目を細める。

「オリジナルは廃棄したはず」

「そうだね。本当に嫌になるくらい粉々だったよ。でもね、Kってことだよ」

 これだからギフテッドは……。

 次の手を考えないと。

「残念だよ、所長さんもK子とんだね」


 トン、と胸を押される。

 衝撃とは裏腹にボタボタと溢れ落ちる。


「温かいし、なんかかわいいね」

 K子の手の上で子猫ほどの何かが脈打っている。

「かわいい、か」

 静まり返った私はゆっくりと目を閉じた。

 きっと私はこのまま地獄へ落ちるのだろうと思いながら。


『心配しないで。この心臓はK子が育ててあげるからね』

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