衣食住・家具家電付きの不自由ない監獄に入りませんか?

ちびまるフォイ

実験動物は多い方が良い

「うるせぇ! は、早く金を出しやがれ!」


「いいから武器をしまいなさい! まだやり直せる!」


「やり直せるもんか! 借金で何もかも失った!

 家も無ければ飯も服もなにもない!

 だったら刑務所にでもぶちこまれたほうがまだマシだ!」


「そんなこと誰も望んでないぞ!」

「俺が望んでるんだよ!」


「それなら、楽園監獄に行けばいいじゃないか!

 あそこはちょうど今実験モニターを募集している!」


「えっ」


もろもろの説明を聞き「楽園監獄」にやってきた。

あらゆる荷物を回収され、身ひとつで監獄に放り込まれる。


「あ、あの……本当にここって、監獄なんですか?」


「はい、そうです。ただ目的は閉じ込めることではなく、観察実験です。

 あなたはここの監獄の中で一生を過ごし、我々にデータを提供し続けてください」


「やさしい無期懲役ですね……」


「その代わり、あなたに待っているのは楽園ですよ」


監獄の扉が開かれた。

そこは監獄という表現からは大きく異なるリゾート地そのものだった。


街があり、店があり、楽園監獄の収監者がスマホをいじって歩いている。


「す、すごい……」


「ここでは衣食住すべてが保証されています。

 恋愛も自由。結婚も出産もできちゃいます。

 外部の連絡もできますが、外に出ることはできません」


「本当にお金かからないんですか!?」


「はい。すべて楽園監獄のサービスです」


「ひゃっほう! もっと早く知りたかった!」


ちょっと前までは橋の下で段ボールにくるまっていた生活だった。

今ではブランドの服を来て、一流の料理をお腹いっぱい食べられる。


もう一生この監獄というか街からは出られないが、

これだけの待遇が保証されるなら頼まれても出たくない。


「あと、念のためこちらをどうぞ」


「この腕時計は?」


「タイムリープ時計です。

 もし、今の環境が嫌になってしまったら時計を進めてください。

 未来に移動します。過去には戻れませんがね」


「へぇ……」


当時、使うシーンがまるで思いつかなかった。

タイムリープ時計を使うのは楽園監獄の生活にも慣れた頃だった。


「……飽きたなあ」


楽園監獄に入ってから数週間は天国のようだったが、

同じ風景、同じ人間、同じ環境で過ごすには限界がある。


夢のニート生活にも限界があるんだと思い知った。


「はぁ……なんか楽しいこと無いかなぁ」


学校のクラスにテロリストがやってくるような展開を待っていたが、

楽園監獄は24時間監視されている人間実験施設なのでアクシデントは起きない。


耐えかねて、タイムリープ時計を進めることにした。


「未来になったらきっと今の環境も変わっているはずだろう」


時計の針を進めて未来にワープした。

未来に進めただけあって、楽園監獄に住む人の手で街はさまがわりしている。


「すごい! 同じ場所とは思えない!!」


時計を進めても自分は老化していなかったのも嬉しい。

いつかのタイミングでリニューアルされた監獄街を楽しくお散歩した。


これに味をしめてからは、時計を使う頻度がぐっと上がった。



町並みや今の生活に飽きたので未来に飛ぶ。


恋人と別れたので気まずくなり未来に飛ぶ。


自宅の近くにヤンキーのたまり場ができたので未来に飛ぶ。



時間を進めれば町並みや人は変わっていった。

未来はまた新しい世界が待っていた。


それがある瞬間から、いくら時間を進めても変化が起きなくなった。


「……あれ? 俺未来に来たんだよな」


時計の故障をうたがったが、年号は未来になっている。

なのに町並みは昔からぱったりと変わっていない。


それどころか街には人がいなくなっていた。


「みんなどこへいったんだ? 前はあんなに賑わっていたのに」


楽園監獄内にある家を覗くと、中に人はちゃんといた。

いなくなったわけではなく家に閉じこもる人が増えたらしい。


「こんなに街は充実してるのに遊ばないなんて。

 ずいぶんもったいないことするんだな」


遊園地もスカスカ。

レストランもがら空き。


順番待ちからも解放されて、閑散とした街を満喫した。

でも満喫できたのは数分だった。


「……なんか、すっごく居心地わるいな……」


自分以外誰もいないカフェでコーヒーを飲むのも落ち着かない。

自分だけが変に悪目立ちしているのが自分でもよくわかる。


そこへ監獄の店員さんがやってきた。


「空いてるお皿片付けますね」


「あちょっと待ってください。聞かせてください。

 なんでこんなにガラガラなんですか」


「……なんですか、うちの店に文句でも?」


「いえ、街全体ががらんどうな気がして、なんでかなって」


「うちの!! 店に!! 文句があるんですね!!!!」


「うわあ! なんで怒るんですか!?」


瞬間湯沸かし器よりも爆速で沸騰した店員に追い出された。

この店員がおかしいかと思ったが、そうではない。


その後も訪れる場所や人に声をかけるだけでキレられた。


「こんにちはーー」


「きゃーー!! ナンパ! セクハラ!! 死ねーー!!」


「痛い痛い! 挨拶しただけじゃないですか!!」


楽園監獄内での殺人は許されていない。

なかったら危うく「死因:挨拶をしたこと」でムクロになるところだった。


「いったいなんなんだ……。みんなえらく神経質だな……」


自分の独り言が自分をハッとさせた。

すでにこの街は最初に自分が楽園監獄に収監されてから未来に進んでいる。


自分の価値観や常識はすでにおよばないほど未来になっていた。


誰もが神経質になり、他人は「敵」というカテゴリからスタートする。

外は危険がついてまわるので、ひきこもりがちになる。


そうなるとますます他人に対しての苦手意識と異物感情は増していき、

他人への警戒心はエスカレートしていく。


それが常識となったのが現在なのだろう。


「なんて生きづらい楽園なんだ……。さすがにココには留まれないなぁ」


せめて自分の価値観がまだ異質だと思われない環境へ。

腕についているタイムリープ時計を進めて未来に移動した。


未来についたが風景は変わってなかった。


「あいかわらず誰もいない……」


街をいくら探しても外を出歩くのは自分だけだった。

家をちょっと覗いてみる。


そこには人が……。


「ほ、骨……?」


人骨が家にあるだけだった。

ついに家にも人がいなくなっていた。


「おおーーい! 誰か生きてないかーー!!」


謎の病でも流行ったのだろうか。

そうだとすれば楽園監獄の人が気づいて対処してくれるはず。

自分が風邪引いたときですら手厚くサポートしてくれたのだから。


だったらどうして。

どうしてみんな死んでしまったんだ。


楽園監獄の街を探してみたが、もう自分しか生き残ってなかった。


呆然としていると白衣を来た人がやってきた。

その顔には見覚えがある。


最初に楽園監獄へ案内してくれた人だった。


「あなたは確か最初の……」


「それは100世代前です。まあクローンだから顔は同じでしょうがね」


「他の人はどこへいったんですか? みんな死んじゃったんですか」


「ええそうです」


「なんで!? あなたが殺したんですか!」


「勝手に死んだんですよ。みんな寿命です。それも30年以上前にね」


「え……みんな死んでから30年も……?」


「非常に興味深い実験結果でした。

 生物というのは、他の生物と関わりを持たないと生きられない。

 けれど生きていくために他者を遠ざけるのがわかりました」


「そうだったんですか……」


「ここでの実験は終了です。

 あなたは別の楽園監獄へと案内しましょう」


「え、ここじゃないんですか?」


「はい。次の実験を始めますから。

 次の実験ではこの失敗を生かそうと思っています」


科学者に案内されて次の楽園監獄の場所へ向かう。

タイムリープ時計も回収された。


「前回の失敗は、楽園監獄に同じ生物しか入れなかったことです」


「……たしかに、人間しかいなかったですね」


「それゆえに他の生物との関わりを拒絶するようになり

 それが苦手意識をエスカレートさせていった結果に絶滅へ至った。


 そこで、今回はペットを入れようと思うのです」


「ペット!? それはよさそう!

 俺も前から思っていたんですよ! 楽園監獄に動物がほしいって!」


「自分が自由にできる別の下等生物がいることで、

 生物との関わりに対する苦手意識を緩和できるのではと我々は期待してます」


「下等生物だなんて。ペットをそんなふうにいうと怒られますよ」


「さあ着きました。ここが次の楽園監獄の実験場です」


案内されたそこは前の楽園監獄と同じくらいに充実した街が広がっていた。


ただひとつ異なっていたのは今度の実験対象は自分ではなかった。

バカでかい巨人たちの暮らす楽園監獄が待っていた。


そこでは巨人たちが幸せそうに、首輪をつけた人間をなでている。




「次の実験はきっとうまくいきますよ。なんせペットがいますから」



背中を蹴られて監獄へと放り込まれた。

巨人の大きな手が自分を包んでもう逃げられないことを悟った。

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