第34話 オオカミ、不穏を悟る
『何とか終わったな……』
俺はエクスシアを何とか倒すことが出来たことにホッとひと息つくとウェスタンへの警戒を始めた。
正直に言えばめちゃくちゃ疲れたのだが、俺のことを「解剖したい」と言ってきた相手だ。隙を見せたら何をされるのか、分かったものではない。
「いや〜素晴らしい!初めての実戦投入で改善点がまだまだあるとはいえ、私の自信作であるエクスシアを倒すとは!これは是非とも連れて帰り、私の研究の実験材料にしたいものですなぁ。」
ウェスタンは何やら興奮冷めやまぬ様子で饒舌で喋っており、俺への興味はどうやら最高潮のようだ。ちなみに俺からの好感度は最底辺だ。
いや、「人体実験をあなたでさせてもらえませんか?」とか笑顔で言ってくる人間に「はい、喜んで!」なんて言える奴って存在するか?
そんな俺からの好感度が最底辺のウェスタンの行動を注意深く見ていたが、ウェスタンは特に何かをする様子はなく、興奮したまま先程の戦闘の感想を述べてきた。
「——そういうわけで、あそこのマナを使った威力向上系のスキルはエクスシアでは現在再現が出来ておらず、そちらが発動していた様子を観察させてもらい、とても参考になりました。いや〜身体を使ったスキルの発動は成功しているのですが、いかんせん今のエクスシアでは意識が乏しく……しかし、自我をハッキリさせてはこちらに危険が及んでしまうため、そこが今後の課題ですなぁ……」
途中から聞いていなかったのだが、ウェスタンは喋り終えると最後は肩を落としてがっかりした様子であり、警戒心が一切見られなかった。
例え、ゴブリン達でも獲物に近づく際はしっかりと警戒心を剥き出しにしているが、この男からはそんな森のゴブリンがやっていることすらしていなかった。
俺に勝てる算段があるのか?そう思って確認してみたが【危機感知】は反応しておらず、特に俺より強い力を持っていないただの危ない研究者であることが確定してしまった。
でも、こいつは何を企んでいるんだ?分からない。理解ができない。しかし、分かっていることはこいつは俺達に危害を齎すつもりだということだ。
俺がウェスタンの意図を読みかねており、ジッとしていたが遂には痺れを切らしウェスタンを殺そうとすると不意にウェスタンが喋りかけてきた。
「オオカミ君〜、君のことだ。私が今何でこんなことをしているのか、不思議で仕方ないのでしょうか?」
ウェスタンの表情は先ほどまでの笑みを貼り付けていたが、その雰囲気はガラリと変わり、不気味な気配を漂わせていた。
「実は私、今回は実験の成果の確認をしにきたのはついでなのですよ。」
ついで?どういうことだ?
俺は疑問に思うウェスタンの言葉に警戒を強めながらこいつの話を聞いた。
「私はとある貴族の協力者の命令でここに来ておりましてねぇ。…何でもこの前、この森にとある狼系の魔物を探しに部隊を派遣した様なのですが……見たことのない灰色の狼が、1人を除いて全滅したようなのですよ」
最近森に来た人間で、狼系の魔物探していた集団を灰色の狼系の魔物が人間の部隊を壊滅させた。そのことに俺は心当たりがあった。
「その魔物を倒すことは造作もないのですが、探していた魔物—【
落ち着け、まだ確信を持った訳じゃない。他の狼系の魔物の可能性がある。俺たち以外の魔物は見たことがないが、きっと——
「部隊を壊滅させた魔物は見たことのない【闇魔法】を使ったようですよ?丁度、あなたが先ほど使ったあの【闇魔法】ですよ。」
ウェスタンの言葉を聞いた瞬間、気づいた時には俺は住処の方へと駆け出していった。
足止め、ウェスタンの協力者の目的はこの森を荒らすことではなく、俺をこの場に押し留める事。俺や森に興味はなく、本命が別にあるという事。しかも、先ほどの会話で聞こえた【
『親父ィィィッッッッ!!』
俺は無我夢中で叫びながら森を疾走した。その時、不意に親父やみんなとの思い出がなぜか脳裏に蘇った。
『フンッ。その程度なのかナディー?この程度で我に勝とうとは片腹痛い!…おい待て!なんだそれは!お前のレベルを考えると出鱈目にも程があるぞ!』
—親父との模擬戦で初めて親父を驚かせることができたこと。
初めて親父の前で【
これまで親父には尽く俺の攻撃を避けられ、かすり傷1つ負わせることができなかったが、この日に初めて親父にダメージを与えることができたのだ。
『よっしゃあッ!』
初めてのことに喜んだのもつかの間、気づけば俺は地面に倒れ伏しており、立っていたのは親父だった。
『ふふん。貴様に我を倒すのは500年早い。驕らずに励むのだな。』
あの時の親父のドヤ顔を俺は一生忘れることは無いだろう。いつかあの顔をボコボコにすることを密かに誓ったのだ。。
…だけど、あんなに楽しそうな親父の顔を見たのも初めてだった。その表情に釣られて俺もその時は笑っていた。
─別の日、俺がノルとシアと遊んでいて気がつくと日が暮れてかけており、その日は母さんと遊ぶという約束をすっぽかしてしまった時のこと。
『もう!ナー君ったら!』
その時の母さんは俺に初めて拗ねた様子を見せてきた。初めてみる母さんの態度に俺はどうすれば良いのか分からず、オロオロしているとそれを見ていた母さんが吹き出して笑った。
呆気に取られた俺だったが、母さんが揶ってきたことを理解すると今度は俺が母さんに拗ねた。
──別の日、ノルとシアに鬼ごっこを教えた。2人とも楽しかったようで翌日からよく鬼ごっこをせがまれるようになった。
また別の日はこれを、また別の日はあれをあの日には───────
家族みんなでのんびりとするのが俺の1番の楽しみだった。いつも地獄のような特訓を課してくる親父も、俺達をベタベタに甘やかし、時々怒ってくれる母さんも、いつも兄としたってくれて甘えてくれるノルとシアも──
そして俺もみんなに混ざってお昼寝をするのが大好きだった。【
みんなは無事なのか?ただただそれだけが気になった。エクスシアとの戦いでまともに動かすことの出来ない身体に鞭を入れ、残り少ないマナを使ってまで急いで住処に帰った。
─────────────
『大丈夫、大丈夫、大丈夫…』
こんなにも不安に駆られたことは、恐らく二度とないだろう。俺は自分を落ち着かせるために何度も、何度も何度も「大丈夫」と呟いた。
そうしていると間もなく住処に着いた。
『ほら、大丈夫だったじゃないか。』
俺はホッとしながら住処に戻った。
この後直ぐにノルがやって来て飛びついてくるだろう。
シアも俺の姿を確認するとそっと駆け寄り、「自分も心配したんだぞ」ということを伝えて来るだろう。
俺がそれに苦笑していると親父もやってきてノルとシアに「ほら、心配ないと言っただろう。ナディーがこの程度で殺られる訳が無い」とドヤ顔で言ってくるのだ。
母さんも気づいた時にはやって来ており、「流石はわたしのナー君!」と言って喜んでくれるのだ。だからきっと──────
住処に戻ると俺が望んでいた光景は無かった。
抉れた大地。恐らく戦闘があったのだろう。近くには血も飛び散っており、かなりの激戦だったことが伺えた。
抉れた大地の中心には1体の魔物が倒れ伏しており、マナが無いことからもう生きていないことが分かった。
その魔物は白い毛並みを血に濡らし、あの美しい姿を見せてくれない事実を突きつけてきた。
そう、あの魔物は母さんだ。
『かあ、さん?』
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
母さんが死んだ?そんな訳が無い。そんなはずが無い。第一、親父はどこに行ったんだ?ノルは?シアは?親父がいるのになんでこんなことになっているんだ?
俺は慌てて【マナ感知】を使い、3人がどこにいるのかを調べた。少し時間がかかると思ったが、3人のマナは直ぐに見つかった。
俺はそのことにホッとした。してしまった。この時、慌てていたからか俺は気づくことがなかった。
親父のマナの反応がいつもよりも弱々しいことに。ノルとシアのマナの近くに知らないマナと1度だけ戦ったことのあるマナがあることに。
俺はマナの反応があった所に急いで行くとそこには………
血だらけになった親父が居たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます