第38話 オオカミ、戦いを見守る

『親父……』


 俺は親父の創り出した影のマナ空間の中で親父の戦いを見ていた。アヴィディーは魔法を使って灯りを作らないと辺りを見渡せないようだったが、俺には何故か周りがハッキリと見えた。


 漆黒に染った空間では現在、親父とアヴィディーが目にも止まらぬ速さで戦闘を繰り広げており、俺は少し離れた場所でそれを見ていた。


『ふん!この程度なのかアヴィディーよ!これなら態々【影の支配者シャドールーラー】を使うまでもなく済んだかもしれんな!正直ガッカリだ!』


「ソん゛なこ゛とを言うな゛よ!ベイン!俺はまだまだこんなも゛のじゃないっ!もっともっともっともっともっともっともっともっと!愛し殺し合おうぜ!」


 親父は影の空間にどうやってか潜り込み、天井、床、壁、創り出した魔物、ありとあらゆる場所からアヴィディーに襲いかかり、またアヴィディーも目にも止まらぬ速さで動き回り、両者互角の戦いを繰り広げていた。


 アヴィディーの攻撃でまともに動くことが出来ない俺は何とか見るのでやっとであり、親父が戦い抜いている姿をこの目に焼き付けることしか出来なかった。


 アヴィディーが拳を振り抜いたかと思えば、親父は既に避けた後であり、後ろに転移するとアヴィディーを噛み殺さんと大きな牙を現し、それを見たアヴィディーが高速で避けると笑顔の表情を更に破顔させ何かしらのスキルを使い、攻撃を再開する。


 両者の攻撃はより素早く、より鋭く、相手を殺すためにより最適に、より殺意を増していく。


 しかし、親父の方がアヴィディーを圧倒しており、このままであれば勝つだろう。それ程までに今の親父の強さは異常だった。


 そのはずだ。だから俺がこれ以上なにか出来ることがある訳は無いし、アークと呼ばれていた老人も迂闊に動くことが出来ない様で未だにノルとシアを抱えたまま呆然としていた。


 その為、俺はこのまま親父が勝つのを見ていればいいはずなのだが………


『何なんだ?この不安は?』


 不安が消えなかった。今も親父の戦いを見ているだけしか出来ない状況を悔しいと思うよりも何とかしないと取り返しのつかない事になるという予感がしてならない。


 こんな状況でもずっと鳴り続けている【危機感知】のスキルの警報がより一層強くなった様な感覚があった。


『親父……』


 分からない。しかし、無視も出来ないただの直感としか言えないものを抱えながら親父とアヴィディーの激戦を見届けることしか出来ない。そんな自分を歯痒く感じながら……



 ——————————————



〈ベイン視点〉


 我が思っているよりもアヴィディーは強く、【影の支配者シャドールーラー】を発動しても、未だに倒せずにいるのが何よりの証拠だった。


『さっさと死ねばいいものを!面倒な!?』


「ハハハッ!ツレなイ゛なァ、ベイン!ダが、おレも゛ケッ着を着けたいのはさン゛せい゛だぁッ!」


 示し合わせたかのように我とアヴィディーは拳を振り上げ、同時に技を放った。


「『死ねッ!』」


『亡者共!我に力を貸せ!【呪影の災爪カースト・ディザスター】ッ!』


「その力は我が身に降りかかる災いを振り払う光なり。【光輪の浄火ホーリー・フレア】ッ!」


 我は近づいただけでも力のないものが失神するであろう程の怨念を込めたマナを爪に乗せた。アヴィディーは背中に光輪が現れると白い炎がアヴィディーの左腕に凝縮され、拳と爪が触れ合った瞬間、衝撃波が発生し、一面を埋め尽くしていた我が創った魔物を消しとばしていく。


『……チッ。ここまで厄介な相手とは、そろそろ崩壊が始まってしまう。……その前に決着をつけるしか道はないな。』


影の支配者シャドールーラー】のスキルの効果は止まることのない影属性のマナの解放。スキル発動中は常にマナが溢れ出し、無尽蔵のマナを使い、相手を蹂躙する。


 溢れ出るマナは文字通りの無尽蔵であり、使用者がスキルの発動を止めない限り、マナが止まることは無い。


 しかも、マナの溢れ出る量は時間が経つ度に増加し、いずれは発動者本人を滅ぼす捨て身のスキル。


 溢れ出るマナはもう既にかなりの量となり、例えワイバーンだろうと一撃で殺すことが出来る。


 それなのにこの男を殺せない。いや、下手をすると我の優勢が段々とアヴィディーの方へと傾いているように感じられた。


 このままでは不味い。。これではナディーまでやられる。それは防がねば我がここで戦っている意味がない。


 それにノルとシアも助けようとアヴィディーに付いてきた爺に魔物をけしかけているが、上手いこと躱され、気づいたときには切り伏せられていた。かと言ってそちらのほうに僅かでも意識を割けばその隙を突かれ瞬く間に我がやられてしまう。


 この状況が続いていくか。そうなれば不利になるのはこちらだ。そう我は判断するとノルとシアを攫おうとする不届き者への攻撃を一旦止め、アヴィディーに全力で集中することにした。



『アヴィディーよ。1つ謝らねばならん事がある。』


「ア?もシカして、ゼん゛力を出してい゛ないこ゛とかァ?」


 なんと気づかれていたか。我はまだアヴィディーのことを過小評価していたらしい。まったく、これではあの耄碌したお人よしのトレントに笑われてしまうではないか。


『なんだ、気づいていたのか。貴様ならその事に切れてっつかかりそうなものなのだがな。』


「いや、気づいたのはついさっきだ。少し余裕ができたから周りを探っていたらアークの方にも攻撃を仕掛けているのが分かったからな。」


 余裕?束の間の休息、そこでアヴィディーは何と言った?この我が集中していないとはいえ、【影の支配者シャドールーラー】を使っているのにも関わらず、余裕だと?それはそれは…


『気に食わんなぁ!』


 1歩──これまでとは比べ物にならない速度で近づいたことをアヴィディー

 はギリギリ認識できたようだったが、防ぎきれずに肩をかみ砕かれた。


「ガァァァァァァァァァッッッッ!」


 アヴィディーは痛みに耐えきれずに叫び声を上げた。これを見逃すはずがなく、我はアヴィディーを離すと落下が始まる前に【狼爪撃】のスキルを発動させ、【影の支配者シャドールーラー】により枯渇することを知らないマナを爪に込め、とてつもない程に馬鹿げた威力になったものを振り下ろした。


「ガフッ!」


 アヴィディーは遠くまで吹き飛んでいったが、我の攻撃はこの程度では終わらない。


『【影渡りシャドームーブ】』


 アヴィディーが吹き飛んだ先の空間から我が現れた。偽物か?いや、この空間は我が止まることのない影属性のマナを空間に放出しているため、我の影が縦に横に、ありとあらゆる方向に延びているだけであり、我とナディーだけが所持している【影魔法】は影のある所ならどこであろうが影を経由し移動することができる。


 その為、【影の支配者シャドールーラ】を使っているこの環境下ではどこであろうと現れることができる。我は影を通り過ぎるとまたアヴィディーを切り裂き、そしてまた吹き飛んだアヴィディーの目の前に現れる。そして段々とこのサイクルは速く、鋭くなっていく。この地獄はいつか終わるのか?否、このサイクルは終わらない。相手が消滅するまで止まることを知らない。終わらない斬撃。止まることを知らない。この地獄の名は——


『【斬鬼ざんき黒縄地獄こくじょうじごく】』


 黒縄地獄。殺生や窃盗の罪を犯した者が落ちる地獄。熱した縄状の鉄を身体に巻き付けて焼かれることや刃物で切り刻まれる、大釜で煮られるといった苦しみが待っている。


 この空間は地獄の大釜だ。罪人はここで懲罰者からの赦しを得なければ逃れることは出来ない。


 その赦しとは、死。罪人はこれまでのことを心から悔やんで初めてこの苦しみから逃れることができる。そんな我の必殺の連撃。これまで使う程の敵がやって来ず、初披露となった。そんな中で我はどこからともなく笑い声が聞こえてくるのに気が付いた。


「クックックックックッ…アーッハッハッハッハッハッ!」


 笑い声だと?どこから?我が創り出した魔物には常に笑い声を上げてくるような者どもはいない。それならば何か侵入者でも来たか?いや、我の【マナ感知】には新しい気配は何もない。あの剣士の爺も急に出なくなった魔物に困惑しているようだが、周囲を警戒しており、動いていない。


 それならば──


 我はアヴィディーのことを見た。我は苦痛に顔を歪めているのだと思っていた。先程までの戦闘で、アヴィディーの力はある程度把握しているつもりであった。だが──








 アヴィディーは笑っていた。それはもう、とびっきりの笑顔で──









 アヴィディーも力を抑えていたのか?我も全力を出していなかったのに何故、アヴィディーは全力を出していないと思い込んでいた?まさか、まさかまさかまさかまさか──


 嫌な予感は止まらない。勘違いであってくれ、考えすぎであってくれ。そんな風に思っても、一度考えてしまっては止まらない。止められない。そしてアヴィディーの笑い声は止まらない。より大きく、より残虐になっていく。


「あぁ!ベイン!お前はさいッッッこうだ!ここまでの力を隠していたなんて!この強さはどうやって手に入れた?才能か?ある日、感情が昂ぶり爆発したか?死が蔓延っているような状況にでも身を置いていたのか?あぁ、欲しい!奪いたい!お前の努力の結晶を!お前の才能を!お前の象徴を!お前の誇りを!」


 アヴィディーは攻撃を受けているにも関わらず、そんなものは効いていないかのように、否、存在していないかのように振舞っている。我の攻撃の手は緩むどころか増すばかりなのだが、それでもアヴィディーは語り続ける。いや、叫び続ける。


「今回の食事では使う気はなかったんだが…気が変わった!ベイン、誇れ!俺の全力を──俺の切り札をお前に見せてやるよ。──さぁ、我が手に現れ、顕現せよ。全てを奪い、貪り、喰らい、盗み、そして壊せ。──【繧「繧ク繝サ繝?繧ォ繝シ繝】」


 その瞬間、が現れた。邪悪としか言いようのない気配に思わず、アヴィディーから無意識に距離を取ってしまった。攻撃を中断してしまったことに遅れて気づいたが、その反応は正解だったとすぐに理解することになった。


 アヴィディーの手には一振りの大剣が握られていた。何かの生物の骨でその大剣はできており、とてつもない存在感を表していた。そして何よりもその大剣は瘴気を放っており、空間、マナ、物など、ありとあらゆるものを腐らせていく。


「俺の愛剣【繧「繧ク繝サ繝?繧ォ繝シ繝】だ。瘴気を出すから戦いが終わった後には何も残らないのが残念だが、俺が全力を出すに相応しいと思った相手にだけ使う剣だ。」


 アヴィディーは邪悪に歪んだ笑みを浮かべながらそう語ってきた。あれは不味い。危険すぎる。それ程のものを一介の人間が所持しているだと?一体、どうなっている?


「さぁ、宴の続きと行こうじゃないか」


 アヴィディーはかなりの距離があるにも関わらず剣を一閃。そんなことに意味があるのか?そう疑問に思った瞬間だった。


『ガフッ!』


 我は気づけば血を吐き出していた。いつ攻撃された?


「おいおい、まさかこの程度で死なないよな?まだこれからなんだからさぁ──




















モットコノタタカイヲ、タ・ノ・シ・モ・ウ・ゼ?」





 ───あとがき────────────


 いつもこの小説を読んでいただき、ありがとうございます!

 突然ですが、この小説のタイトルを変更しました。


『オオカミの旅路〜魔物に転生した俺、強さを手に入れ生き抜いていく〜』


 これからも読んでいただけると嬉しいです!この小説が面白いと思っていただけたら是非、フォローや応援、星での評価をしていただけると幸いです。


 コメントにもなるべく返信するように致しますのでよろしくお願いします。

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