第5話 入学式②

 キテンはあれから学校に戻り、食事をするために飯屋を探していた。できれば酒が飲めればいいな。そんなことを考えながら歩いていると、ものすごい剣幕の人が話しかけてくる。


「キテン殿。ようやく見つけましたぞ!いままでどこにおられたのです?いや、そんなことは今聞くことではないな。入学式であなたにしてほしいことがあったのです。至急来ていただけると助かります。さあ、こちらへ」

 

 彼は言われるがままについて行った。そして入学式会場に着いたとき、目を疑う物が見えた。水晶によって大きう映し出されたそれは闘技場であった。

「ウオッセッ!ウオッセッ!イドラ!ぶん殴っちまえー!」

「ウホッ!ウホッ!イーケー!ゴーンーリッ!」


 なんだこれは。これがナバナ国流の式典なのか。彼がそう勘違いしようとしていたとき、案内係がこう言ってきた。

「元々はナバナ国第一将であらせられるフット・モモリーニ様とキテン様の交流会をメインイベントにしようとしていたのですが、キテン様と戦うのはこの中で一番強い者がよいだろうという不満がちらほらと出たのです。学校側もあなたを探すのにちょうどいいということでそれを受け入れトーナメントを組みました。今準決勝をしています。危ないところでした。これからあなたを会場に送ります。この転移の魔方陣にお乗りください」


 ようやく事態を理解した彼は少し申し訳なさそうにした。

「それはすまなかったな。だが、そのような催しをするのならば先に行ってくれてもよかったのではないか」

「それならもう獅子王国に入学可の許可と一緒に届いているはずですが……」

「そうだったのか」

(あのくそやろう)

口では冷静な言葉をを言い、心の中では悪態をつき魔方陣に乗った。



 闘技場には多くの学生と教師が集まっていた。ここにいる学生はキテンの学生服とは色が違うのでおそらくは一学年上なのだろう。真央学校は一年前から運営を開始している。ここで催し物があると聞いた学生たちがここに集まったのだろう。会場は大盛り上がりだ。


「勝者、イドラ!」

 大きな歓声が上がった。準決勝の試合が終わったらしい。かなりよい勝負を繰り広げていたようだ。どちらも負傷しており勝った方も傷だらけだ。このままでは不利ではないのかと思ったがイドラが魔方陣に乗ると傷が一瞬で治ってしまった。相当高価な魔方陣のようだ。



「キテン、ようやく来たのね。後準決勝第二試合と決勝だけだけれど観戦席まで送ってあげる。こっちに来て」

名前は確かモニカだっただはずだ。モニカが手招きをしてきた。こんな美人はそうそういない。そこでキテンは彼女と会話を続けようとした。

「すまないな。モニカよ。よろしく頼む」

「ああ、名前を覚えていてくれたのね。ありがとう」

彼女はうれしそうにそう言う。

「じゃあ私は忙しいから後はここでじっとしていてね」


 キテンは名残惜しいが彼女を見送るしかなかった。だがこれでよかったのだろう。彼は今まで女性経験というのをしたことがない。これから彼がしゃべろうと思っても彼女は萎えてしまったことだろう。


「では、これから準決勝第二試合を始めます。

ナナバ対フット・モモリーニ……始めっ!」


 フット・モモリーニ。

その名はキテンでさえも聞いたことがある。

若い頃から戦争に参加し始め、頭角を現し、5年ほど前からナバナ国第一将に任命された男だ。ナバナ国は昔から大国である。そのような国で第一将を任されるような人物は傑物以外の何物でもない。実力は折り紙付きである。

彼は知将として有名ではあるが必要な場面では自らが先頭に立ち、軍を率いて戦ったことも珍しくないという。そのような経歴から彼に敬意を表してこのような二つ名がつけられた。

――ハイ・スタンダード――


 観客はモモリーニが勝つと疑っていなかった。モモリーニの実績を知っている者ならば誰しもがそう考えた。それにナナバという者の噂を聞いたことがなかったのである。優秀な戦士ならば戦場で名をはせるはずだ。そうでなければただ少しばかり強いだけの戦士であろうと。客はすでにこの試合と決勝を飛ばしてキテン対モモリーニの戦いに思いをはせていた。


 だが、戦いがはじまってすぐその考えが間違えていたことに気づく。戦いは一瞬だった。試合が始まってすぐにモモリーニが吹き飛ばされたのである。客は何が起きたのか全く理解できていなかったがキテンには戦いのすべてが見えていた。


 モモリーニがナナバに突っ込んで拳をたたき込んだのだ。かなりよい一撃であった。キテンでもまともに食らえば少しはダメージを負っただろう。しかし、ナナバはそれを回避し、勢いのまま後ろに回り込んで炎の剣を一瞬で作り上げ、炎の剣を爆破させ、その勢いでモモリーニを吹っ飛ばしたのだ。


 しかも、さらに驚くべきことにモモリーニを吹き飛ばした瞬間、ナナバの服が筋肉の肥大化によってはじけ飛んだ。見た目から推測するに彼はナバナ国民であることに疑いはない。だが、ほかのナバナ国民とは違った特徴を持っていた。そう、筋肉である。ナバナ国民はバナナが主食であるため、大抵の者はかなり痩せ型である。それでも生まれ持った魔力適性が高いので強い種族と見なされている。


 だが、ナナバはそれにプラスしてものすごい筋肉を備えていた。さすがにキテンほどではないものの、相当な大きさだ。かなり努力をしているのだろう。


「スウウウウッ!ハアアーー⤴」


(ん?)

ここから戦いには関係ないことになるが、ナナバの経歴について語っていく。


 ナバナ国民の中でも傑出した魔力。そして生まれ持った見目。

彼は15歳で戦いに出るまではそれだけで満足していた。

しかし、彼の初陣で転機が訪れた。


 彼はまだ見習いということで予備隊に配置されていた。いつも魔法をブッパしているだけで勝てるので前衛たちはそれほど緊張感を持っていなかった。そこにキテンを含む真央国軍の特攻隊が現れたのである。彼ら一人一人の能力はキャットピープルにあるまじきものであり、獅子王国の戦士並みといっても過言ではなかった。

 

 筋骨隆々の猫人たち。想像すると笑ってしまうだろうが実際に見るとこれより恐ろしいものはない。物かけげに隠れたり、死体を防具がわりにしてどんなに攻撃しても歩みを止めない。まるでゾンビのようである。そこにキテンが含まれていたのだ。ナバナ兵に待ち受けていたものは蹂躙であった。彼らの肉体こそすべてといわんばかりの戦いにほかの兵士たちは恐れおののいたが、ナナバは心打たれたのである。


 それからというもの、ナナバは戦争に参加せず、自己鍛錬にすべての時間を費やした。幸い彼の両親は健在であり、裕福であったためそれが認められた。鍛錬を始めて一年がたった頃、彼はこのままでは成長が打ち止めになることに気づいた。そう、ナバナ国の文化であるバナナが原因である。バナナは栄養価は高いが筋肉にはならない。しかし、筋肉をつけたい。だがナバナ国で暮らすには肉は食えない。そう思った彼は親元を離れ、森で暮らすことにした。


 彼は森で狩りをして肉を食べ、筋トレをして過ごした。そしてナナバの記憶力はかなりよかった。一度しか見ていない戦いを完全に覚えており、毎日のように練習した結果、彼らの動きを完全にトレースできるようになっていた。さらになぜあの動きをしていたのか、あの動きにどんな効果があるのかを分析して、自分なりの戦い方を狩り以外の実践経験なしで完成させたのである。


 鍛錬を始めて何年たっただろうか。自分でもわからなくなるような歳月を過ごしてようやく自信が持てるようになり、戦争に参加しようとしたら、すでに戦争は終わっていた。今までの努力は何だったのだろうか、帰ってきてから何もせずに過ごしている息子を見て心配した親が真央学校に入学させてくれたのである。何もしない自分に対して怒らない親。彼は申し訳なくなり、入学まで鍛錬をし直して、少しは社会を知るため、戦争で壊れた建物を直す仕事にも参加した。


 それを知り親は喜んで彼の筋肉、そして、彼の精神的成長を褒めた。ナナバはいい気分になり、人前で脱ぐことが趣味になったのである。


「ふうっ!ハアアアア♡」


 ここまで聞いたあなたならよくわかるだろう。いま彼の鼻息が荒いのは大勢の人の前で脱いでいるからなのである。これは彼の両親の負の遺産である。だが彼らに非があるとはいえない。誰も筋肉を少し褒めただけでここまでの変態になるとは考えないだろう。


 キテンはこのことを知らないが鼻息の荒いナナバを見てこう思った。

(フッ。なんだかあいつは気持ち悪いな。一生やつとはかかわるまい)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る