第13話 夏の実習その6


「五十嵐、曲直瀬の班のやつらがいる場所はこの辺りだ!」


「探せ! まだ近くにいるはずだ! 1人も逃すなぁ!」


 気配を消して、島の様子を探る。どうやら、探知が出来るやつ奴を仲間にして俺たちのいる場所を発見したらしい。


 それにしても数が多い。圧倒的に人数不利だ。


 能力的にはかなり優秀なメンバーの揃った班と言えるが、大丈夫だろうか?


 そんな心配をしながら俺は、襲撃に対して備える班の皆の後方から、状況を観察する。


 八島は出るか……? いや、後方で偉そうに指示をしてるだけだな。


 あいつを不意打ちして倒せば、この襲撃は止まるか、と一瞬考えたがそれは無理だろう。


 皆、無理強いされている面もあるが、この実習に勝ちたいと思っている。

 そして、最強格の五十嵐が暴れたら勝てない。


 下手すれば総取りされる。であれば徒党を組んで厄介なやつは潰す。


 卑怯ではない。全員が敵であり味方なのだから、排除する優先度は危険なものから、と考えるのが自然だ。


 氷室さんが氷の刃を生成し始めて冷気が風下のこちらに流れてきた。三枝さんがキラキラ光るオーラのようなものを放ち、バフを全体的にかけている。


 まずは広範囲攻撃による牽制だろう。


「いたぞ! あそこだ!」


「待てっ! 動かないってことは罠が仕掛けられているかもしれない!」


 1人がこちらを見つけて他の仲間に声をかけるとすぐに集まってきた。


 突撃するかと思われたが、罠の存在を警戒して足を止めた。


 睨み合いの膠着状態である。


「どういうつもりだ、八島」


「お前ら邪魔だし調子乗ってて目障りだからなあ、皆潰したいってよぉ?」


「それ以上近付いたら戦闘は避けられない。やめておいた方が良いとは思わないか?」


「何様だぁ? 五十嵐よお、確かにお前は強い。でも強いからって上から目線で説教でもするつもりか?

 強けりゃ偉そうにして良いってかよおいっ……!」


「強くもないお前が偉そうにするのはもっと意味が分からんがな。そして俺はお前以外の他の皆に最終確認がしたかっただけだ。

 無理やりなのか、自発的なのか。自分でそれを選択したのであれば、俺たちは戦う。この島だ、逃げるなど最初から選択肢にはない。

 戦うか、戦わないかの2択だ」


 バリバリとスタンガンのような音をたてながら五十嵐は帯電し、髪の毛が静電気でフワリと浮かび上がる。


 分かりやすい威嚇行為と共に戦う意志を確認した。


「強くない? それは勝った方が決めるんだよ! お前ら行けぇッ!」


 開戦の火蓋は切って落とされた。


 八島の合図と共に一斉に同盟軍は進行する。島という環境のフラストレーションと、戦闘による興奮で声を上げながら走る者もいる。


 既に4つの班を潰したという成功体験が彼らの気を大きくさせていた。


「氷室君、富永君」


 五十嵐も合図をする。それと同時に氷室さんは氷の刃を飛ばして、その軌道を富永さんが曲げる。


 木々の隙間をすり抜けて、刃は何人かの足や腕に刺さる。


「いてえええ!」


「だああああっ! クソッ……!」


 殺傷性はない。動きを止め、戦意をへし折る程度の牽制ではあるが、効果は劇的で一気に5人が戦闘不能に陥る。


「雑魚どもが! 使えねえッ!」


 そんな連中を八島は吐いて捨てる。


「世良、曲直瀬はどこだ?」


「探したけど居なかった。まあいるとしたら、あの洞窟の奥で宝箱を守ってるってところだろうが、確証はないからな」


「そうか……俺はあいつを始末する。五十嵐とかはお前が指揮してやれ」


「簡単に言うなよな……ただ、あの裏側は崖になってて、航空写真だと小さな入江がある。恐らくはそこだ。お前なら壁をよじ登って裏をかけるかもな」


 どこからか現れた世良が八島の隣に立ち、耳打ちをするように作戦の指揮を相談する。


「行ってくる」


「ああ」


 八島は世良を見て、顎をクイと上げて会釈のようなものをしてからその場を離れた。


「スタンガンで気絶してもらう」


 五十嵐は迫り来る的に指を向けて電撃を放った。


「……? 効いてないのか?」


「ゴムの性質が全員に付与されてんだよ! 間抜けめ!」


「ああ、依田君のスキルか」


 五十嵐の電撃は効かなかった。少しだけ五十嵐は立ち止まり、考える。そして結論を出す。


「では殴って気絶してもらう」


「ちょっ──」


「ホバァッ!?」


 反応することも出来ない速度での攻撃。まさに雷のような一撃で意識を刈り取る。

 前衛の五十嵐がヘイトを買うおかけで、他の3人の連携も容易く、戦線は一瞬にして崩壊。


 後は残党を叩けばそれで終わりというイージーモードの一方的な戦いになった。


「……世良と八島がいないな?」


 全員を片付けたところで、今回の襲撃の首謀者である2人が消えていた。


 ***


 ドンッと勢い良く八島は空から降ってきた。


 正確には崖をクライミングして、3mくらいの高さから砂浜にジャンプしただけだが、着地ポーズが妙に様になっているというか、格好はついていた。


 だが、俺はそれを見てなんだかおかしくて、笑ってしまった。


「よう見つけたぜこの腰抜けが……何を笑ってる?」


「いや……俺を見つけた時に何を言うかとか、崖をこっそりしがみついて降りてきたのとかを想像すると滑稽でな」


「お前はずっとそうだ、何故雑魚のくせに俺にビビらねえ? お前だけだ、俺が遊んでやってる連中でお前だけがまるで対等かのような態度で歯向かう。

 どっかイカレてんのか?

 弱い奴ほど強い奴には逆らうべきじゃないって学ぶもんだろうが普通はよ」


「ああ、だからお前はビビって五十嵐には喧嘩売らねえんだよな。そりゃお前の理屈からしたら不思議かもなあ」


「あ?」


「俺に対してそう思うってことは、お前も結局自分より強い奴には逆らうべきじゃないって思ってるってことだろ。

 勝手にそれがルールだと思ってんだよ、自分より強い奴にお前は逆らわないから、自分より弱いと思ってる俺がルールに違反してると感じて気に食わねえんだ。

 ああ、なるほどな……今までやたらと俺に突っかかって来てた意味がようやく理解出来た」


 俺は宝箱の上にケツを乗せて、手を叩いた。嘲笑うかのように。


 ぶっちゃけ、このバカが俺に構う理由なんかどうでも良い。


 ただ、そろそろ格付けってのをしないと、いつまでもネチネチと絡まれるのも面倒だし、こうやって合法的に戦える場が用意されたのだから、それを利用させてもらおうと思う。


「はぁ? 全然違うが? 勝手に妄想しててキモ過ぎるだろお前。

 俺が気に食わねえのはあの曲直瀬夫妻の出来損ないの息子が、親の七光りで大した実力もないのに俺たちと同レベルだって勘違いしてるその傲慢さなんだよ!」


「傲慢さ? 俺は大人しく学校生活を送り、特に問題も起こしていないが?」


「問題大アリだ。恵まれた環境にいながら誰もが夢見るハンターって仕事に興味がねえみたいな顔してテストだけは常に上位。

 舐めやがって、お前がいるから俺はテストの成績で51位だ。俺は50位以内にくらいやれ親にと怒られた!

 お前がそもそもいなかったら俺はギリギリ50位だったのにだ!

 なあ! 馬鹿げてると思わねぇか!?

 勉強出来るだけの無能なら他の学校行きゃいいのに、何故わざわざハンターの為の学校に来る!?

 俺の邪魔してんの分からねえのか!?

 金持ちの家のお前が奨学金で通って、スキルの才能に恵まれた母子家庭の俺が学費を払う! イカれてるだろ、リソースの無駄なんだよ!? お前学費免除されるほど社会に貢献出来ねえ癖に当たり前のして学校来てんなよこのボケがヨォ……!」


「…………は?」


 なんだ? つまりこいつは俺が賢いから成績50位以内に入れず親に怒られて逆恨み、家が貧しくて金持ちの癖に学費を払わない俺がムカつくってことなのか?


 意味不明過ぎる。俺の家が金持ちだったのも、お前が母子家庭なのも、子供の俺らがどうにか出来る話じゃないだろ。


「どうなんだよ! なんでわざわざウチに来るッんだテメェこの野郎」


「家が近い偏差値の合う学校だっただけだ。お前の都合なんか知るかボケ。弱い者イジメしてる暇あったら勉強したら良かっただろうが。そりゃ50位以内は取れねえよ」


「はあ……まるで話が通じねえな……もう良いわ。お前、本格的にボコるつーか、殺す」


「そりゃこっちのセリフだ。お前俺だけじゃなくてちょいちょい俺の親侮辱してんな? 土下座して泣いて詫び入れろや」


「「…………」」


 ほんの一瞬の間、そしてそのすぐ後に2人とも動いた。


 武器なんか使わない。こいつは素手で殴るッ!


「シィッ!」


 ボクシングのようなフットワークによる間合いの取り合い。俺と八島は構えてジワジワと距離を詰め、ジャブを避ける。


「なんだ! ビビってんのか!?」


 俺は一歩近づかれれば、一歩下がる。それをビビってると勘違いする八島はガードを下げ腰の当たりで手をクイクイと動かし俺の挑発を狙う。


「来いよ?」


 八島はわざと俺に顔を突き出した。その隙を見逃しはしない。


 真っ直ぐに腕を伸ばす。ひねりを加えて攻撃力、貫通力を上げた純粋な右ストレート。


 顔面に直撃。今ので鼻が折れただろう。快感さえ感じる確かな手応えが拳を通して伝わってくる。


 八島は一発でぶっ倒れる。鼻から血が出て、目から涙も出ている。


「どうした? 今のはハンデってことでわざと殴らせてくれたのか?」


「……グッ……ざけんなよ……ラッキーパンチくらいで調子乗りやがって……」


 よろけながら立ち上がり、八島は俺に対しての舐めた態度はやめる。本気で俺と戦う姿勢に入った。俺は最初からそのつもりだったんだがな。


「らぁっ!」


「当たるかよ、そんな大ぶりのキック。お前キックボクシングか何かやってるんだったか?

 大したことないな」


 遅い。グードバーンに比べて動きが遅過ぎる。それに小さい。


 俺と八島に身長差はほぼないが、グードバーンが練習相手の俺としては八島が異常に小さく見える。


「……なるほど、お前なんかやってんな? だから俺に対してそんな強気なのか?」


「ああ、傭兵に鍛えられてるお前みたいなスポーツ格闘技とは訳が違うぜ」


「はっ! 漫画の見過ぎだこのアホがッ!」


 ジャブの連打を俺に打つ八島だが、どれも当たらない。


 多少格闘技の心得があるのだろうが、殺し合う為の技術とは言えず、迫力もない。


 持ってる力を振り回してるだけだ。


 殺気の感知という技術をノノンから教わっている俺は八島の動きがそれをする前からなんとなく分かる。


 そして、格闘技にはルールがある。予想外の攻撃に弱い。


 ここは砂浜だ。素早く動きにくい場所だが、砂はいくらでもある。


 俺は砂を蹴り上げて八島の目を潰す。


「ウッ……! 汚ねぇ──」


 目を抑えて無防備になった腹に一発ッ!


「ゴホッ……!?」


 更に膝を正面蹴りして反対方向に折る。バキッと寒気のするような音がする。


「あああああァッ……!?」


「俺の親侮辱しといてこの程度で済むと思ってんのかよお前」


 倒れ込み、もがき苦しみ、膝を抑える八島の胸を俺は踏みつけた。


「謝れ」


「グッアアアアアッ……!」


「謝れって言ってんだろうが」


 足に力を入れる。肋骨がメキと鳴り八島は更に叫ぶ。


「謝るまで全部の骨折ってやるよ」


 腕の肘関節を掴み、反対側に無理やり曲げて折る。両方ともだ。


 次は肩。


 次は歯も殴って折る。指も折る。


「謝れよ」


「…………ゥッ」


「謝れって言ってんだろうが、お前自分が負けるとは思わなかったか? バカにしてた俺の方が弱いって?

 そもそも弱いからバカにして良いと思ってる時点でお前はクソだ。

 そしてお前みたいなクソは……」


 俺は大きく振り被る。渾身の一撃をこいつの顔面に喰らわせる為に力を溜めた。


「はい、そこまでね。流石に」


「ッ!?」


 俺の腕は動かせなかった。突如、俺の背後に回って声をかけたのはシャドウクイーン。

 名刺を投げてきた女だ。


「曲直瀬紫苑、それはやり過ぎだね。まあ、私も曲直瀬さんにはお世話になったから侮辱したってなら許せない気持ちも分かるけど……君、今この子殺そうとしたね?」


「……いや、思い切りぶん殴ってやろうと思っただけだ」


「死ぬとは思わなかった?」


「この実習で死んでも自己責任だろ。そしてコイツは実習以外でも自分の行動に責任を死ぬことによって取らなくてはならないレベルでクズだ」


「かも知れないけど、こんな小物殺してもご両親は喜ばないだろうよ」


「お前、勝手に親の気持ちを察したようなことは二度と言うな。プロのハンターだろうが、それは踏み込み過ぎている」


「まさか、復讐は何も生まないとか、ご両親は君が誰か殺して喜ばないとか、そういう話じゃなくてね〜……その怒りの根源──君のご両親殺した奴ら一緒に殺さないって話なのよ?」


「ッ!?」


「聞きたいなら、彼から離れてくれる?」


「………………」


 なんなんだコイツは……?


 俺がこの八島を殺さないようにする為に注意を引く方便か?


 いや、マジだろう。


 さっきまでの余裕を持った笑みとは違う真剣な表情だ。


「良いだろう、このバカをぶっ殺すよりは価値がある……冗談じゃない、としたらだがな!」


「いや、本当だよ……」


 シャドウクイーンは気絶しているか、八島を確認してから話を続ける。


「だって、この私がわざわざ高校生の実習に足運ぶと思う? 君がいるって調べたからだよ」


「…………続けろ」


 まだ俺は気が立ってる。下らない話だったらコイツすら殴る。実力的に勝算があるとかではなく、親の話をダシにして俺の注意を引こうとしたのなら、許す気はないからだ。


「その前に彼の救護しないとね」


 彼女はスマホを取り出して八島の写真を撮り、運営本部に連絡を入れてから人目につかない場所に移動した。

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