第9話 怪しいひったくり被害者 【Chats】

「結愛ちゃーん!!」



「わっ!?」


翌日。

今日は何だか校内がいつもより騒がしい。


「な、何、有野さん」


廊下で、後ろから飛びついてきた有野さんは何だか機嫌が良さそう。


「まずはおはよう!」


「お、おはよう……」


朝から元気だな。


「聞いてよ!昨日生放送で怪盗 シャ・ノワールが出てきたんだよ!!!」


「……ああ、途中から見たよ」


昨日の夜、「女王の瞳」お披露目パーティーの生放送があった。

怪盗Chatsから予告状があったからか、視聴率が高く、SNSのトレンドにもなっていた。


「ほんと!?!?怪盗 シャ・ノワールカッコ良かったなぁ」


……怪盗 シャ・ノワール


金髪で、黒いマントを羽織っていて、顔は金色の仮面でほとんど見えなかった。

あとは黒い猫耳と尻尾。

あれは……高校生くらいかな。


テレビで見えたのはすごく身軽だったこと。

どうやら変装してパーティ会場に入ったみたい。

それから……睡眠玉みたいな物も使っていたかも。


「あーでも、Chiensもカッコ良かったなぁ。こうやって拳銃構えて『動くな!』ってさ!!」


有野さんは拳銃を持つ体制になる。

すごく……楽しそう。


ああ、そういえばいたかも。

私たちと年が近くて、2人の男女。

必死に怪盗を追いかけていたけれど、結局怪盗は逃げた。



あの2人、どこかで見たことあるような気がするんだよね……



クラスでも昨日の生放送が話題で、怪盗派と警察派で分かれていて、お互いいろいろ語っていた。



放課後。

1人で通学路を歩く。


この前、近所で誘拐未遂事件があったらしく、先生からは1人で帰らないようにって言われたけれど、一緒に帰る人がいない。

有野さんは部活だし。


中学に入学してからもう2週間が経つ。

未だに友達がいない。

有野さんは話しかけてくれるだけだし、そんなずっと話してるわけじゃない。


「……疲れたな」


今日は金曜日。

明日は休日。

今日はもう早く寝よう。



「あ、おい!返せ!!」



「……えっ?」


遠くから鋭い声が聞こえて、周りを見渡す。


静かな住宅街。

聞こえたの、後ろからだ。


チラッと振り返ると、私が歩いている歩道の奥に、誰かが走っているのが見えた。

サングラスをかけた男性がバックを抱えながら走ってる。

その後ろにもう1人、男性が追いかけている。


「ひったくり……?」


男性が抱えているかばんは黒くて、頑丈そうな鞄。

もしかして、あの中に高価なものが入っているのかも。


まだここから向こうまで距離があるし、間に合うかもしれない。

……やるしかない。

後ろの男性が、困っているのだから。


私からひったくりがいる歩道の間に横断歩道はない。

それにガードレールがあって、それなりに高いから、硬い鞄を持ちながらジャンプして車道に跳び超える可能性は低い。


そして、ひったくりと被害者の距離はそんなに遠くないということは、ひったくりは鞄で走りにくいのか、それとも足がそんなに速くないのどっちかだ。

……意外と鞄が重かったのかも。


足音がだんだん近づいてくる。

あと少しだ。

真横に来たタイミングで、あの時と同じように……!!


「うわっ!?!?」


ひったくりの体が私の横で傾く。

ちょっとよろめきそうになったけど、持ち直す。

手からカバンが離れて前に飛んで行く。


「お、お前っ……!!」


派手に転んだひったくりは立ち上がろうとする。

……そうはさせない!!


私はひったくりの後頭部を手で払う。


「ガッ……」


ぐたっと地面に突っ伏した。

これで気絶はしたかな。

すぐに意識は戻ると思うけど。


「……ふぅ」


鞄を取って、今着いたばかりの男性に鞄を渡す。

長めの髪を後ろにくくっていて、優しそうな瞳をしている。

歳は大学生くらいかな。


「ありがとう。助かったよ」


肩で息をしながら鞄を受け取った。


「中に何が入っているんですか?」


「ああ、これ?俺の大事なパソコンが入ってるんだよ」


「パ、パソコン……」


確かにパソコンは高い。

ひったくりはパソコン以外にも財布が入ってると思ってたのかな。


「そう。本当にありがとう。君、すごい力を持っているんだね。とっさに判断できて、動けるなんて。しかも……気絶させたの?」


若干引き気味にひったくりを見る男性。

ああ、完全に目が引いている。


「あっ……は、はい……」


「よくそんなの知ってたね」


し、しまった、何て言おう。

堂々とマフィアの訓練の時みたいにしちゃった。

「マフィア」だったからです、何て言えるわけがない。


「えっと……たまたまネットで調べたのを思い出して……」


「へえ?それでもなかなかすごいよ、中学生の女の子が成人男性を気絶させるなんて」


「あ、あはは……そうです、よね……」


ひきつった笑いしか出てこない。

怪しまれてない、よね。


「さすがだ――」


突然男性の声色が変わった。

な、何、この感じ……



「元マフィアの、相月結愛さん」



心臓がドクン、と跳ねた。

男性は明らかに怪しい、温度のない瞳で見る。


「えっ……!?」


どうして、私がマフィアだったことを知っているの……!?!?

まさか、同じ組織にいた、とか……!?


こぶしを握る。

手汗がひどい。

体が震える。


男性はにやりと笑ったまま。

それが怖くて、視線が下に向く。

体が固まって動けない。


この人が同じ組織にいた人なら……しかない。

面倒なことになる。

また、どこかに組織に戻されるかもしれないのだから……!!


怒りが体中から感じる。

恐怖も感じる。

だからって、ここで逃げ出すわけにはいかない……!!


私は顔を上げ、手に力を込める。


「……えええっ、ちょちょちょっと待って!!」


男性の声にハッと我に返る。


なぜか手が男性のお腹あたりに殴ろうとしていて、それを男性が両手で止めていた。

もしかして私、この人も気絶させようとしていた……?


「い、いったん落ち着こう。俺は怪しい人じゃない。君がいた組織の人間でもない」


男性は恐ろしいものを見ているかのように私から少しずつ離れる。


「どうして、私がマフィアだったこと、私の名前を知っているのですか」


声が震える。

本当に、組織の人間じゃない……?


「少し前までヨーロッパにいたからだよ。そこで俺は盗品を取り返す仕事をしていてね」


「盗品……?」


「ああ。取り返していくうちにヨーロッパ最恐の組織までたどり着いちゃってね。そこに君がいた。数年前に城川で誘拐され、捜索不可になった少女と似ていたからまさかと思ったよ」


ヨーロッパ最恐の組織、数年前の誘拐、捜索不可……ありえない単語が男性の口から出てくる。


頭がズキッと痛くなった。

私、また大事なこと忘れてる……?


痛みはすぐ治まった。

組織の人間じゃないなら、警察とか?

それはそれでまた怖い気がする。


「つまり警察なんですか……?」


「警察……ではないね。その逆。警察の……宿敵だ」


警察の、逆?

宿敵?


「俺は朝倉あさくら玲央れお。—―怪盗だよ」

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