第5話 取材(リンネ視点)

 僕の名前はリンネ。

 大衆向け週刊誌のしがないライターだ。


 ある日、編集長からエルフの取材をしてこいとの指示を受けた。

 最近、仕事へのモチベーションが下がり気味で、サボタージュな姿が気に障ったらしい。

 けど、エルフなんかの取材をあてがうなんて、いくらなんでも編集長は人が悪い。

 まぁ途上国では未だにエルフを神がかり的な存在として崇めているらしいけど、ハッキリ言ってもう終わったコンテンツ感が否めない。


 異界の門が開いてから、既に500年が経過している。

 当時の記録では、天地がひっくり返るほどの出来事だったが、人の順応性はそれを凌駕した。


 言葉さえ理解できれば、エルフやドワーフなどはただの異文化コミュニケーションだし

 モンスターは、人里を荒らす熊か猛獣の類で

 飛行する奴らは真っ先に絶滅させられ、主要なモンスターはダンジョンに追いやられた。

 未だにオオスズメバチのほうが人間を殺しているのだから異界の生物もたいしたことはない。


 山に登るようにダンジョンに挑み、胃袋を満たすためにモンスターを倒し、研究者たちは我先にと異界の謎を食い漁った。


 もう人の好奇心を満たす物は何も残っていないだろう。


 エルフだってそうだ、純血のエルフは3000年以上生きるとの研究結果だが、そこには何のカラクリもなく、ただの遺伝子。つまり純血のエルフだけの特性、早い話、カメや深海のサメと同種。外部からはどうする事もできない運命ってことで落ち着いている。

 ちなみに、他の血が混じった、いわゆるハーフエルフは平均寿命70歳と人と何ら変わらないらしい。


 長生きするエルフの一部は、生き字引として重宝される者もいるが、映像、音声などの多種多様な記録媒体があるこの時代には不要、むしろ個人の見解、いわゆる思い出補正のかかった記憶なぞ、曖昧で役に立たないのが世の定義だ。


 だから一部の熱狂的な、それこそ生きているエルフの部位を求める狂信者以外は誰も興味を示さない。

 まぁそういったニッチな層も逃さないうちの週刊誌の心掛けは称賛したいが……正直言ってあまり乗り気ではない。

 長く生きている分、ゴリゴリに凝り固まったエルフの思想を聞くのは疲れるのだ。



 そのエルフの名はフローレン。

 子供の頃に見聞きした謎のカバの童話、ナントカ谷の妖精達の日常を描いた作品だったか、それに出てくるキャラと同じだからすぐに覚えられた。

 自分の方が先に産まれているのにと、そのエルフは口を尖らせたが、どうでもいい。

 もっとどうでもいいのは寿命の話だ。エルフの特徴なんて長生きなことと、耳が長いことだけ、そんなことは誰でも知っている。それなのに秘訣がどうのこうのとのたまう。しまいには風呂は三分以内だ、耳は一番丁寧に洗えだと、どうしようもない情報を提供しだした。

 こんなことを記事にしたら、僕の記者生命は終わってしまう。

 けれど、取材相手に気持ち良く語ってもらうのは記者としての力量が試される。


 だからまた会う約束を交わした。


 前回会った時の話の中で、風呂好きの友人が長風呂が原因で亡くなったと聞いた。

 僕はその流れでその友人の家の内見を依頼した。


 異界の門の向こう側の世界でも純血のエルフは希少で迫害や研究材料になることが多く、単独で人里離れて暮らしていたそうだ。

 こっちの世界に来てもそれは変わらず。200年前くらいまでは苦労していたらしい。

 生きたまま血液や心臓、眼球まで取られる恐怖は想像を絶する。そこは上手く記事にできそうだ。


 だからだろう、エルフの私生活の匂いに少し興味が湧いてきた。

 丁度、引っ越しも考えていた頃だし、多少の距離なら我慢も出来るだろうと本気で検討したのだが……まぁ普通の木造建築だった。

 木の温もりとか、アンティークな家具とか、好きな人は好きだろうけど普通だ。


 珍しい置き物や値がつきそうな骨董品もあったが「〜らしい」とか「聞いた」とか曖昧な主張の物も多く信憑性に欠けるし、だんだんと興味が薄れていった。

 それよりもなによりも、住むことを前提に内見していた家が狂信者達の襲撃に遭う可能性が高いということを聞いて、即座に帰宅した。

 理由は僕が、いや僕の耳がエルフに似ているから。


 母子家庭で育った幼少期に「すけこましエルフの子」と誂われ、コンプレックスな自分の耳を大人になっても恨むことが来るなんて思わなかった。


 とにかく、もう取材は終わり。次は無い。このエルフとも今生の別れだと至った数日後に、今度はフローレンから呼び出された。

 

 亡くなった友人の遺品をミミックという宝箱に化けたモンスターから取り出したいとの内容だ。

 なんで僕に? と疑問に思ったが、宝箱と聞いて胸が踊らなくなったら記者として、いや漢として失格だろうと思い立ち再び彼、いや彼女の前に赴いた。


 フローレンが女性だと気付いたのはその日だ。

 エルフは顔が整っているから、男性でも綺麗な顔立ちだし、年齢による老いもみられないから分からなかった。

 頭髪も風呂を三分以内に終えるためにという訳の分からない理由でショートカットだし。

 なによりも、その体型があまりにもスレンダーで……早い話が胸がまな板だったから。


 まったく配慮に欠けていた。

 あまつさえ、ミミックから宝を取り出す際に、その柔らかなお尻も触ってしまった。

 女性経験が豊富ではないから、その後、酷く意識してしまったのは言うまでも無い。

 

 さらにショッキングなことは続き、彼女は自分からミミックに食われた。

 事前に僕がその役を頼まれたが、面白くないジョークだと断った直後の事だ。


 僕が咄嗟に彼女の柔いお尻を押さなければ、ミミックに上半身をもっていかれただろうに……そのお尻の感触よりも、僕のことを信頼していないと出来なかったであろう彼女の行動に不思議な感情を覚えた。

 それともただのバカなのか。


 とにかく、そうやって取り出した友人の遺品を見た彼女は、明け透けに語っていた今までと違い、目を潤ませ、僕の手を取り


 「このことは誰にも話さないで欲しい」

 そう呟いた。


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