第23話 職人

 パン焼きに来ていた女性のうち、独身者7名と既婚者2名が家族の同意が得られれば行っても良いとのことで、俺たちはそれぞれの家を訪れた。

 簡単な交渉の末、ブランドン王国の金貨30枚で承諾を得た。その場で身の回りのものをまとめてもらい転移させる。

 中にはふっかけてくる者もいたが、全員が同じ金額だと伝えると簡単に引き下がった。

 このあたりでは、金貨15枚あれば嫁を迎えることができるらしい。


 いくつかの集落で同じことを繰り返し、結局33名の半ドワーフ娘をスカウトすることに成功した。

 なお、男性のドワーフは、戦で殺害されたり、鉱山に籠っていて数が少ないらしく、訪れた集落で見かけることはなかった。

 まあ、例外なく大酒のみらしいし、今のところ男の需要はないのでいいだろう。


 ドワーフたちのアパートと作業場所は、小田原の郊外にしてある。


「何か必要なものがあればメイドさんに言ってください。最初の生糸ができるまでに時間がありますので、それまでは綿の糸で練習してくださいね。」

「本当に、こんな道具で布が織れるんですか?」

「大丈夫ですよ。こっちのミシンも、手縫いよりも全然早いですからね。」


 魔道具の織機とミシンを動かしてみせると、彼女たちは一様に驚いていた。

 キックボードも個人に提供して、好きな時に町へ来られるようにしたし、食堂と売店も完備だ。


 数日、様子を見てわかったのだが、彼女たちは働き者だった。

 数人で集まっておしゃべりする時も、刺繍の手を止めないし、機械を操作する時は真剣そのものだ。

 デザインブックや、型紙をチェックするときも常にメモを取り、簡単なイラストも書いていた。


「すごいね。どこかにいるエルフのお嬢さんとは大違いだよ。」

「誰のこと?」

「色彩感覚も豊かだし、技術も高い。具体的に何か作ってもらったほうがいいんじゃないか?」

「うん。服でもなんでも、当面は自分のものを作るように言ってある。作りたいものがなければ、タペストリーラグやひざ掛けを作るように言ってあるから、出来上がったら見せてもらおう。」

「私たちメイドは、既存のものをコピーしたり、本に書いてあるものを作ったりするのはできますが、自分で考えて新しいものを作ることはできませんので、羨ましいです。」

「彼女たちの作ったものを記憶しておいて、同じものをいくつも作ることはできるでしょ。それだって凄い能力だよ。」

「どうせ私はどっちもできませんよ!」

「だけど、彼女たちをその気にさせたのはライラの説得があったからだよ。俺だけじゃ、人買いのお兄さんだと思われちゃったからね。」

「へえ、その話を聞きたいな。」

「さて、仕事仕事。」

「ああそうだ。魔導線の在庫が減ってきたから、補充してくれないか。」

「了解。前回と同じ5mmのやつでいいのかな。」

「いや、加工時に断線することが多いみたいだから、10mmで頼む。」

「ほーい。明日作っておく。」


 魔導線とは、銅と魔法石の粉を混ぜたもので、これにより制御用魔法石と作用点の魔法席を接続するものである。

 例えばキックボードだと、制御用の魔法石と作用点の魔法石2箇所。さらに安全対策用の魔法石2個を配線するため、一台につき3mほどの魔導線を必要とする。

 制御の細かい魔道具だと更に多くの魔法石と魔導線を必要とするのだ。

 自作することも可能なのだが、どうしても折れたりすることが多く、俺の掘り出したものに人気が集中するのだ。

 留学生も増えてきたので、今回は3トンくらい作っておこう。


 カイコは卵から成虫になって死ぬまで、約2か月と短命なサイクルを繰り返すそうだ。

 ただ、糸をとる繭は、さなぎから羽化する前に熱により処理され、熱湯につけられるのでそこで命を終える。

 一部の卵は次世代へと繋がるものの、家畜としての運命は厳しいのである。

 カイコの幼虫は、自力で木の枝に捕まることもできず、人間が葉を与えなければ生きていけない。

 成虫も、飛ぶことすらできないので、野生で生きていくことすらできない。

 しかも、その起源がわかっておらず、神話のような物語に突如として登場する不思議生物なのだ。


 カイコは順調に育っており、織りても確保できた。

 俺の関与はここまでなのだ。


 俺は、いよいよ次の目的に向かうことにした。

 だが、その前に働き手を探さなくてはならない。


 俺はメイドさんとともに、鬼人族の集落に向かった。

 ヤマトの先住民である鬼人族とは、メイドさんにより大まかな交渉はすんでいる。

 狩猟民族である鬼人族だが、必要以上の狩りはしない。

 黒い髪と黒い瞳は、ドワーフと通じるものがあった。

 ドワーフの女性はくせっ毛だったが、こちらはストレートで、背中で束ねられた髪は懐かしくもあった。

 服装は前合わせの短衣で、イラストで見たアイヌのような感じの黒い装束だった。

 額に生えた二本の角以外は人族と見分けがつかないだろう。

 生活スタイルは授業で習った縄文人を思わせる。

 多少発音は異なるものの、日本語を話している。


「長老さんは、魔物が出現するダンジョンというのをご存じですか?」

「ふむ、聞いたことはあるぞ。富士の洞窟に魔物の出現する場所があるとな。」

「魔物の中でも、食用になる魔物もいますので、魔物の狩りを生業としている者も存在します。」

「魔物を食すのか。わしらには想像もできんな。」

「僕たちも普通に食べますし、イノシシなんかと変わらないですよ。」

「どれだけ薦められても食べる気はないぞ。」

「それは結構なんですが、率直に申します。その魔物を狩る仕事を受けていただけませんか。」

「魔物の討伐か。危険を伴う仕事じゃな。」

「それに見合う報酬は用意しますし、効果的な道具も用意するつもりです。」

「報酬か……。」

「金銭でもいいですし、衣類や布。小麦などの穀物やフルーツ。できる限りご要望にお応えするつもりです。」

「確かにそういった物資は魅力的なのじゃが……。」

「ご希望があれば、女性の仕事も用意できますよ。ただ、僕らの里に来ていただく必要がありますけど、針仕事や料理を作ったり野良仕事なども用意できます。」

「里を離れるのか……。」

「魔物の討伐で仕事を受けていただければ、その対価を使う店をこちらに開いてもいいですよ。そうすれば、そこで働く人も雇えますしね。」

「その店で、鍋とかの鉄製品や食料品も売ってもらえるのか?」

「ご希望のものを用意しますよ。俺たちは瞬間的に移動する魔法も使えますから、足りないものはすぐに取り寄せられます。」

「その狩りは、富士まで出向くのか?」

「いえ、ご希望の場所に作りますよ。」

「どういう事じゃ?」


 俺は人工の食肉ダンジョンについて長老に説明した。


 俺の掘り出した本、”人工ダンジョンの作り方”、”オークの増やし方”、”食肉モンスター専用ダンジョン運営”によれば、この世界には邪気というものが存在する。

 その邪気がある程度の濃度になると魔物が発生するのだ。

 ダンジョンとは、その邪気がたまりやすい邪気溜まりに他ならない。

 そして、魔物の死骸がダンジョンに吸収されることで邪気の濃度が上昇する。濃度の上昇によって、魔物の強さがあがる仕組みになっている。

 オークは、この邪気の濃度が3から4の時に発生するため、邪気の調整ができれば任意の魔物を出現させることができる。

 俺の入手した本によれば、魔物の体を素材として邪気を吹き出す魔道具の製作が解説されていて、記述する魔法式も記載されている。

 その魔法式には、邪気の増幅も含まれており、オークレベルであればゴブリンを素材にすれば良いようだ。



【あとがき】

 人工ダンジョン……、イライザは反対すると思いますが、どうなるのでしょうか?

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