たのしい極東ツアー ~まぼろしのひつじ 外伝?

うしさん@似非南国

第1話 そうだ、極東、行こう。

やあ、完全新作じゃなくてごめんね。ひつじ世界のいつメンだよ!

全8回になっちゃったので番外編からはみ出しましたハイ。


――――――――――――



「ねえ、極東ってどういうところ?地図で見たことはあるけど、そういえばどんなところかって聞いたこともないなって」

 はじまりは、そんな少年の質問からだった。


「そういえば、島国なのは知ってるけど、全然情報ないわよね、極東って。前前世のご先祖?がいたとこって覚えしかないけど、あたしも」

「言われてみると、長い事行ってないわねえ、あそこ月落ちるちょい前くらいからずっと鎖国してっから、出入りの許可取るまでが大変なのよね」

 少年の妹と、最近ではすっかり月でだらけるのが習慣になってしまっている創世神(分体)がそんなことを言い出す。


「鎖国しているのに、出入りの許可が取れるんですか?」

 金髪を軽く揺らして首を傾げる少年の相方は、不思議そうな顔だ。どうやら、極東関連に興味がなかったのか、その辺の事は当時から知らないらしい。


「あそこは鎖国といっても、外からは許可取れば出入りできるのよ。ただ、あの国の国民は、出ることを禁止されてるって話。

 確か、前の月が落ちてから暫く後に行こうとしたら、そんなことになってたのよね。月が落ちる前からだってのもその時聞いたんだけど。

 伽椰さんのご先祖は普通に出国してたわけだから、そうなったの、ほんとに落ちる直前くらいの話よねえ?」

 その時はめんどくさくなって、結局自分では行かなかったんだけど、と創世神。

 どうも彼女は、以前より、手続きなるものを見ると回れ右するきらいがあるような。


「……あれ、ということは、極東はあの大災害の影響をあまり受けていない、ということですか?」

 その大災害の発生の一端を担った記憶のある青年が眉をひそめる。確か、地上の人類圏はがっつり吹き飛ばした気がするんですけど、という不穏な呟きは全員が聞かなかったことにした。遥か過去に終わった話だからだ。


「……そうなる、わね?やあね、それ、一回確認しないとだめなやつじゃん。入国許可って今はどこで出してんの?」

 残念ながら、それを知るものはこの中にはいない。唯一知っていそうなのは龍の姫だが、折悪しく、昨日から本体のアップデートで眠っている。


「海上交易がメインの国が東方連盟にあるはずだから、そこからじゃないかなあ?ちょっとハルムに聞いてみるね」

 少年が安易に地上の友人に案件をぶん投げることを決意して、その場はお開きになった。

 何せ、他に伝手が今の所、ない。



 それから半月ばかり後。


「おう、来たか!って随分大人数だな?」

 溜まりに溜まっていた休暇を無理やりもぎ取ってきたという少年の親友、ハルムレクが、船上から一同に手を振る。


「ちょ、ハルムレクさん仕事大丈夫なの?一か月も休めたの?」

「ハルムー久し振りー!一緒に行けるとは思わなかった!嬉しい!」

 ぎょっとする妹、シーリーン、満面の笑みの兄がケスレル。よく似た兄妹の背後で、保護者然とした様子の金髪の青年、セルファムフィーズはニコニコとその様子に頬を緩めている。


「やー、無理いってすまないね、どうしても入国しないとチェックできないって判ったもんでねー」

 紫がかった濃い色の髪の女、シャキヤールはそんな風に、だが全然済まないとか思ってないよね?という笑顔で宣う。


「……生まれたとこだから、たまには見に行くかって」

 龍の姫は何故か憮然とした顔。銀の髪が目を惹く美少女だが、纏う雰囲気が完全に他人をシャットアウトしている。


「……『上』は大丈夫なのか?」

 赤毛の男の疑問に、

「今は手のかかる事象はないし、お留守番にマー君がいるから平気ー」

 と、軽い調子で答える妹。実際に月に足を踏み入れたことも何度かある男相手故、気楽な返答だ。


 結局のところ、極東への入国手続きは予想以上に煩雑なものだったので、ハルムレクが外交筋に交渉して、戸籍を持ってるのかどうかも判らない連中を纏めて自分の仕事上の従者枠に押し込むという暴挙に出たため、本人も行かざるを得なくなった、と言うのが真相なのだが。

 それでも彼はこれを休暇だと言い張る。


 まあ実際、外交筋も仕事としての期待は特にしていない。

 だって、行先は「あの」極東なのだ。

 いかな英雄の資質を目され始めている俊英といえど、あの不思議な効力を持つ箝口令に抗えるとは思っていない役人たちである。


 何せ、これまで極東に渡り、帰ってきた全員が、一切あの国の実情を語らないのだ。

 二度と入れなくなるのは嫌だ、の一点張りで。

 かといって、二度目の訪問を成し遂げたものがいるかというと、ほんの一握り、しかも彼らは皆、そのまま帰ってこなかったというのだから。



 定期便は存在しないが、必要に応じて船は出る。但し船員は極東でも北部に位置する小島から出ることは許されていない。

 そして、上陸を希望した者の滞在期限は一か月と定められている。

 船は東方同盟の海渕国から出て、今どきの船なら丸一日で到着するので、船員は客を降ろすと一旦海渕国に戻ってしまう。

 出入国指定港のある小島には、ちょっとした生活物資を売る売店以外、何もないので。


 幸い、誰も船酔いなども起こさず(まあこの時代の海渕国の船舶技術は結構大したもの、かつ季節的にも海が穏やかで、外洋でもさほど揺れはしないし、そもそも彼らには船酔いなぞ無縁のものなのだが)、船は極東の北の端の小島、ランエンに予定通りに辿り着いたわけだが。


「……お客さんら、えらいけったいな空気してはりますなあ?」

 入国審査員らしき、帽子を被り、風変わりな、前合わせのすとんとしたシルエットの服を着た、黒髪おかっぱの女性に、書類云々以前に、不審な目で見られる一行。

 そして、言語自体は辛うじて判るが、なんともいえない訛り。


「「空気?」」

 怪訝な顔の少年少女、ついでにハルムレク。


「あーいや、君らやのうてな、後ろのねーさんとちっちゃいきれーな子」

 君らもちょっとちゃいますけど、そこまでけったいとまでは、いってはりませんなあ、と女性職員は笑う。


「ちっちゃいって言うな……っつかなんで北の端っこなのにコト弁……」

 龍の姫が憮然とした顔。


「あれ、コト弁て判りはるんですか。外の方やのに、珍しこともあらはりますなあ。うちは南の出やさかいに、ここは仕事で来とるだけですんよ」

 再来月くらいに任期が切れたら郷里に帰るのだと彼女は笑う。


「それはそうと、入国の手続きのほうだが」

 ハルムレクが話をぶった切る。だいたい女性の話は長くなる、と思っているのが顔に出ている。


「ああはい、失礼致しました。東方同盟、幻理国のハルムレク様、及び従者の皆さまが五名様、ですね。入国管理簿にお名前をお願い致します」

 どうやら彼女、仕事の時は標準的な東方の言葉遣いになるらしい。

 許可が下りるまでは面倒だが、入国の手続き自体はあまり時間が掛からないらしく、一同はさほど時をおかずに、本土行きの小型の連絡船に乗ることになった。


「いやあ、外つ国のお客さんは久し振りですなあ。本土までは半刻程ですよ」

 船長も船員も、皆帽子を被っているのは船としては珍しいなあ、と思いつつ頷く一行。

 制服なのかと思えば、デザインも色もてんでバラバラな、カラフルな帽子。

 あとそういえば、先程の女性職員もそうだったが、皆が皆、結構小柄だ。少年少女よりは、流石に大きい人が多いが。


「これもしかしてハル君とセルファ、めっちゃ目立つんじゃ?」

 龍の姫がぼそりと呟く。


「二人とも背高いもんね……」

 少年も頷く。


「髪の色も目立つ気がする……けど正直それはどこいってもだいたいそうよね……」

 妹のほうは色が気になる様子。


「大西方だとセルファはそこまででもないかもねえ。ハル君はどこ行っても確定で目立つけど」

 自分の紫がかった髪色は棚に上げたシャキヤールがそんなことを言い出す。


「何処行っても、なのか……」

 いやまあ確かにここまで赤い奴なんてそう何人も見たことはないが、と、ハルムレクは諦めの表情だ。


「そうねえ。少年のとこの集落の背の高いにーさんも結構くどい感じに赤いけど、あれはあれでちょっと色味が違うわよね」

「あー、あいつもそうだなあ。そうだ、あいつ最近一人で桃里に引っ越したそうだぞ。あそこの大図書館に入り浸りたいとか言って」

 話の流れで、知り合いの思いがけない消息が出てくる。桃里といえば、東方同盟の諸機関が置かれた、東方有数の人口を誇る国だ。


「あー、桃源大図書館かあ!一回行ったけど、あそこの蔵書数凄いよねえ。あれを相談役が知ったら絶対入り浸りになりそうとは思ってた」

「あたしが言うのもなんだけど、相談役さんの記憶力もあれどうなってるのかしら。会った人も、読んだ本も忘れないよね」

 兄妹が簡単に感想を述べる。


「いや、筆写したものは忘れないけど、読んだだけの、小説とかだとたまに忘れるって前に言ってたよ。人の顔覚えるのは得意とも言ってたけど。

 でもハルム、よく消息知ってたね?長老様のお葬式以後は集落の方も行ってないんだろ?」

 少年が補足ついでに首を傾げる。会っている回数の割に、親友の行動をしっかり把握しているのは何だろう。

 まあ多分後ろでにこにこしてるだけの激重過保護な保護者があんや……調査してるんだろうな、と、一瞬それに首を傾げかけた勢はそれをなかったことにした。

 世の中にも、身近にも、うっかり触れてはいけないことは結構あるのだ。


「ああ、最近はオレも本部に用が多くてな。で、たまたま桃里の酒場で会ったんで、最近は暇をみて、ちょいちょい一緒に呑んでるんだ」

 まさかの、呑み友。初対面時は略称のかぶりで相談役がカリカリしてたのになあ、時は流れてるんだなあ、とびっくり以前に感心する一同である。


「いやあ、オレの酒量に付いてこれる奴があんまいなくてよ。似た体質の同族がいるのはありがてえわ」

「え、あんたたち似てるの名前だけじゃないの?」

 シャキヤールが反応してぎょっとした顔で赤毛の男を見上げる。

 シャキヤールは女性としては長身なほうだが、それでも男から見ても背の高いハルムレク相手だと、やや見上げる格好にならざるを得ない。


「そりゃまあ、ってもう陸が見える。気になるなら宿ででも話すよ」

 潮目が良かったのか、風が良かったのか、ちょっと早いけどもうすぐ着きますよ、と船長さんが伝えにきたので、話は一旦そこでしまいになった。

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