第6話 二人の距離(ここから三人称)

 「と、とりあえず、お茶でも飲んで落ち着こう」

 フローレンは、自分に言い聞かせるように言った。

 ミミックから取り出した友人の宝物を持つ手は震え、それを隠すように電気ケトルの電源スイッチに手を伸ばす。


 「誰にも話さないでって、一体どうしたんですか?」

 リンネの記者としての探究心が、フローレンの変化を見逃すはずがなかった。

 フローレンが大事そうに隠し持った宝物、その形、どこかで見たことがあるような、ないような、それを確かめなければ今日は帰らない。

 そう心に決める。


 「いや、あの、今日はもう帰ってくれないか?」

 フローレンもまた、リンネの変化に反応する。

 「嫌です。協力したのに報酬、つまり結果を見れないのは不公平です」

 「協力って、私のお尻を押しただけじゃないか」

 「治療しました」

 「ただのささくれだってば」

 「とにかく僕は帰りませんよ、ソレは一体何なんですか?」

 リンネはしびれを切らし、核心を突いた。


 「これは、その、私の……」

 「私の?」

 リンネはフローレンに迫った。

 そして、フローレンの顔が赤らんでいくことに気づくことなく、さらに積極的な行動に出る。

 

 女性経験の乏しいリンネだが、躊躇はなかった。

 その行動が、男女の間で禁忌、ハラスメントと認定されて半世紀。

 

 「え? ちょっとリンネくん……」

 リンネの壁ドンに、戸惑うフローレン。

 カベハラというハラスメント行為を容認できないではいたが、隠し事をしている後ろめたさと、今まで一度もされたことない壁ドンを前に、俯くことしかできないでいた。 


 むろんリンネにそのつもりは無かった。

 ただの探求心、一刻も早く、フローレンが隠し持った宝をただ見たいだけ。

 対象が逃げられないように咄嗟に取った行動だった。


 そして二人の間に、少しの沈黙が生まれ

 「あ、あ、あの、ごめんなさい」

 

 その沈黙とフローレンの赤ら顔に、ことの重大さを認識するリンネ。

 「そんなつもりじゃなくって、その、ただ宝物を見たいだけで……」

 「そうなの? ちょっとドキドキしちゃったよ」

 フローレンはそう言って、宝物を後ろ手に持ちながら上目遣いでリンネを見た。

 

 そのフローレンの姿に、リンネは胸に強い衝撃を覚え、そして、そのまま後ろを向いてしまう。

 「と、とりあえず、お茶ください」

 「そうだね、丁度お湯も沸いたみたいだ」

 スイッチの切れたケトルを手に取り、茶葉の入ったティーカップにお湯を注ぐフローレン。

 「あ、ありがとうございます」

 リンネは、手渡されたカップに息を吹き掛け、冷ましたお茶を啜り、呼吸を整えた。


 「落ち着いたみたいだね」

 「はい、すみません、取り乱してしまいました」

 リンネとフローレンはテーブルを挟んで椅子に腰かけた。


 「少しだけだけど、君のことが分かった気がするよ」

 「僕のこと、ですか?」

 思わぬ言葉に、リンネは目を見開いた。


 「エルフのことが知りたいって訪ねてきたときは、新手の襲撃者かと思って警戒していたけれども、真剣に取り組んでいる姿を見て反省しきりだ。君は良い記事を書いてくれそうだ。エルフはオワコンだなんて寂しい世論を変えてくれそうな気がするよ」

 「僕が?」

 リンネの胸を、先ほどの衝撃とは別の痛みが走る。


 自分は真剣にフローレンのことを知ろうとしていたのだろうか。

 ただ命令されたから、惰性で取材をしていただけではないのか。

 リンネは心から反省した。


 「あの、僕、もっとエルフ、いやフローレンさんのことを知りたいです」

 「なんだか告白みたいだけど、大丈夫?」

 フローレンはからかうように笑った。

 「いや、そういうことじゃなくってですね」

 「フローレンって呼び捨てにしていいよ、友人からはフローって呼ばれていた。長風呂は嫌いだけどね」

 「フロー……なんか呼び難いですね」

 「だよね」

 二人は吹き出して笑った。


 「あの、亡くなったフローレンの友達って、どんな人だったんですか?」

 フローレンのこと、あるいは宝物のこと、それを知るにはこの状況の原因となっているであろう、友人の死を探ることが先決だと、リンネの記者魂が働いた。


 「彼女はとても明るくて、お人好しで、惚れっぽくて、膝まで伸びた金色の綺麗な髪が印象的なエルフさ。お風呂が長くなるからショートカットにしなよって言っても全然聞かない頑固な面もあったね」

 「お風呂はゆっくり入らせてあげてください」

 「早死にするのに?」

 「その話はもういいです」

 「大事なことなんだけどな」

 「じゃあ、あとでゆっくり聞きますので」

 「ほんと? やった」

 小さくガッツポーズを取ったフローレンを見たリンネの胸は、再び高鳴った。


 それから二人は話を弾ませた。


 「じゃあ約束ですよ」

 「うん、次に来たときには、彼女が遺した宝物を見せるよ」

 「ありがとうございます。楽しみにしています」

 「またね」

 「はい」

 「良い返事だな」

 「ホントに楽しみなんで」

 「それは良かった。じゃあね」


 リンネの背中を見送り

 「とりあえず、これでいいんだよね」

 空を見上げ、亡き友へ問うフローレン。


 そして、少し寂しそうな顔で旅支度を始める。

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