第20話 変えてくれた友達【Chats】

「……あ……」



気がつけば朝だった。

背伸びをして、制服に着替える。

よく眠れたけど、まだ体の疲れは残ってる、気がする。


リビングに行くと、お母さんが朝ごはんを既に用意していた。

卵のいい匂いがする。

そして、テレビがついていて、私は食い入るように見ていた。

……なぜなら、怪盗Chatsのあのカードが映っていたから。


「結愛、おはよう」


お母さんがテーブルの上に出来立ての卵焼きを置いた。


「……あ、おはよう」


テレビから視線はそらさずに、ダイニングの椅子に座る。

ただのニュースなんだけど、いつもとはちょっと違う。


『—―先日、城川私立城川美術館で、ビッグジュエル、「春風の音」が怪盗Chatsによって盗まれました。警察によりますと、「春風の音」は盗品の可能性があり、只今取り調べを行っているとのことです――』


そっか、盗品だってわかったんだ。

ってことは、お母さんのネックレスのこともそのうちわかる、よね。

早く、お母さんの元に帰ってきますように……


みそ汁を口に運ぶ。

わかめとうす揚げが入っている。

ふう、と息をつく。


昨日、Chiens警察から逃げることはできたものの、まだちょっと心残りがある。

……それは、お母さんのネックレスを取り返せなかったこと。

いずれは公になるかもしれないけど、できれば自分の力で取り返したかった。


昨日の夜—―



「お疲れ様、ブラン。初めてなのに、よく頑張ったよ」


Chiens警察から逃げ切り、私の家の屋根で別れる前。

ノワは私に笑みを向けた。


「あ、あの……勝手な行動をしてごめんなさい」


「良いんだ。ブランは、あのネックレスも取り返したかったんだよね」


「……うん」


『ブラン、あのネックレスは俺たちに任せてくれ。俺たちがちゃんと元の持ち主に返すから』


「……はい」


一体、どうやってって思った。


『よく見つけたって言いたいところだが、二度とあんな無茶はしないでくれ。俺も気が気じゃなかったんだ』


「はい、気をつけます」


「それじゃ、ブラン。今日はゆっくり休んで」


『ブランが仲間になってくれてよかったよ』


ノワは顔を私に近づけ、もふっと頭をなでる。


「……なっ……」


「おやすみ、ブラン」


優しい微笑みを浮かべながらささやくように言うと、マントを翻しながらノワは影に消えるように去ってしまった。


『……全く、ノワは相変わらずだな。改めてブラン。今日はゆっくり休んで。詳細はまた今度話そう』


「はい」—―



……思い出すだけで恥ずかしい。

何でノワはあんなに距離が近いんだろう。


そういえば、ノワって私が誰なのか知ってるのかな。

最初に会った時、「初めまして」って言ってたから、初対面の人……?

でも、初めましての人って感じはなくて、私を見る瞳が優しい色をしていた。


私にはノワが誰なのか全然わからなかった。

金髪で、アイスブルーの目をしてるから海外の人、なのかな。

私の髪もメッシュになったくらいだし、普段は金髪じゃないのかも?





「結愛ちゃーん!!!!」



「ぐえっ」


後ろから飛びついてきたのは有野さんだった。

今日はいつもよりハイテンションな気がするのは気のせいかな……?

衝撃でずり落ちたメガネを直すと、明らかに有野さんの様子がおかしかった。


「怪盗Chatsすごかった!!ネットで目撃情報が出てるんだけど、怪盗Chat noirもカッコいいし、怪盗Chatte blansheが可愛いの!!」


さあっと血の気が引く。

ま、待って待って、それ私のあの姿が晒されてるってこと……!?!?

ひ、ひえええええええ、それは嫌かも!?!?


「そ、それって、姿まるごと……?」


「あ、いや、画像は出回ってなかったな。あったとしてもピンボケで全然わかんなかったし、そもそも本当にいるのか?みたいな人の方が多いよ」


その言葉を聞いて、ほっと安心した。


休み時間も有野さんの怪盗ChatsとChiens警察愛の話は止まらなかった。

有野さんだけでなく、クラスどころか学校全体の話題になっていて、私にはちょっと居心地が悪く、苦笑いを向けることしかできなかった。

……でも、今までとは少し違う感覚がした。

話を聞くだけでも、楽しいって思えるようになっていたんだ。



帰り道。

また1人で通学路を歩く。


「あ」


いつも使う横断歩道に咲良ちゃん、と雄太くんが黄色い旗を持って仕事をしているのが見えた。

赤信号になり、2人は歩道へ急ぐ。


「あっ、結愛ちゃん!」


先に私の視線に気がついた咲良ちゃんが私に駆け寄る。

後に続いて悠太くんも。

うう……悠太くんとは昨日のことがあったから何だか目を合わせづらい。


「やっほ、結愛ちゃん。今帰り?」


「う、うん」


咲良ちゃんは変わらず元気に見えるけど、よく見たら目にクマができている。

……たぶん、まだ疲れてるんだと思う。


すると、咲良ちゃんは私の顔をじっと見つめた。

今思えば、私が「結愛」として接するのはこの前のカフェの時以来だ。


「え、な、なに?」


まさか……バレてない、よね?


私が固まっていると、咲良ちゃんはふっと微笑んだ。


「結愛ちゃん、何だか顔つき変わったよね」


「……へっ?」


「悠太もそう思わない?」


「……ああ」


小さく頷く悠太くんを見て、咲良ちゃんは満足したようだった。


「えっと、どういうこと?」


「うーん、そのまんまかな」


けろっと笑う咲良ちゃんは私が知っている咲良ちゃんだった。


「な、何それ」


「この前まではオドオドしていたのに、今はキリッとしてる、そう言いたいんだろ?」


「悠太、言い方!」


……そっか、私、2人に会う前まではおどおどしていたんだ。

言われてみればそうだ。

有野さんと話す時も、嫌な思いしてないかな、とかせっかく話しかけてくれてるけど、離れないかなって不安でしょうがなかった。


でも、今日はそう思わなかった。

そんなことを気にせずに有野さんの話を聞いていて楽しいって思えた。

……ちょっとはハラハラしたけど。


「ほら、悠太!結愛ちゃんが傷ついてる!」


「ええ、す、すまん!」


顔を上げると、いつもの咲良ちゃんと悠太くんがそこにいた。

相変わらず言い合いをしている。

微笑ましくて、思わず笑みが溢れた。


「昨日もそうだった!あんたは女の子に対してデリカシーがない!」


「だから謝っただろ!」


……私がこうやって、変われたのは2人のおかげだ。

2人が、背中を押してくれたから。

有野さんのことも、怪盗のことも、自分に決心することができた。

私にとって、大事な大事な友達だ。


でも、私が怪盗になれば宿敵の関係になる。

まだ朝倉さんの言うコレクションは全部揃ってない。

全部取り返すまで、私は怪盗を辞めない。

……おばあちゃんの作品を取り返すためにも。


「あの、そろそろ帰るね。警察の仕事、頑張って」


「あ、うん!またね、結愛ちゃん!」


咲良ちゃんは私に手を大きく振り、悠太くんは軽く手を挙げた。



――私はこの時、気づかなかった。

悠太くんが、鋭い目で私を見ていたことに。

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