第25話 どうせ狂っているのなら……

「楽しい! 面白い!! 綺麗!!! お姉ちゃん、まだまだ遊ぼうね! 壊れちゃダメだよ!!!」

「お前が壊れろクソガキぃィィィィぃぃィィィィィ!!!」


 意識が過去から現在へ帰ってきた。

 目の前には壮絶な殺し合いをしている2人の女がいる。


 よし。状況整理だ。


 私は死んで、正ヒロインに生まれ変わるためのデスゲームに参加している。

 しかし、あの幼い少女‥‥‥ルカに戦意喪失して木偶の坊と化した。そんなカスな私を守っているのは、何故か私に執着するユメだ。


 ‥‥‥うん。現状は把握できた。


 次は身体。手をグーパーと動かすこともできるし、立ち上がることもできた。

 さて、回復した今、私はどうするべきだろうか。


 ルカの重いパンチをみぞおちに喰らい、吐血するユメが目に映る。


 倫理的に考えれば、あんなに頑張って守ってくれているユメを助けるべきなんだけど、あの中に私が乱入しても、足手まといにしかならないことは明白だ。

 そんな意味のないことをした結果、2人仲良く殺されるのが最も愚かだ。だったら、さっさと逃げて私だけでも生き残るのが道を選ぶべきだ。


 考えれば考えるほど、この方法しか無いように思えてくる。しかし、その場から動けない。さっき身体の機能は回復していると確認したばかりだ。移動するのに支障は無いはず。


 ‥‥‥もしかして、心の問題ってやつか?


 おいおい。殺した悪役令嬢の数も忘れるくらい手を汚しているくせに、今更仲間を見捨てられないとかほざくのか? 1人目を殺した瞬間、お前はそんな人間らしい心の葛藤をする権利は失われてるんだよ。

 人間を辞めているのに、そこまで強くない。

 中途半端なお前にできることなんて、ここにはない。さっさと逃げろ。


 身体は動かない。

 逃げろよ。

 身体は動かない。

 逃げろよ。

 身体は動かない。


「逃げろよ!!!」


 ちっとも言うことを聞かない身体に怒鳴り散らす。


 あぁ。調子の悪い時のお母様みたいだ。

 本音を言うと、私はお母様が嫌いだった。


 ちょっとしたことでヒステリーを引き起こして、散々私を罵倒した後、泣きながら「ごめんね‥‥‥でも愛しているの」とほざくあの女のことが大嫌いだ。


 産んでくれた恩で受け入れるには、とっくに許容オーバーしていた。いつ爆発するか分からない地雷原に怯えながら過ごす生活のストレスは半端ではない。


 その中でも、根の深い恨みが小さい頃からのお気に入りのマニキュアを捨てられた時だ。


「こんな派手なのエミリーちゃんには似合わないわよ」


 そう言ってはいたが、単純に自分の好みではなかっただけだろう。

 どこで手に入れたのか、どうしても思い出せないかったから探すこともできなかった。まるで身体の一部を失ったような感覚に襲われたのをよく覚えている。


 人間、本当にパニックになった時は関係ないことを考えてしまうらしい。


 どうする? いや、どうしたい?


 頭を掻きむしる。掻いて掻いて掻いて掻いて掻き続けていたら、頭部から血が滲み出てきた。

 グジュッとした音がしたので、深く掘ってしまったみたいだ。

 無意識に爪を見る。


「‥‥‥?」


 そこには、とうの昔にお母様に捨てられたマニキュアで塗ったような色をした爪があった。

 このゲームに参加してから爪のケアを全くできていないので、ボロボロでところどころ剥がれかかっている爪に綺麗な薄ピンクが塗られている。


「‥‥‥ッハ」


 ついに頭がおかしくなったかと自分を嘲笑する。あるはずの無いものの幻覚を見るなんてみっともない。

 その幻覚は、私に都合の良い方向に進んでくれた。


 爪が伸びた。

 グングンと、10センチ近くまで成長する。昔育てていたアオマツという植物は成長が早いことで有名だったが、この爪とは比べものにならない。

 試しに己の手のひらに軽く触れてみると、パックリと傷ができた。


「‥‥‥もう、これで特攻しちゃうか」


 ゴチャゴチャ考えるのも飽きてきた。どうせ私は、こんなわけの分からない幻覚を見てしまうくらいには狂っているんだ。

 ここで逃げてもどうせ狂ったままだ。狂った状態で死んだ方が、まだ格好はつくだろう。

 

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