賢者ルトの静かな凱旋

白黒~

第1話 いわゆる最後の戦い

 僕らは旅をした。

人間を脅かすものをなくすために。


 すべてと言っていいほど、多くの土地へ行った。


『僕たちがこの世界を明るくするために旅をしている』


そのことを広め、みんなに希望を持ってもらうために。


 そんな旅も、終わりを告げる。

物語だって最終章に入れば、あとはハッピーエンドが待っている。

だからこそ物語とは、華々しく人の感情を希望で掻き立てる。

面白おかしい出来事は、共有されて初めて物語になると僕は思う。


 たくさんの人に出会った。

この世界は案外広いようで、いろんな身分、色々な文化があった。

国ごとに僕らへの対応も違ったが、みんなに希望を与えることができた。


 僕らも楽しんだ。

それぞれが歩む道は、遠くも近くもなかったが目的は一緒だった。

みんながみんな英雄になりえる性格や器ってわけじゃなかったけど。

それでも・・・



ーーー平和を手に入れることが僕たちの目的だった。



「まだ回復できないの!?」


「だめ!傷が深すぎて回復が追い付かない!しっかりしてクライス!」


前線で魔法を回避しながら突っ込んだクライス。接近し、攻撃しようとしたところで物理的に殴られた。

魔族と人の差を埋める付与魔法でも、攻撃を防ぎきれずに吹き飛ばされてしまった。


ヒーラーのエイルが抱きかかえられながら回復魔法をかけている。



ーーー魔王には歯が立たなかった。



「私が前衛変わる!!ルトはサポートに回って!」


「ダメですリステリアさま!!スキルが使えない今、あなたに死なれてはいけません!」


「カインは黙って!!」


防御に徹しているカインも、カインがもつ大きな盾も今にも壊れそうだ。

それでもかろうじて壊れずにいる。


しかし、全力を出すぞなんて言った魔王がこんな隠し玉を持っているだなんて。



ーーー第二形態は聞いていない。



ここで手の中の選択肢は二つ。

このまま戦うか、僕一人で戦うかなんだけど。



ーーーやっぱりみんなを助けるのが最善かな?



自分を犠牲にしても、彼女たちを死なせてはならない。これからの未来に彼女たちは必要だ。


「みんな下がって!」

そう叫ぶ。でかい魔法を使うときはいつもこう言っていた。

みんなもいつものように理解をして、僕の後ろに行ってくれた。



ーーーごめんねみんな。



おもむろにポーチからスクロールを取り出す。

中には転移魔法のゲートが写してある。あとは、位置を指定してゲートを開くだけ。



ーーー行先はアルス公国でいいか。



あそこならリステリアの故郷だし、この魔王城からもかなり離れている。

だからこそ、彼らを生かすにはいい選択だと思う。


魔法を起動しようとすると、魔王の手から魔法が打たれる。

もう時間はかけられないらしい。


「起動」と発声するとともに、みんなの後ろにゲートができる。

彼らが何か言っていたが、聞き取れなかった。


「危ない!」


それが最後に聞いた彼女の声。それだけがかろうじて聞こえた。


結界魔法を張ってガードしたけど、衝撃が強く、危うく吹き飛ばされそうになった。



ーーー良かった。みんなを吹き飛ばすために、後ろへ風魔法を準備しておいて。



魔法を打つ、その瞬間にクライスだけが気づいたようだった。直感が鋭い彼らしい。


吹き飛ばされる直前に名前を呼ばれる。

「ルト!だめだお前も!」



ーーーそうはいかないよ、クライス。あとはよろしく頼む。



ゲートにみんなが入る。彼らはこの先を楽しめるだろうか?彼らに心配される前に帰らないとな。

ゲートの魔法を「解除」と発声して魔力を止める。



ーーーこれでみんなは生きられる。帰ったら、ごめんって言わなきゃ。



そんなことを考える暇もなく、こちらに絶え間なく攻撃を仕掛ける魔王。魔法だけじゃなくいろいろな武器を投げてくるのは流石に反則じゃないかとも思った。



ーーーでも早く、魔王を倒さなきゃ。



この魔王を倒すには、禁忌とされている魔法を使用するほかないらしい。


ここまで戦ってきて、ほとんどの魔法が効いていなかった。

だからこそ、みんなの防御やバフに全力を注いできた。



ーーーでも、もう一人なんだ。



すべてをその肩に背負った彼女も、その彼女に侍従した彼も、復讐のために魔王を倒そうとした彼女も、それに彼だって、もういない。



ーーーもう一歩も引けない。



それでも魔王の攻撃は続くが、防御に魔法を費やすしかない。

それでも問題ない。この魔法なら。


紡いだ思いを篝火として、今最大の魔法を使う。


何を失ったとしても・・・






赤黒い空。その下に聳え立つ魔王城。

1対1になってから数刻。


ぼろぼろになった賢者と、高笑いをする魔王が対峙していた。



戦いは終わる。



『滑稽だなぁ!魔法使いの小僧!』


「滑稽?今にもチリになって消えかけの魔王が何を言っている?」


『いやぁ、お前のこれからを考えると最高で最高で仕方ない!』

カラダが炭化し、上半身しか残っていない魔王に笑われても困る。


HPも魔力も体力も残り少ないこの体では、あと一発くらいしか魔法を打てない。

だがしかし、反撃されても確実に討伐できるように高笑いする魔王に杖を向ける。


『おい!せっかく楽しく話をしておるのに杖を向けるではない!もう指の一本も動かせぬわ!戦った相手への礼儀がなってないのう。これだから人間は・・・・・・』


「それで?何が滑稽なんだ?」

素直に疑問を投げかける。


『あの魔法による代償は記憶だったな?それが失われた今、あの脆弱な勇者を祭り上げる人間たちを考えるとなぁ、笑いが止まるわけがない!』


「その代わりに、お前という巨悪がいなくなる」


『だから平和になると?そのために忘れ去られたお前はまさしく生贄と呼ぶにふさわしい!』

平和と自分。天秤にかけなくても答えは明白だろう。


『褒美に我がお前を覚えておいてやろう!一生忘れてやらぬわ!せいぜい苦しむんだな人間!いや、賢者ルト!』

そう言い残しチリになる魔王。


その体から発せられた瘴気は消え、魔王城が崩れ始める。

え?魔王城が崩れだしたの?


足元から地鳴りがしだした。明らかに崩れ始めていることがわかる。

ここから立ち去ることも考えたが、如何にか魔法を打とうと思っても、残りの魔力ではせいぜい結界魔法くらいしか使えないらしい。


とりあえず、落ちる前に全身に結界はってと。

「これでいいかな」


落ちても大丈夫になったから、崩れるのを身構えていた。


が、崩れるのも案外時間がかかるらしい。

それもそのはず、この城の最上階って確か10階層目だからなあ。


そういえば、さっきの魔力ぐらいだったら風魔法で滑空すればよかったんじゃ?

今更考えてもしょうがないことを考えていると、足元がふわっとした。


(空飛ぶ感覚に似てるなコレ)


あれ?瓦礫の中に突っ込んだら、一体どうやって出ればいいんだ?

崩れて生き埋めになったら大変だし。城丸ごとなんて馬鹿げた量を魔法で吹き飛ばせるか?


余計なことを考えた。実に大切だけど、あとから思いつけばいい心配を。


そんな心配もむなしく、落ちながら理解した。



「いやコレ脱出するのは無理だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


無残にも崩壊に巻き込まれてしまった・・・・・・



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