スマホになった話

六散人

「なった話」シリーズ第2弾

「マイちゃん。ご飯食べながらスマホ見るの、いい加減にしなさい」

夕食を食べながらマイがスマホを見ていると、母親からいつもの小言が飛んできた。

「いいじゃん。テレビ見るのと一緒でしょ」

マイもそれに、いつもと同じ口答えで返す。

ついでに小学6年の弟が、2人のやり取りをニヤニヤ笑いながら見ているのを睨みつけた。


マイは中学3年生。

毎日スマホにハマりまくっているというよりも、スマホなしでは生きていけないと思っていた。

実際友達とのやり取りも全部スマホだし、TikTokやYouTubeのコンテンツをしっかり見ておかないと、たちまち話題から取り残されてしまうのだから、マイにとってはスマホを見るのが仕事のようなものだった。


当然学校の授業なんかより、遥かに優先順位が高い。

今時の中学生はテレビなんか殆ど見ないし、知りたい情報があれば簡単に探すことが出来るのだから、スマホがあれば万事OKということだ。

逆にスマホがないと、何をどうしてよいのか分からなくなる気がしてしまう。

そんな不安が、スマホを手放せなくしているのだ。


――最近グループライン、前より減ってんな。

夕食を終えて部屋に戻ったマイは、ふとそう思った。

彼女は同級生の帰宅部5人組でグループラインを組んでいるのだが、確かに以前に比べてメッセージの数が減ってきている。


「明日、アヤにでも聞いて見るか」

アヤというのは、マイの小学校時代からの親友で、当然グループラインのメンバーでもある。


――そう言えば今日、アヤにちょっとむかついたな。

マイは今日の学校での出来事を思い出した。

休み時間にアヤと、スマホ絶対手放せないよねえと話していた時のことだ。


「いっそのこと、スマホになったらいいんじゃね?そしたら1日中TikTokとか見れんじゃん」

マイがそう言うと、アヤは馬鹿にしたように言ったのだ。

「あんたさあ、さすがに1日中スマホなんか見とれんでしょ。頭おかしくなるよ。大体、ぶっ壊れて機種変したらどうすんのさ」

マイはその物言いにカチンときたのだが、言い返そうとした時にチャイムが鳴って授業が始まったので、そのまま有耶無耶になっていたのだ。


――最近アヤの言い方ってムカつくんだよね。1回ハブってやろうか。

マイは近頃、結構真剣にそのことを考えていた。

――まあいいや。取り敢えずBBBBの新作TikTokでも探してみっか。

そう切り替えて、スマホを持ったままベッドに寝転ぶ。

すると一瞬世界が暗転した。


***

気がつくと、そこは何もない空間だった。

いや、実際には様々なものが漂っているのだが、前後左右、上下どこをみても漠とした空間で、自分が今いる位置が全く掴めない。

その空間の中を、様々な色や形をした大小の浮遊物が、頼りなげに漂っているのだ。


――ちょっと何よ、ここ?

――これってどういうこと?

――意味分かんない。

マイは恐怖で周囲を見渡した。すると向こうの方に、何か明るい場所が見える。


「もしかして、あそこが出口かも」

そう信じたマイは、手足をバタバタさせながら、何とかその場所に近づこうと必死でもがいた。

その甲斐あってか、マイは少しずつその場所に近づいていく。

段々近づいてみると、そこには長方形の窓のようなものだった。

そこに外から灯りが入ってきているようだ。


――やった。マジで出口じゃん。

マイは更に必死でもがいた。

その時、漂っていたものが1つ、マイの体に触れる。

その途端。


大音量の音楽が、マイの体中に鳴り響いた。耐えられないような大きさの音だった。

――何これ?うるさい。頭割れそう。助けて。

マイはその場に蹲って頭を抱えながら、もがき苦しんだ。


時間が経って、漸く触れたものがマイから離れていくと、音はぴたりと止んで、辺りは静寂な空間に戻る。

しかしマイは暫くの間、大音量の余韻のせいで動くことが出来なかった。


漸く動けるようになったマイは、また必死で手足を動かして、窓の方に向かい始める。

――早くあそこまで行って、外に出なくちゃ。


そして漸く辿り着き、長方形の窓から外を見たマイの眼に飛び込んできたのは、自分の顔だった。

――なにこれ?どういうこと?

窓の外の自分はじっとこちらを見ているが、止まっているように見える。

瞬きすらしていないようだ。


マイは長方形の窓を叩いてみる。

するとそこは透明な硬いもので遮られていて、外には出られないようだ。

マイは怖くなって、透明な窓をドンドンと叩くが、空しい手ごたえが跳ね返ってくるだけだった。


マイは途方に暮れてしまった。

――ここってまさか、スマホの中?

――どういうこと?昼間アヤに、スマホになりたいって言ったから、こんな所にきちゃったの?

――どうしよう。神様、もうスマホになりたいなんて言わないから、助けて下さい。ここから出して下さい。

マイは必死で祈るが、何も起こらなかった。


その時マイは、自分の体から急激に力が抜けていくのを感じた。

周りの空間も徐々にぼやけて始めているように見える。

――これって、もしかしてバッテリー切れ?

――そう言えば結構減ってたっけ。

――このままバッテリー切れたらどうなるの?

――あたし死んじゃうの?嫌だ。誰か助けて!!


***

「ありゃ。やばい。やばい。バッテリー切れそうじゃん」

マイは急いでスマホを充電する。

――何だろう?いつの間にか寝てたのかな。

――そう言えば眠いし。もう寝よっと。

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